第1話 VR同棲
「えーと……1、2、3……マナポーションも足りてるな。よし」
俺はポーション類を詰め込んだ袋を両手に提げ、《フロンティア・シティ》の商店通りを中央砦側に歩き始めた。
日は低くなりつつある。
フロンティア・シティのタイムゾーン設定は日本のそれなので、こっちの時間も夕方の4時だ。
平日だが、学生なら学校が終わっている時間だ。
少なくないプレイヤーが通りを行き交っていた。
「ったく……人をこき使いやがって……」
両手のずっしりとした重みでAGIに下降補正がかかっているのを感じながら、俺――
いつものようにプレイヤーホームでアイツと合流したら、
『買い出しお願いしますね、せ~んぱいっ♪』
と、人に何かを押しつけるときにしか使わない猫撫で声で追い出されたのだ。
アイツの『先輩』には敬意が欠片も籠もっていない。
その割にはゲーム内でもその呼び方に拘るのだから、よくわからない。
俺は街の中央に聳える砦を見失わないようにしながら、石畳の道を何度も曲がった。
MAOバージョン3最大の特徴と言える《プレイヤー国家システム》。
各地を支配するエリアボスを倒すことで、その土地に自分たちが統治する国を作ることができる、というシステム。
《フロンティア・シティ》は、それを使って、メインストーリー攻略の最前線を行くプレイヤーたちが中心になって作った街だ。
普段、戦闘ばっかしてる連中が作った街だから、デザインだの住み心地だの、街としての性能はほとんど考慮されていない。
具体的に言うと、道順がめちゃくちゃだ。
初めて来た人間はまず迷う。
現実世界で言えば、大阪の梅田並みのダンジョンである。
結構な期間、ここに住んでいる俺ですら、迷うことがあるほどだった。
「うげ。また建物増えてる」
建物を壊すことは規制されているが建てることは規制されていないので、たまに道が変わるのだ。
上の連中にはそこんとこどうにかしてほしいと思っているのだが、いかんせん奴らは攻略と戦闘にしか興味がない。
やっとの思いで知っている道に出る。
まっすぐ行けば中央砦。
各国家の首都に移動できるワープポータルがある場所だ。
その道を左に逸れて、城壁と植林区画の間を進み、急な坂を登り切ったところに、俺
木造の1階建て。
見晴らしのいい方向にはウッドデッキがある。
まだ中央砦が建築途中の頃に、有り合わせの建材で建てたもんだから、そこまで豪邸ってわけじゃない。
それでも、二人で住むにはこれで充分だった。
「帰ったぞ~。人に買い出し押しつけやがって」
扉を開けながら文句を言ってやったが、返事がなかった。
玄関から廊下を歩いて、リビングに移動する。
ローテーブルの手前に置かれたソファーを背もたれ側から覗き込むと、そいつはだらしなく寝そべっていた。
「う゛ぁー……」
紅白色の、どこか巫女服っぽいひらひらした服。
ツーサイドアップにしたピンク色の髪は、小柄な体格も相まって幼げな印象を抱かせる。
まあ、一つ年下なんだから、幼げに感じるのは当然か。
とにかく、そういう女が、仰向けに寝そべって目の上に腕を置き、謎の呻き声を発している。
俺は無言で、荷物を詰めた袋を一つ床に置き、空いた手でポーションの瓶を取り出した。
幸い、まだまだ冷えていた。
結露しているそれを、寝そべっているそいつの首筋にピトッと押しつけた。
「――ひゃあっ!? ……あだっ!」
驚いたそいつは、ソファーとローテーブルの間に転げ落ちた。
大きな目をぱちくりと瞬いて、俺の姿を捉える。
「よう」
「なっ……にゃにするんですかあっ!!」
そいつ――《チェリー》は、叫びながら跳ね起きた。
こいつには焦ったり怒ったりすると地味に噛む癖があるのだ。
「人に買い出し押しつけといて寝てるからだろ」
「押しつけてはいませんよ。『お願い』です、『お願い』」
「同じだわ」
「お・ね・が・い❤」
「言い方変えても同じ!」
「はあー……かわいこぶり甲斐のない先輩ですね」
