第11話 (T)手取り(A)足取り(S)せずとも阿吽
ロックオンすることでポップアップした狐のキャラネーム。
《六尾の金狐 Lv93》。
その下に、緑色のHPバーが1本現れた。
それが確認された瞬間、
「《ファラゾーガ》!!」
チェリーが大人の胴体ほどもある火の玉をぶっ放した。
俺の頭上を飛び越したそれは、温泉に半身を浸した《六尾》の顔面に炸裂する。
「ウゥゥアアッ!!」
《六尾》は煩わしげな声を発したが、HPバーはせいぜい2パーセントしか減っていなかった。
「炎系は効きが悪そうですね」
「引きつける!」
「了解です!」
正確には『(俺が)引きつける(から何が効くか調べろ)』で、かなり言葉が抜けていたのだが、チェリーは打てば響く返事をしてスペルブックをめくった。
俺は温泉に浸かった《六尾》に向かって走り出す。
温泉がある以上、完全に張りつくのは難しい。
深さは膝上くらいまでありそうだし、AGIがひどいことになってやられ放題になる。
普通なら牽制の攻撃魔法を撃ちまくってヘイトを稼ぐところだが、生憎、今ショートカットに入れている牽制用の魔法は炎属性。
さっき効きが悪いと証明されたばかりだ。
つまり、物理で殴る他にない。
「第二ショートカット発動」
《加速》。
敏捷性に補正をかける《縮地》スキルをアクティブスキルとして使用し、一時的にさらなるAGI補正をかける。
俺は跳んだ。
AGIのパラメータは走る速さのみならず跳躍力にも反映される。
飛躍的に上昇したAGIを利用し、俺は温泉を飛び越えて一直線に《六尾》の顔面に迫った。
「おらっ……!」
鼻先を思いきり斬りつける。
《六尾》が痛そうに呻いたが、ダメージはさっきの《ファラゾーガ》と同じか少し超える程度だ。
推進力も使い果たし、あとは真下の温泉に落ちるしかない。
――このままなら。
「第三ショートカット発動!」
俺はすかさず《焔昇斬》を発動した。
《六尾》の鼻先を大きく斬り上げながら――
同時に、身体が真上へと上昇する。
剣技魔法を利用した疑似二段ジャンプである。
頭上に舞い上がった俺を、《六尾》が忌々しげに睨み上げてきた。
よーしよし。
いい子だ。
しばらく俺と遊んでもらうぜ。
蠅を叩き落とすように、《六尾》は前足で上空の俺を攻撃した。
当然、空中では避けようがないのだが――
これも当然ながら、この展開は最初から織り込み済みだ。
迫り来る《六尾》の前足が、刹那、スローになった。
《受け流し》スキルの効果だ。
主観感覚で1秒しかない猶予時間を存分に使い、俺は前足を《魔剣フレードリク》で弾く。
とは言っても、ただ攻撃をいなしただけじゃない。
俺は反動でほんの少し横へのベクトルを得て、そのまま落下した。
着地したのは、《六尾》の背中。
ちょうど乗れるように弾く方向を調整したのだ。
俺はふさふさ豊かな金色の体毛を左手で掴む。
四足歩行のモンスターは大体、背中に取り付かれると攻撃できない。
つまり、
「ボーナスッ、タァーイムッ!!!」
ザクザクザクグサグサグサザクザクザクザクッ!!!
と。
《六尾》の背中を斬って斬って斬りまくった。
《六尾》は悲鳴を上げて暴れるが、そのときばかりは俺も斬るのを休んで、吹っ飛ばされないようしっかり体毛を掴む。
そして動きが治まるのを見計らって、また斬りまくるのである。
HPバーがゴリゴリ減った。
2割くらい減った。
このままいけるんじゃね?
などと甘いことを考えたとき。
ごろん、と《六尾》がその場で転がった。
忘れてはいけないんだが、《六尾》は温泉に浸かった状態である。
その状態で転がったりすれば、背中にいる俺はどうなるか。
「ごぼごぼがばがばごぼ!?」
さっさと離れればよかった。
調子に乗った者の末路である。
幸い、いきなり熱いお湯に全身を覆われて驚いただけで、HPに支障はない。
が、さすがに体毛を掴んでいた手は離してしまった。
底を蹴って水面に顔を出す。
と。
全身ずぶ濡れになった大狐が、忌々しそうにこちらを見下ろしていた。
「あ、やっべ」
大きな前足が俺を叩き潰すべく動いた。
瞬間。
「《ギガデンダー》!!」
横向きに飛来した稲妻が、ずぶ濡れになった《六尾》に直撃した。
バァチィ!! という凄まじい音が炸裂する。
《六尾》の巨体が痙攣した。
同じ温泉に浸かっている俺も痙攣した。
「お、お、お、お、お、お、お、お、お!!」
痛くはないけど、気分的には超痛い!!
