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第18話 早めに寝ようとした時に限って面白そうな配信が始まる


「ククク……ついに完成した我が札束デッキの前にひれ伏すがい――」


「2の4の7の……これでトドメ(リーサル)ですね」


「うぼぁーっ!!」


 課金した程度で勝てるようになるほど甘いゲームではなかった。


 風呂上がりに再びブランクやウェルダと遊んでいると、六衣が晩ご飯を用意してくれた。

 リアルで済ませてはいたものの、アバターのほうは空腹を訴えていたのでいただくことにした。


「そういえば最後にこっちで食ったのっていつだっけ?」


「昨日の夜とかじゃないですか?」


 アバターの腹はログイン中にしか減らないが、さすがに丸一日も放置すればこうなるか。


 ちなみに、ゲーム内でどれだけ満腹でも、リアルの身体が空腹を訴えたら即座に満腹中枢がそっちに切り替わる。

 しかも、空腹状態をあまり放置しすぎると強制的にログアウトになる。

 韓国のほうで、ぶっ通しでVRゲームをしていた人間が餓死した事件があったので、その辺りはナーバスなのだ。


 中にはアバターの疑似満腹中枢という機能がないゲームもある。

 MAOはスポンサーである仮想飲食店の要望で実装しているが。

 ボタン一つで食べたことになる食事スキップ機能も搭載されているので、食事がめんどくさい人間(俺とか)も安心である。


 宴会場のデカい机に用意されていたのは、伊勢エビだの魚の頭だのが満載の豪勢な料理だった。


「初めてのお客様だから! 奮発しなきゃ!」


 とは六衣の弁である。

 これ、自分で作ったんだろうか。


 うおーなんじゃこりゃあー!

 と半ばアトラクション感覚で豪勢な料理に舌鼓を打つ。


「……ヤバいぞ。この旅館、明日には流行るぞ」


「3日後にはネットニュース行き。1週間後には昼のワイドショーで紹介されると読みますね。『VRに脅かされる現実』みたいな議論も合わせて」


「狐っ娘の妖怪が女将をしている旅館はリアルにはないからな! 今のうちに『これ前から知ってたわー』と言ってマウントを取る準備をしておかなくては!」


「先生っ! 『まうんと』ってなんですかっ?」


「まったくそんなことも知らないのか。これだから最近の子供は」


「ウェルダちゃん。『マウントを取る』っていうのは、今みたいないけすかない態度のことだよ」


「ほえー(もぐもぐ)」


 そんなこんなで食事が終わると、ブランクが「執筆する」と言い出して解散になった。


「あ、そうだ。二人とも」


「ん?」


「なんですか?」


「わたしからのプレゼントはどうだった?」


「「――っ!!」」


 混浴のことだとすぐに思い至って、瞬間的に顔が熱くなった。

 俺だけじゃなくて、チェリーも。


「ひっひひひ!」


 浴衣の上に白衣を着た女は、人の悪い笑みを浮かべた。


「いや、なに。心からリア充を憎むわたしだけども、君たちには世話になったからな。報酬を上乗せしてしかるべきだと思っただけさ。お礼はいらないよ?」


「言わねえよ!」

「言いません!」


「結構結構。……ちなみに、男湯と女湯の入口の間の壁の下から3番目の木目を三三七拍子のリズムでタップするとウインドウが出てくるから、それで混浴モードを解放できる。後学のために覚えておきたまえ」


 なんだよ、その解放条件。

 どうやってそんなの見つけたんだ。

 ……つくづく謎な奴だ。


「では、良い夜を」


 白衣を翻して、ブランクは背を向けた。

 ……と思ったらすぐに振り向いて、


「……隣の部屋にはウェルダもいるのだから、声は控えてくれよ?」


「「全年齢向け!!」」


「ああ、そういえばそうだった」


 はっはっは、と笑いながら、ブランクは自分とウェルダの部屋へと去っていった。


「もう。なんなんですかね、あの人」


 ほんの少し頬を膨らませたチェリーの横顔を、俺は見つめる。


「……お前さあ、あのとき……」


「はい? すいません、なんですか?」


 きょとんと見返されて、俺は首を振った。


「いや、なんでもない。独り言だ」


「? そうですか」


 ――お前も脱衣所で、ブランクのDMもらってたの?

 お前もあいつに乗せられて、不可抗力を装って、俺と――


 その質問は、胸に秘めておくことにした。

 言わぬが華ってやつだ。

 ……ちょっと違うかな?




