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第15話 ゲームの中でゲーム


「ふーん。浴衣、先輩もそこそこ似合ってますよ?」


「そうか?」


「私には負けますけど!」


 チェリーが完全に調子に乗っていた。

 原因は俺にあるので、突っ込みもしにくい。


 浴衣姿になって気分も出てきたところで、部屋を出てみることにした。

 客室の玄関にあったサンダルを履いて、廊下へ。

 廃墟だったときは歩くたびにギシギシと床が鳴っていたが、今はしっかりとしたものだ。


「エントランス行ってみましょうよ。六衣さんがお土産屋さん用意してるらしいですよ」


「どっから売り物調達してるんだ……?」


 階段を降りる。

 ……あの白い女の幽霊、この階段を上っていったんだよなあ。

 ダメだ、考えないようにしよう。

 あれは単なるストーリー上のオチ。

 実際に存在するわけない……はずだ。


 エントランスに出た。

 確かに、フロントの脇に店がある。

 が、『準備中 女将より』と書かれた看板が立っていた。


「むう。こう焦らされると何が売り出されるのか気になってくる」


「武器とかは売ってくれないと思いますけど」 


「なんか意味ありげなキーアイテムっぽいやつとか……」


「――おーい!」


 誰かに呼ばれた。

 エントランスの一角に設けられた談話スペースで、白と黒が入り混じった髪の女が手を振っていた。

 ブランクだ。

 隣には小学生のウェルダも座っている。


 二人とも浴衣姿だった。

 が、ブランクのほうは浴衣の上に羽織ではなく白衣を纏っている。


「……浴衣に白衣ってどうなの?」


 近付いて指摘すると、ブランクは「フフフ」と意味ありげに笑った。


「我が純白の衣は、いつ如何なるときもわたしに霊感を与えてくれる……」


「「で?」」


「ううっ! ステレオで辛辣……!」


 身振りは大袈裟なくせにメンタルの弱い奴だ。


「先生はですねっ、いつもこの格好なんですよっ! MAOの中では!」


「リアルでは違うんですか?」


「現実ではジャージとか着てますっ!」


 ジャージですか……。


「……ま、まあ、コスプレだよ、一種の」


「コスプレ……」


「たまにこれしか着ていないことがある」


「マジのプレイじゃねえかよ」


 裸白衣って。

 前閉じてなかったらノーガードじゃねえか。


 ブランクは唐突に胸を隠すようにして自分の身体をかき抱いた。


「……想像したでしょ。えっち」


「チェリーみたいなことを言うな」


「えっ!? 私そんなイメージ!?」


「チェリーちゃん……君、あざといなあ……」


「すいませんっ。ちょっとイラッとしちゃいましたっ!」


「風評被害! 風評被害です!」


 いやあ、実際、チェリーの言動はかなり同性に嫌われそうだよなあ。

 学校じゃ猫被ってるみたいだけど。


「もーっ!」とこれまたあざとく頬を膨らませながらぽかぽか殴ってくるチェリーを適当にいなしつつ、ブランクたちの向かい側のソファーに座った。


「君たちはこれからお風呂かな?」


 ブランクが訊いてくる。

 俺は「んー」と首を捻って、


「……いや、さっきリアルで入ったばっかだしな」


「ですよね。ちょっと間を空けたいかもです」


「わたしたちは一足先に入ってきたぞ。なかなかいい湯だった。眺めもいいし」


「気持ちよかったですーっ」


 へえー。

 VRの水の感触って、ちょっと違和感ある印象なんだけどな。


「今はここで少しゆっくりしていた。いいな、ここは。想像以上にいい。本当に温泉旅館に来ているような感じだ」


「エリアボスが倒されて人類圏になったら観光客が押し寄せるかもな」


 そうなったら六衣ひとりで対応し切れるんだろうか?


「じゃあ暇なんですね。だったらゲームでもやりますか?」


「えっ? ゲームだったら今やってますけどっ?」


「いやいや、まあそうなんですけど……えーと、これがいいかな?」


 開いたウインドウを指先でスクロールしたかと思うと、チェリーの手に手のひらサイズの箱が現れた。


「じゃーん」


「おお。《ニムト》じゃないか」


 ニムト。

 トランプを二つ並べたくらいのサイズの箱には、そう書かれている。

 ドイツ製のアナログゲームだ。


「ニムトにもVR版が出ていたんだな。チェリーちゃん、アナゲーをやるのか?」


「テレビゲームよりは触ってますよ。昔、将棋を齧ってたので、その流れで。アナゲー好きが周りにちょこちょこいたんです」


 齧ってたって……。

 いや、何も言うまい。


ニムト(これ)ならルールも簡単だし、ウェルダちゃんでもできるかなって。先輩はルール知ってますよね?」


「一応な」


 チェリーがウェルダに、ニムトのルールをレクチャーし始めた。


 ……一応、俺もおさらいしておくか?

