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第20話 スーパープレイでコメント読み上げソフトが壊れる


 空を駆ける六尾の狐が、山を飛び越える。

 そこに、大穴が空いていた。

 直径100メートル以上ありそうな大穴だ。

 ナイン坑道ごと山が崩れたことでできた穴に違いない。

 ヤツは、その中にいた。


 漆黒の体躯と、光り輝くダイヤモンドの双眸。

 月をも呑み込みかねない、巨大に過ぎる狼。

 エリアボス《神造炭成獣フェンコール》――


 その頭上で、俺たちを乗せた大狐、六衣が大きく旋回し始める。

 俺とチェリーは身を乗り出して、下を見下ろした。

 フェンコールの足元では、ナイン坑道を攻略した30人ほどのプレイヤーが、果敢に攻撃を仕掛けている。

 だが、剣だろうと魔法だろうと、攻撃が届くのはせいぜい足首までだ。

 とにかくデカすぎる。

 こんな奴、普通に攻撃しただけで倒せるわけがない!


「ねえ、どうするの!?」


 六衣が首だけ振り返って訊いてくる。

 俺は少し考えて、


「……観察だ。いったん落ち着いてよく観察しよう」


「これだけ大きいと、ただ剣で殴っただけで倒せるとは思えませんからね」


「ああ、絶対何か攻略法がある。弱点なり仕掛けなり、それを探し出したい」


「でも悠長にしていたら――」


『うあああああああっ!?』


 横で開きっぱなしにしていた配信画面から、悲鳴が飛び出してきた。


『くそっ! 全然近付けない!』

『下がって、みんな! 下がって!!』

『デカすぎて全体すらよくわかんねーよ!!』


 フェンコールの前足が、隕石みたいにプレイヤーたちを叩いているのが見えた。

 あれじゃ全滅は時間の問題だ。

 せっかく弱点がわかっても、俺たちだけじゃ限界がある……!


「足元にいたらダメだ……! おい六衣! お前、何人まで乗せられる!?」


「ええっ!? 他の人も運ぶの!? って、ていうか、男の人に、名前……」


「そういう喪女反応はいいですから! 何人ですか!」


 チェリーにバシバシ背中を叩かれ、六衣は慌てて答える。


「ろ、6人! あなたたち合わせて6人が限界!」


「さすがに30人は無理か……」


「当たり前よ! そ、それに、男の人はダメだからね!? 男の人に全身を触られるなんて、なんか、その……興奮しちゃうじゃない!!」


「やかましい! 全年齢向けゲームにあるまじきキャラだなお前は!!」


 来年の夏にでも思う存分やってろ!

 薄い本の中で!


「先輩! ちょっと周り見てください!」


「周り?」


 俺はフェンコールの巨体を取り巻く空間を見回した。

 山脈の一部だけが崩壊したからだろう、周囲は絶壁に囲まれている。

 その絶壁に――

 まるでキャットウォークのように、通路らしきものがあった。


「……なるほどな……。登れってことか!」


「私たち除いて4人、運べるだけ運んで、他の人たちには崖を登ってもらいましょう!」


「ああ。足元にいるよりはずっとマシだ!」


 六衣を急降下させる。

 フェンコールの視線を避ける形で地面に近付くと、プレイヤーたちが気付いてこちらを見上げた。


「鳥か!?」

「飛行機か!?」

「いや、九尾の狐だ!」

「1、2、3……いや、3本足りなくね?」


「足りなくて悪かったわね!!」


「「「喋ったー!!」」」


 意外と余裕あんなあオイ!


「皆さん!」


 チェリーが身を乗り出して叫ぶと、どよめきが走った。


「チェリーじゃん!」

「ってことは……」

「うわっ、やっぱいる! 男のほう!」

「空飛ぶリア充だ! 撃ち落とせ!」


「うるっせえなっ!! もう見捨てるぞ!!」


 配信画面のコメント欄が加速している気がしたが見ないようにした。

 チェリーが絶壁を指さして叫ぶ。


「上です! 大穴の上まで登ってください! 崖に道があります!」


「あと4人まではこの狐に乗れるから来い! あ、ただし女子だけ!」


「はあ!?」

「男女差別か!?」

「ハーレムかてめえ!」

「死に晒せ!!」


「違げえわ! こいつがそう言うんだから仕方ねえだろ――うおわっ!?」


 六衣が急に動いたかと思ったら、目の前を巨大な前足が通り過ぎた。

 ぐおん! と空気が唸って、衝撃が全身を叩く。

 こっわっ!!


「フェンコールの奴に気付かれたわ! もうあんまり近付けない!」


「くっそ……! 4人だけでも運びたかったが……」


『ケージ君! チェリーさん! 配信見てる!?』


 歯噛みしたそのとき、横に開いたブラウザから声がした。

 セツナの配信画面だ。

 爽やかなイケメンが、透き通ったイケメンボイスでカメラに向かって叫んでいる。


『もし見てたらフェンコールの背後へ回ってくれ! ろねりあさんたちがそっちに行った! 僕らは崖を登る道を探す!!』


『お二人とも、聞こえますか!? 私たち4人、お願いします!』


『『『お願いします!!』』』


 なるほど……配信を連絡手段に使うか……!

