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第13話 妹に勘付かれる

 再生――いや、新生した六衣の旅館を見て回り終えた頃には、外はすっかり夜になっていた。

 目的の温泉も汲み終えたし、そろそろ村に戻るか、という話をし始めたところ、


「キルマに帰るの? それは……よしたほうがいいんじゃないかしら」


 いつの間にか割烹着まで着て、すっかり仲居になってしまった六衣が言ったのだった。


「行きはお猿さんに案内してもらったんでしょ? もうあの子はいないんだから。夜の獣道を人間だけで歩くのは危険だわ。夜の魔物の恐ろしさは、冒険者であるあなたたちが一番よく知っているでしょ?」


 確かに、日が落ちて双月が上ると、モンスターのレベルは5から10ほども上がる。

 そうなるとさすがに《魔物払い》も効かない。

 もちろん狩りのうま味は増すが、暗くなるとミスも起きやすくなる。


 それに、夜の人類圏外には、たまにアホほど強いモンスターが唐突に現れることがあるのだ。

月の影獣(ルナ・スペクター)》と呼ばれる連中で、最前線(フロンティア)プレイヤーの死因ランキング第一位をほしいままにしている化け物である。


「今日は泊まっていくといいわ。旅館の中なら安全だから。わたしのお客様第一号になって!」


 そこまで言われては断りにくい。


「じゃあ、まあ、せっかくだし……」


「一泊しちゃいますか?」


 そのとき、ちょうど俺の耳に電子音が鳴った。

 現実世界からの着信(コール)だ。

 俺は通話ウインドウを呼び出す。

 妹のレナだった。

 応答ボタンを押した。


『お兄ちゃん、ご飯だよー。すぐ来れる?』


 俺は話し始めたチェリーと六衣に背を向けながら答える。


「おう。ちょうど一区切りついたとこだから――」


「せんぱーい! 部屋、どうしますー?」


「ぶッ!?」


 背後からチェリーが結構大きな声で!


「おいバカ! いま通話中――」


「え」


『――ねえねえねえ! 女の子の声聞こえたんだけど! 誰? 誰!?』


 あああああ聞かれてるー!!

 妹のレナは超楽しそうな声を重ねてくる。


『学校で孤高のぼっち気取ってるなーと思ったらゲームの中でちゃっかりカップル化してたのっ!? もー早く言ってよそういうことはー! あたしがそれをどれだけ待ちわびてたか!』


 他人の色恋沙汰を摂取して生きてる新種のサキュバスみたいな奴に、誰が『ゲームの中に女友達がいます。正体はお前の友達です』なんて言うか!

 根も葉もない妄想のネタにされるに決まってる!


「い、いや勘違いだ! 今のはゲームのキャラの声!」


『えー? でも今、「先輩」って――』


「そう呼ぶキャラもいんの! 出会ったばかりのプレイヤーを先輩呼ばわりするキャラが!」


『でもでも、今の声、どっかで聞き覚えが――』


「切るぞ! すぐ行くから!」


 強制的に切った。

 ふうーっと、俺は溜め息をつく。


「あ、あの……先輩。もしかして今の、レナさんですか?」


「おう……。めちゃくちゃ興味示された……。めんどくさいぞこれ……」


「ああー……」


 心当たりのある顔をするチェリー。

 色恋沙汰を捕捉したときのレナの面倒くささは、友達であるこいつもよく知っているはずだ。

 色恋沙汰っていうか、男女がただ一緒にいるだけでもあいつはそう認識してしまうんだが。


「なんというか、その、うん……ごめんなさい」


「いや、俺がスピーカーにしてたのも悪かった……。とりあえず、なんとか誤魔化してくるわ。メシにも呼ばれたし」


「お願いしますね。じゃあログインポイントを――」


「部屋取ったわよー!」


 フロントから六衣が手を振った。

 その手にはタグの付いた鍵が握られている。


 宿屋でログアウトとすると、次にログインしたときはそこからになる。

 加えて宿泊費を払えばHPもMPも全回復。

 旅館となった六衣の迷い家にも、どうやらその機能があるみたいだ。


「はい、二部屋ね」


 じゃらりと、チェリーが2本の鍵を受け取る。


「201号室と202号室ですね」


「結局行かなかった2階だな……」


「じゃ、私が201で。先輩はこっちを――」


「ん? 何してるの?」


 チェリーが鍵を1本俺に渡そうとすると、六衣は不思議そうに首を傾げた。


「1本はブランクさんとウェルダちゃんの分よ?」


「「は?」」


 えーと。

 何を仰っておられる?