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 部屋に入ると、畳の上に布団が敷かれていた。

 二つ、隙間なくくっついて。


「……えー、まあ、予想されたことと言いますか」


「布団一つに枕二つじゃなかっただけマシだな」


「確かに」


 ブランクによる混浴トラップを乗り越えた俺たちは、もはやこの程度では動揺しないのだった。

 冷静に布団の距離を……距離、を……。


「動かねえ!」


「うわっ、移動不能オブジェクトですよこれ」


 嫌がらせか!?

 確かに宿屋のベッドとかは動かせないようになってるけどさあ!


「このまま寝るしかありませんね」


「そ、そうだな」


「おやぁ~? 意識しちゃってますか、先輩?」


「し、しないね。俺の心臓は添い寝でもされない限り微動だにしないね」


「ぶふっ。それは添い寝されてるとき以外死んでる人ですよあははは!」


「ぶはっ! マジじゃんぶふはははは!」


 二人揃ってツボに入ってひとしきり笑い、布団の話は終了した。

 まあ同じ布団で寝るわけでもなし、大丈夫だろう。


 そのあとは、それぞれ自由にする流れになった。

 俺は布団の上に座ると、ブラウザを空中に映して《Gamers Garden》を開く。

 世界一の規模を誇るゲーム実況配信サイトだ。

《セツナ》という見知った日本人MAOプレイヤーが配信していたので、そのページを開いた。


 チェリーは机の傍に座ってSNSを見ているようだ。

 友達に返信でもしているんだろう。

 マメだよなあ。

 それが普通なのかもしれんが。


 配信画面には、薄暗い坑道が映っていた。

 おお?

 今ナイン坑道にいんのか。


 柱や梁に支えられた細い坑道を、4人のプレイヤーが武器を構えたまま進んでいる。

 画面は、それを後方斜め上から映していた。


 もはや言うまでもなく、ゲーム画面を映しながら喋るのがゲーム実況である。

 なのだが、VRゲームにおけるゲーム画面といえば、すなわち視界だ。

 視界をそのまま映す視界配信は、見ている側が十中八九酔ってしまう。


 だから、VRゲームのプレイ配信は大抵、アバターの後方にカメラを持った妖精――通称《ジュゲム》と呼ばれる妖精型アイテムを飛ばして行う。

 それを引き連れているプレイヤーがいれば、つまり配信中ということで、映りたくなければ避けることもできるわけだ。


 ……それにしても、ずいぶんと緊張感があるな。

 配信を開いてからというもの、映っているプレイヤーは誰も喋っていない。

 セツナは結構コメントを拾うタイプの配信者だったはずなんだが。


 画面の右にあるチャット欄にコメントが流れていく。


〈Loneria、Kー2制圧〉

〈K2制圧〉

〈ろねりあK2制圧〉

〈あとA区画、F-2~3 M区画のみ?〉

〈NPCの台詞変わった!〉

〈NPCの台詞更新「もう少しだ! ゴブリンたちは坑道の奥へと逃げ込んでいる!」〉

〈クリアあるぞおおおおお!〉


「んえ?」


 なんか様子がいつもと違うぞ。

 よく見たら、視聴者数もいつもの1.5倍くらいある。


 俺は配信画面を別ウインドウに除けて、つぶやき(ツイート)系SNSを開いた。

 アカウントを持っているわけじゃないが、見ることくらいはできる。

 検索欄に『MAO』と入力。

 MAOに関するツイートがずらりと並んだ。

 その中で真っ先に目に付いたのは、


〈ナイン坑道攻略間近! 22:00から各首都でライブビューイング開始!〉


「マジでっ!?」


 思わず声を上げた。

 俺たちが混浴だのニムトだのやってる間に何があった!?