不服そうにしながら、チェリーはソファーに座り直す。
俺がローテーブルに買ってきたものを置くと、アイテムウインドウを開いて、それらをぽいぽい放り込み始めた。
チェリーとの関係性は、簡単に言えば、同じ学校の後輩で、妹の友達、ということになる。
と言っても、実際に知り合ったのはMAOの中でのことだ。
リアルでは連絡先すら知らない。
俺たちが知り合いであることは妹だって知らないのだ。
考えてみれば奇妙な関係ではある。
学校ですれ違っても目すら合わせないし、妹の友達として家に遊びに来たときだって会釈程度だ。
なのにこうして、ゲームの中でだけ気安くつるんでるんだから。
「で?」
俺はチェリーの隣に(少し間を空けて)座りながら訊いた。
「俺を追い出して何してたんだよ。俺んちだぞここ」
「私の家でもありますよ。二人で建てたじゃないですか」
「ああ……お前の我がまま放題の設計図を俺が何とか形にしたっけな……」
遠い目になる俺。
ウッドデッキが欲しいとかもっと日が差し込むようにとか開放感がどうとか。
あと自爆するモンスターに襲われて、建築途中で半壊したり。
プレイヤーホームは手数料なしでアイテム倉庫が使えるようになったり、セーブポイントに設定できたり、メリットが多いが、なにぶん土地が限られている。
そういうわけで、俺とチェリーは同じ家を共有することにしたのだ。
……たまに『VR同棲』とか言われることもあるけど、寝泊りするわけじゃないからそういう意味合いはない。
「先輩が買い出しをしてる間に、ちょっと確認を取ってたんですよ」
「確認? 何の?」
「今日行くクエストの」
「ああ。なんか新しいクエストを見つけたって言ってたよな。まだ詳しく聞いてねえけど」
「見つけたっていうか、見つけられそうって感じですね。ナイン山脈をちょっと入ったところにNPC村があるんです。そこの村長の娘さんが意味深なことを言うんですよ」
「ふうん……村長の娘……」
可愛いのかな?
「…………先輩、今、『可愛いのかな?』って思ったでしょう」
チェリーがジトッとした目を向けてきた。
リアル読心スキルやめて?
そらっとぼけることにする。
「証拠はおありかな」
「証拠は……ありません」
「ふっ……大した妄想じゃないか。探偵から作家に転職したらどうかね」
「ただしこちらに、視線がちょっと上向いて口元がわずかに緩んだだらしない先輩を映した動画が」
「あるじゃねえか!!」
「『嫁候補を見つけたキモオタの図』っと……」
「ツイートするな!!」
アプリウインドウを操作しようとしたチェリーの手を掴んで止める。
「っていうかお前、俺の表情について詳しすぎだろ。さっきの情報だけで読心できるか普通?」
「ぇ……い、いや、たまたまですし。先輩の顔がわかりやすすぎるだけですし」
どっちだよ。
チェリーはばつ悪げにふいっとそっぽを向き、「おほん!」と咳払いをした。
「……とにかく、そのクエストについて他に情報が出てないか確認してたんです。特に何も見つかりませんでしたけど」
「じゃあなんで寝そべって呻いてたんだよ」
「それは暇潰しにやってた
結局遊んでたんじゃねえかよ。
「……まあいいけど。買い出しくらい」
「ふふ。なんだかんだ言って優しい先輩は好きですよ? お疲れのようなので労ってあげます」
チェリーはお尻1個分こっちに近付き、「よしよし」と俺の頭を撫で始めた。
「やめい!」
「照れない照れない」
にやにや笑っているところを見ると俺の反応を見て楽しんでいるのは明確なので、仰け反って逃げる。
「話戻すぞ!」
「何の話でしたっけ?」
「村長の娘が意味深なことをどうたらって。意味深なことってなんだよ」
「あー……うーん……それはですねー……」
なぜか言いにくそうにしながらも、チェリーはその内容を告げた。
「…………山のどこかに温泉があって……って、話なんですけど…………」
1st Quest‐最強カップルのVR温泉旅行