 雰囲気でなんとなくわかると思うけど。

 面倒臭いと思ったら聞き流すってことで。


 ニムトは、1~104までの数字が振られたカードを使うゲームだ。

 それを七並べの最初みたいに4枚出して、できあがった4つの列に、以下のルールに従って手札のカードを並べていく。


 その1。

 全プレイヤーが同時にカードを出す。


 その2。

 出されたカードのうち、数字の小さいものから順に場に並べる。


 その3。

 すでに場にあるカードの中から最も数字の近いカードの後ろに並べる。

『すでに場にあるカード』には、直前に他のプレイヤーが並べたカードも含める。


 その4。

 1列が6枚以上になると、6枚目を出した人間がドボンになってその列のカードを引き受ける。


 その5。

 場のどのカードよりも小さい数字を出した場合――つまりカードを置く場所がない場合、どれか1列を選んですべて引き受ける。


 それを繰り返して手札がなくなったら、引き受けたカードの点数(カードそれぞれに牛のマークが描いてあって、その数で決まる)を全部合計して、少なかった奴の勝ち。

 要は、如何に6枚目を出してドボンを回避するか、他のプレイヤーにドボンさせるかを考えるゲームだということだ。


 一見、簡単そうに思えるが、その2のルールとその5のルールのせいで、出したカードを並べていく過程で当初思っていたのと盤面が違う状態になったりして、思いもよらないドボンを喰らうことが多々ある。

 他プレイヤーが何を出すか、予想しながら出すカードを決めなければならない。

 そういう心理戦を主としたゲームなのである。


「へーっ。面白そうですねっ」


「じゃあとりあえずやってみますか」


「習うより慣れろだな」


「先輩はたまには説明書読みましょうね」


 そういうわけで、旅館の談話スペースでニムト大会が始まった。


「せーのっ!」


「……ごわっ! 28出すなよお前!」


「この列見過ぎですよ先輩。早いとこ処理しないといけないカードがあるのが丸分かりです」


「あわわ……。3列目が牛さんだらけですっ」


「フフフ……。我が秘儀、ダークネス・キャトルミューティレーションが炸裂するときが来たようだな……」


「いや、キャトルミューティレーションした奴の負けだからこのゲーム」


「全員出しましたね? せーのっ!」


「セー……フ?」


「ところがどっこい。場のカードより小さいのを出したので、この列を取ります」


「あっ。ブランクのカードの行き先が」


「ぐわーっ!! 我がアンディファインド・フライング・オブジェクトが重量オーバー!!」


「ふわーっ。先生のカードがいっぱいですーっ」


「お前それもう負け確じゃね?」


「ば……バカなっ……!」


 何度かやったが、見事にブランクが全敗した。

 よわっ。


「フッ……残念だったな。今日は少々運命力が足りないようだ」


「これが古より伝わる運負けツイットか」


「カードの出し方が素直すぎません? ニムトどころか大富豪も弱そう」


「せ、先生は純粋な人なのでっ! 人を騙せるのは小説の中でだけなんですっ!」


「ぐうっ……! 貴様ら、好き勝手言ってくれるな……! そこまで言うなら《シャドウストーン》で勝負だ! 我がカード捌きを見せてくれる!」


「いいですよ。ちょうど私も先輩もやってますから」


《シャドウストーン》はデジタルカードゲームの一種で、いわゆるe-スポーツ競技としても名高い世界的に有名なゲームだ。

 ランダム性を始めとしたデジタルTCGならではのシステムはそのままに、VRを使用することで実際にカードを触っての対面対戦が可能となっている。


 もちろん、漫画やアニメみたいな実際にモンスターが目の前に現れての対戦も、専用のVRデュエルスペースであれば可能だ。

 今回は違うので、普通にアナログTCGをやるようにして、チェリーとブランクは机の上に仮想カードによる山札(デッキ)を置いた。


「覚悟しろチェリーちゃん、我が海賊たちが君を4ターンのうちに沈めるだろう……」


「うわー。脳筋アグロですかー」


「いいだろう別に!! 安いし強いんだから!!」


 俺とウェルダは観戦の体勢に入った。

 まあ正直、すでに勝敗は見え透いてるけど。

 チェリー相手にデッキバラすとか自殺行為だぞ。


「じゃ、よろしくお願いしまーす」


決闘(デュエル)!!」


 4ターン後。


「…………負けました……っ!!」


 攻撃という攻撃を躱され切って手札のなくなったブランクが降参した。

 しょうもなっ。


「はい、GGです。……そのデッキ、今の環境じゃ勝てないでしょう。アグロメタ増えてますし、ミッドレンジに寄せたほうがよくないですか? いくらなんでもテンポ取る気なさすぎですよ」


「男は黙ってフェイス!」


「女ですよね?」


『GG』は『グッドゲーム』の略で『いい試合でした』みたいな意味だ。

 他のカタカナはカードゲーム用語。

 っていうか、もうちょっとわかりやすい会話しろお前ら。

 ウェルダが首傾げてるだろ。


 今度は俺とブランクとで対戦したり(俺が勝った)、またウェルダにルールを教えたりしてるうちに、時間が経っていった。


 そして。


「二人とも、そろそろ風呂に行ってきたらどうだ?」


 ブランクが言った。


「その間にパック開封するから」


「うわこいつ悔しさのあまり課金してるぞ!」


「大人げないって言われません?」


「ふはーははは!! 貴様らが帰ってくる頃には我がデッキという名の札束が産声を上げているだろう!!」


「あのー、先生? ゲームの課金はお父さんに止められてるんじゃ……」


「か……身体、が…………も、と、め、る…………!!

 ――――課金という快楽を」


 ダメだコイツ。

 財布の紐がぶっ壊れた白衣の作家を放置して、俺たちは温泉に行くことにした。



混浴まであと1話

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