 声に驚いたのか、チェリーがこちらに振り向いた。


「どうかしました?」


「ナイン坑道がクリアされそう!」


「ほんとですか!?」


 四つん這いで慌てて近づいてくるチェリー。

 布団の上に二人で座って、ブラウザをのぞき込む。


「まだ大分ありそうって話じゃありませんでしたっけ?」


「広さすらよくわかんないくらいだったよな」


「ですよね。暗いし広いし複雑で、マッピングすらまともに進まなくて……」


「ちょっと調べる。どっかで経緯をまとめてるはずだ」


「こっち私が見ます」


 チェリーがSNSのウインドウを引き寄せる。

 俺は再び《Gamers Garden》を開いた。

 セツナの配信を横目に見ながら、ナイン坑道攻略に参加していそうな配信者を片っ端から確認していく。


《Loneria》の配信を開くと、黒髪ロングの女の子がカメラに向かって喋っているところだった。

 彼女がLoneria(ろねりあ)だ。

 配信者としてはそれほど有名どころってわけじゃないが、MAOプレイヤーの中では、いつも女子四人組で行動することでよく知られている。


『私たちはこれからA区画へ向かって、セツナさんたちと合流しようと思います。みんな、それでいい?』


 奥に映り込んでいる三人がめいめいにオーケーのサインを出す。


『できればリスナーさんのどなたか、先方に報告しておいていただけますか?』


〈言ってきた!〉

〈もう報告されてる〉

〈声は出せないみたいだったけど、手でおkってしてたから大丈夫〉


『ありがとうございます。では急ぎますので、しばらくコメントは読めないかもしれません』


〈おk〉

〈おk〉

〈がんばれー!!〉


 育ちの良さそうな綺麗なお辞儀をすると、黒髪ロングのろねりあは背中を向け、三人の女の子たちと共に走り始めた。


 配信者が無言になり、リスナー同士のチャットが始まったところで、こんなコメントが流れてくる。


〈今来たんだけどどういう状況?〉


 まさに俺が知りたかったことだ。

 少し遅れて、他のリスナーによる答えが来る。


〈NPCに道教えてもらってマッピング終わった〉

〈坑道内にクエストNPC出現。クリアしたらマップが全部埋まってイベント発生〉

〈坑道の中にゴブリン大量発生。全部倒したらボスが出てくるっぽい〉


「坑道の中にクエストNPC?」


 俺が知る限りじゃ、そんなのはいなかった。

 何らかの条件を満たして出現したってことか?


「先輩。まとめ見つけましたよ」


 チェリーが一つのツイートを見せてきた。

 メモ帳に書いた長文を撮影(スクショ)した画像が添付されている。

 それを開いて、文章を読んでいく。


〈17:32

 セツナがボス部屋らしき扉発見。

 扉は開かなかったが鍵はなし。

 とりあえずブクマ石でいったん離脱〉


 ブクマ石ってのは《往還の魔石》というアイテムのことだ。

 使うと現在位置を記憶しながら直近の街に戻り、もう一度使うと記憶した場所に戻ってこられる。

 要するに現在位置をブックマークできるアイテム。

 結構高級な消費アイテムで、所持(スタック)上限もわずか1個しかない。


〈17:55

 話を聞いた最前線組4パーティが集まる。

 しかし、なぜかブクマ石での転移が無効。

 徒歩でナイン坑道に向かうと、入ってすぐの場所に炭坑夫の霊(?)がいた。(これ以前の目撃報告なし)〉


「「炭坑夫の霊?」」


 声がハモった。

 炭坑夫の霊がいた、だって?

 それが件のクエストNPC……なんだろうけど……。


「炭坑夫の霊……って」


「なんか、つい最近聞いた話ですね……」


 まさに、ついさっきのことだ。

 俺たちは、この旅館に閉じ込められていた炭坑夫の霊を解放したばかりで……。


「……マジで? この温泉クエストがフラグだったの?」


「私、報告します!」


 チェリーが自分のブラウザでSNSを開いた。

 少しして、セツナやろねりあなど、ナイン坑道攻略中の配信にコメントが流れる。


〈チェリーが呟いてる。キルマ村の温泉クエスト進めてたら炭坑夫の霊を解放するイベントがあったって〉

〈温泉クエストってなんだ?〉

〈そんなのあったの?〉

〈キルマ村の村長の娘のクエストだっけ? 昨日見つかったやつだよな〉

〈アレがフラグかよ。あからさまにリア充向けクエストだったからスルーしてたわ〉

〈っていうかまたあの二人かw〉

〈この状況で何のんきに温泉デートしてんだよw〉


 うるせえな!

 デートじゃねえよ!


 などとコメントに突っ込んでいる場合じゃない。


「どうする?」


「今から行っても間に合いませんよ。他の皆さんに任せましょう。続々と集まっているみたいですし」


「それもそうか……」


 ちょっと残念だが仕方がない。

 偶然とはいえ、攻略に貢献はしたみたいだから良しとしよう。


 俺たちは布団の上で肩を寄せ合い、このナイン山脈のどこかで繰り広げられている戦いを、配信越しに見守った。

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