 ちょっと裏技くせえけど、四の五の言っていられねえ!


「よしっ! 六衣、フェンコールの背後へ回れ! そこで4人拾う!」


「わかったっ!」


「一応コメントで返事しておきます!」


「任せた! お前のほうが他のリスナーが優しいからな!」


「それ、正直腹立つしキモいんですよね……」


「……お前、それ、配信に入るところでは絶対言うなよ」


 確かに、女プレイヤーがプレイよりも容姿とか声のことばっかり言われがちなことには、俺も思うところあるけども。


 六衣をフェンコールのお尻のほうに走らせる。

 到着と同時、巨狼の後ろ足の間を、4人の女子が走り抜けてきた。

 怖くねえの!?


 彼女たちの前に六衣を着地させると、長い黒髪のろねりあが律儀に頭を下げてきた。


「ありがとうございます。お世話になります」


「お、おう」


 なんと。

 敬語なのに礼儀正しい!(言語感覚の乱れ)


「聞きましたよ~、お二人とも~」


 ろねりあのパーティメンバーの一人であるツインテールの女子が、にたにた笑いながら言った。

 あ、これ知ってる。

 (レナ)がよくする顔だ。


「二人で温泉クエストやってたんですよね~? 二人で! 二人っきりで!」


「も、もしかして……混浴、とか……?」


「きゃーっ! ショーコえろいっ!」


 ツインテがショーコと呼ばれたショートボブの女子をバシバシ叩いた。

 チェリーは人当たりのいい笑みを作って、


「いえいえ二人じゃなくて四人ですしただのクエストですし混浴とかするわけないでしゅし」


 噛んでるし無闇に早口だよ。

 逆に怪しいよ。


「二人とも。時間ないんだから早く乗りなって」


 最後の一人、スポーツやってそうなポニーテールの女子がツインテとショートボブの背中を押した。


「あとこれ配信に乗ってるよ。恋バナなら配信外で!」


「え~! 未だにカップルじゃないとか言ってるから外堀固めてやろうと思ったのに~」


「もうすでにガチガチに固まってるから大丈夫だよ」


「あっ、そっか!」


 そっかじゃねえんだよ。

 お前らがオープンベータの頃から散々吹聴したからだろうが恋愛脳ども!


「……すいません、私の友達が」


 黒髪ロングのろねりあが再び頭を下げた。

 チェリーが諦めたように溜め息をついて、


「もう、とにかく乗ってください。一気に上まで連れていきます。

 ……あと、本当に混浴とかしてませんから!」


〈してたな〉

〈してたな〉

〈してたな〉

〈通報しました〉


 ああー!

 コメント欄が目に入ったあー!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ろねりあたちを大穴の上まで運んだあと、俺たちは六衣を取って返させた。

 キャットウォークみたいな通路を駆け登る他の連中が、フェンコールの猛攻を受けていたからだ。

 前足による攻撃が幾度となく通路を叩き壊している他、口から火まで噴いていた。


「こっちでヘイトを引き受けましょう。飛べる私たちのほうが攻撃を避けやすいはずです!」


「えっ!? フェンコールの注意を惹くってこと!? むりむり死んじゃう死んじゃう!!」


「悪いけど頑張ってくれ! 俺が絶対守ってやるから!!」


「えっ……?(トゥクン)」


「さっさと行ってくださいこの駄狐!!」


「痛い痛い叩かないでっ!」


「ちょっ、なんで俺まで叩く!?」


 六衣をフェンコールに向かわせながら、チェリーはスペルブックのページを繰る。


「ああもうっ……! どの魔法が一番効いたか、ろねりあさんたちに聞いとけばよかったです……!」


「とりあえず炎だ。《ファラゾーガ》撃て! 『神造炭成獣』ってことは炭でできてんだろ!?」


「なるほど。よく燃えそうです!」


 チェリーは聖杖エンマの先をフェンコールの顔面に向ける。


「《ファラゾーガ》っ!」


 直径1メートルほどもある大きな火球が射出される。

 オレンジ色の軌跡を棚引かせながら飛翔したそれは、フェンコールのこめかみの辺りに激突して、


 ――ドオウンンッ!!


 大爆発を起こした。

 通常の《ファラゾーガ》のエフェクトじゃない。

 やっぱり炭だ。

 あの黒い身体は炭でできている。

 だから炎が通りやすいんだ。


 だが、フェンコールの3本もあるHPバーは、ほんの少し、1ドットほど削れただけだった。


「硬って……!」


「何百発撃てばいいんですかあれ!」


『それじゃダメだ、二人とも!』


 配信画面からセツナの声が聞こえてきた。

 画面は絶壁の細い通路を駆け登る背中を映している。


『弱点っぽい攻撃でもほとんどヘイトを稼げない! 挑発魔法(ウォークライ)のほうが効く!』


「マジかよ……! 盾役(タンク)なんて普段やらねえからショートカットに入れてないぞ……!」


 俺はスペルブックを召喚してページを繰った。

《ウォークライ》の流派コストは安い。

 一応使えるようにしておいたはず……!