 俺たち二人の視線に射抜かれてなお、六衣は怪訝そうな顔をした。


「えっと、二人で一部屋ずつでよかったのよね?」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




〈お帰りなさいませ、古霧坂(こきりざか)里央(リオ)様。ケーブルを抜き、アタッチメントを取り外してください〉


 目の前にそんな表示が現れると、俺はこめかみの辺りにあるケーブルを引き抜いた。

 それから《バーチャルギア》を頭から取り外す。


「……ふう」


 俺は自室のベッドで仰向けになっていた。

 上体を起こして伸びをすると、ほとんど手癖で、バーチャルギアのアタッチメントを取り外す。

 すると、円環状だったそれは、単なる眼鏡になった。


 昔のSFなんかによく登場していたヘルメット型のVRデバイスは、結局、夢の存在のままに終わった。

 実際に登場したのは、携帯することもできるハイブリッド式。

 普段はARデバイスとして機能しつつ、専用のアタッチメントを取り付けて据え置きの《ドック》に接続したときだけVRデバイスになる。


 枕元に置いてある黒い四角形の機械が《ドック》だ。

 サイズはA4の紙くらい、高さは参考書くらいだが、今時の電子機器にしては大きいほうだ。

 フルダイブしてる間はどうせ動かないんだから携帯性なんぞ捨ててもいいという潔い、けど理に適った設計だった。


 眼鏡に戻ったバーチャルギアを掛け直すと、視界が明瞭になった。

 小さい頃からのゲームが仇になって、俺は近眼である。

 だからギアにも視力に合わせた度が入っていた。


 ……さて……。

 どうやってレナの追求をかわすべきか。


「――おにーちゃーん!!」


 思案しようとしたそのとき、部屋の扉がバーンと開かれた。

 礼儀もクソもない勢いで入ってきたのは、ショートカットのちょっとボーイッシュな雰囲気の女。

 つまり、俺の一つ年下の妹。

 古霧坂(こきりざか)礼菜(レナ)だ。


「戻ってきたね! さあ話を聞かせてもらうよー?」


 利便性の観点から、俺が仮想世界に行ってるかどうかは家族の携帯端末から確認できるようになっている。

 それを見て飛んできやがったんだろう。


 レナは俺がベッドを降りるよりも早く、床に放ってあったクッションの上に座り込んだ。

 こいつ、動くつもりがねえ。


「いや、メシだろ? 早く行かないと――」


「だいじょーぶだいじょーぶ! お母さんには『お兄ちゃんに春が来たかもしんないから調査してくる』って言ってきたから!」


「被害が拡大してんじゃねえかよ!」


 輪をかけてめんどくせえー!


「ねえねえ、どんな子? どんな子? かわいい? あ、ゲームの中じゃわかんないか。ん? でも『先輩』って呼ばれてたよね。もしかしてウチの学校の子!? だれだれだれ!? あたし知ってる!?」


 超グイグイ来るなコイツ!

 しかも結構鋭い!


「だっ……だからゲームのキャラだって! NPC!」


「それはそれでアリだよ! 次元を隔てた報われない恋!」


「本人を目の前にして報われないとか言うな! あ、いや違うけど!」


 この妹は、もうとにかく半端じゃないくらいの恋愛脳である。

 二次元三次元異性同性フィクションノンフィクション、一切の分け隔てなく森羅万象で掛け算をする。


 そんなに色恋沙汰が好きなら自分で彼氏でも作れよと思う兄だったが、実際にそう言ってみると、


『したいんじゃないんだよ、お兄ちゃん!』

『見たいの! 眺めたいの!』

『自分の恋愛とかどうでもいい!』

『あたしがなりたいのは少女漫画のヒロインじゃなくて、その友達なの!』

『いや! それじゃあ全部見られない! やっぱり壁! カップルがいる部屋の壁になりたい!』


 などとまくし立ててくる始末。

 実際、告白してきた男には一度の例外もなく別の女の子を紹介していると言うのだから恐れ入る。

 それ以外は非常に出来のいい奴なのだが(だから俺と違って結構モテる)。


「うーん。おかしいなー。あたしのカップルセンサーがビンビンに反応したのになー。ついにお兄ちゃんに理想の彼女が! って思ったのになー」


「本人を差し置いて理想の彼女を思い描くな。っていうかどんなだよ、それって」


「えっとねー。お兄ちゃんゲームオタクでぼっちだから、ギャップとしてその反対の要素が欲しいよね。

 パッと見リア充で社交的で……その上で通じ合うところがあればベスト?

 ってことは……ああ、そうだそうだ! サクラちゃんが実はゲーオタだったー、とかだったら完璧かな!」


「……………………」


 サクラ。

 真理峰(まりみね)(サクラ)


「…………サクラ、って、お前の友達だったっけ?」


「知らないの、お兄ちゃん? ウチの学校じゃ有名人だよー。学園のアイドルってやつ?」


「……ふーん」


 知ってるよ。

 毎日のようにゲームで会ってるから。


「ほんとすごいんだよ? 1回、靴箱からラブレターが雪崩れ落ちてきたとこ見てね、『うわ、リアルで初めて見た!』って思ったよー」


「へえー」


 それも知ってる。

 その日、ゲームの中で自慢されたから。


「まあそれも仕方ないっていうか。サクラちゃん、今時珍しいくらいお淑やかで清楚だし」


「んん??」


「どうかした?」


「いや、なんでも……」


 お淑やかで清楚、とは一体……。

『ナルシストで性悪』を意味する若者言葉かな?


「まあ有名人度合いで言えばお兄ちゃんも負けてないけどね」


「いやそれは初耳なんだが」


「教室でゲームしながらはばかりなく奇声を上げてるらしいじゃん」


「え? 声出てたの?」


 心の叫びのつもりだった……。


「学校一の変人と学校一の美少女が実は隠れて付き合ってる! ……っていう設定、どう? 古典的だけどそこがいい!」


「人で勝手に妄想して古典的とか言うな。ないから。ない」


「ちぇー。そっかー。ま、そうだよねー。お兄ちゃん、初恋の人ギャルゲーのヒロインだもんね。なんだっけあのショートカットの子。七さ――」


「さあメシだあー腹減ったなー!」


「あっ、逃げた!」


 俺は迅速に部屋から脱出した。

 幼き頃、従兄が持ってきたギャルゲーのパッケージを持って『ぼくこの人と結婚する!』と触れ回ったのは大いなる黒歴史なので永遠に封印する!


「待ってよー! 結局どんな子なのー!?」


 妹から逃げ延びるべく階段を駆け降りる。


 ……真理峰桜。

 レナの友達の、学校一の美少女。


 言うまでもなく、チェリーの本名である。


 ……この妹、鋭すぎて怖えーんだけど……。



混浴まであと3話

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