「――あった! 《ウォークライ》!」


 俺の身体がピカッと光って、空気が轟いた。

 フェンコールの俺に対する憎悪値(ヘイト)が上がって、巨大な顔がこっちを――

 ――向かなかった。


「がああーッ!! 熟練度が足りねえええ!!」


「先輩! 今のとこ何にもできてませんよ!」


「わかってるよ!!」


 セツナを含む一団は、絶壁の中腹を走っている。

 もう少し登ればフェンコールの顔と同じ高さになる。

 そこまで行けばもう前足の攻撃は受けなくて済む。

 でも……!


 フェンコールが左の前足を振り上げた。

 狙いは――

 一団の前方!


 このまま走れば直撃する。

 さりとて止まれば道がなくなる。

 あの攻撃は、出させない……!!


「六衣、行け!」


「ええっ!? むっ、むりっ――」


「俺を信じろ!!」


「っ!? ……は、はいっ」


「だんだんしおらしくなってんじゃないですよ喪狐!!」


「喪狐!?」


 六衣が宙を駆ける。

 巨大な前足が振り下ろされる。


 俺は――

 六衣の背中に、立ち上がった。


「ちょっ! 何してんの!?」


「任せた!」


 チェリーに向かって言い残し。

 返事を聞くことなく。

 俺は、六衣の背中からジャンプする。


 宙を突っ切りながら、俺は背中から魔剣フレードリクを抜き放った。

 視野が狭まる感覚を得る。

 振り下ろされつつあるフェンコールの前足が、《受け流し》の発動を待たずして遅く見えた。


 俺は走るセツナたちと振り下ろされる前足の間に滑り込む。

 攻撃範囲に入ったことで、今度は本当に《受け流し》が発動した。

 視界がスローモーションになる。

 とはいえ、このままじゃ慣性のまま通り過ぎるだけだ。

 だったら、どうする?

 答えは一つしかない――!


 狙いは、迫り来る足裏の、向かって右端。

 俺はキーワードを詠唱する。


第三ショート(キャスト)カット発動(・スリー)ッ!!」


 魔剣フレードリクの刀身が、紅蓮の炎をまとった。

 横に流れていた慣性が消滅する。

 直前までのベクトルがすべてキャンセルされ、上へ―――!!


 ―――《焔昇斬》!!


 身体と共に剣が跳ね上がり、フェンコールの前足を迎え撃つ!

 だが、正面からじゃない。

 剣先が激突したのは、足裏の右端。

 漆黒の炭でできたそれに――

 ――紅蓮の炎が走った。


 ボオウウンンッ!!!


「どおぅわっ!?」


 間近で炸裂した爆発に、俺は吹っ飛ばされた。

 だが――成功だ!

 爆発の衝撃で、前足の軌道が変わった!

 前足はギリギリ、セツナたちの後ろを破壊する……!!


「「「う……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?!?!?」」」


〈は?〉

〈マジかよwwwwwwwww〉

〈焔昇斬で弾いた?〉

〈うっま〉

〈ウッソだろお前〉

〈神業・・・〉

〈笑うしかない〉


 セツナたちの一団がどよめくと同時に、視界の端で配信のコメント欄が急激に加速したのが見えた。

 が、俺にはそれを悠長に確認している余裕がない。


「うおおおわ落ちる落ちる落ちるチェエエエエエエエエエエエエエエリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」


「わかってますって!!」


 自由落下を始めた俺を、六衣に乗って飛んできたチェリーが受け止めた。

 まるで待ち構えていたみたいだ。

 いや、待ち構えていたんだろう。

 俺が立ち上がった時点で、こいつには俺がやろうとしていたことがわかっていたんだろうから。


 大狐の背中の上でずりずりとへたり込む俺を、後ろから脇に手を通して抱え込んだチェリーが、頭上から覗き込んできた。


「もう、高所恐怖症なんでしょう?」


「たまに忘れるんだよ」


「どんな恐怖症ですか」


 必死になると怖がってる余裕がなくなるんだっつーの。


「でもファインプレイですよ先輩。ライブビューイングが歓声で揺れてます。あと今、トレンドに『焔昇斬』が入りました」


「ふはははは!! まーた俺の実力を世界に知らしめてしまったか!!」


「今回だけは調子に乗らせてあげましょう。

 ……ですけど、わかってますよね?」


「おう。これでようやく、前提が整ったってところだ」


 六衣を上へ走らせる。

 大穴の上まで登ってこられたのは、30人弱。

 数人脱落者が出て、下に取り残されているみたいだが、そのうちどこかしらから登ってくるだろう。


 これでぷちっと踏み潰される心配はなくなった。

 でも、肝心の攻撃手段――攻略法はわからないままだ。


 大穴の中から、フェンコールが顔を覗かせる。

 俺たち冒険者を睨んで、牙の隙間から低い唸り声を発した。


「本当の戦いはこれから――ってやつだな」


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