痙攣から脱するや、俺はバチバチと帯電する温泉から転がり出る。
そしてチェリーに顔を向けて抗議した。
「おまえーッ!! フレンドリーファイア!!」
「ロックオンはしてないんですからノーダメージでしょう?」
ニコニコして言いやがった。
パーティメンバーなら平気だけどさあ!
「それより見てくださいよ。HP」
「あん? ……おっ」
さっき俺が2割削ったHPが、今は残り5割まで来ている。
「たぶんずぶ濡れになったせいですね。電気がよく通ります」
「なるほど。俺GJ」
「ゲームジャンキー?」
「そうですけどそうじゃありません!!」
グッドジョブ!
「ウゥゥゥウウ……ッ!!」
《六尾》が忌々しげに唸りながら、全身を震わせて水気を払った。
「許さぬ……許さぬ……! よくも我が湯を妾の血で汚してくれたな……!」
「怒られてますよ、先輩」
「お前もだろうが」
まあ実際に出たのはきらきらした赤い光の欠片で、血なんか一滴も出ちゃいないんだが。
そんなのがドバドバ出たらCEROが2つくらい上がっちまうしな。
「もはや容赦はありえぬ。我が妖力、一片と残さず味わうがいい……!!」
怒りのこもった台詞が響き渡ると同時。
背後にあった廃旅館が、ぐにゃりと歪んだ。
「うえっ!?」
「消える……!」
目が回ったかのように歪んだ廃旅館は、すうっと透明に消えていった。
残ったのは、崖の中腹にへばりついた剥き出しの岩場だけ。
やっぱり、あんな旅館、そもそも存在しなかったんだ。
思えば、休憩室で見つけた日記には、旅館なんて一度も出てこなかった――
「おや? あそこにいるのは……おーい!」
「お二人ともー!! だいじょうぶですかー!?」
森が見えるほうで、白衣の女と甲冑を着た女子小学生が手を振っていた。
旅館の外で待っていたブランクとウェルダだ。
二人はこっちに来ようとしている感じだったが、いま来られるとぶっちゃけお荷物!
「来るな! 来るなよ! 絶対こっちに来るなよ!」
「それはフリかー?」
フリじゃない!
もう一度念を押そうとしたが、
「先輩! 前!」
チェリーの声で視線を戻す。
《六尾》の六本の尾が、扇のように広がっていた。
その隙間で、赤い夕日が目映く輝く。
まるで後光を背負う千手観音だ。
扇のように広げられた尾の先端に、人魂めいた炎が灯る。
ここから第二形態ってわけか?
「温泉からは動きそうにないな」
「何か仕掛けがあるんじゃないですか? 今のところ、結構ごり押し感強いんですけど」
「お前がショートカットするとか言い出したからだろ! ヒント見逃してんだよ絶対!」
「さ、さあ? 何のことでしょう?」
「誤魔化すの下手か!」
ヒントらしいヒントといえば、あの日記くらいか。
いやでも、奪われて手元にないから見返せないし……そんな不親切にするか?
「もう一回ずぶ濡れにできれば電気が通ると思うんですけどね」
「温泉そのものは狙えないのかよ」
「ロックオンできませんし。マニュアルで狙うとしても角度的にかなり近付かないとダメで―――あっ」
「うおっと!」
話している間に、尾の先に灯った人魂が飛んできた。
俺がとっさに、当たりそうだった2発を剣で叩き落とす。
「はー……ほんと、冗談みたいな反射神経ですね」
「ふっふふ。もっと褒めるがいい」
「よしよし(なでなで)」
「ナメてるだろ!!」
尾の先端には再び炎が灯った。
あれが主な攻撃手段か。
「弾き返しても大して効きそうにないよな」
「抵抗がありますから」
「じゃあ結局ごり押しか――」
と。
動きだそうとしたとき。
「ウキャッ」
あの子ザルの声が聞こえた。
変身前の《六尾》に放り捨てられて温泉に沈んだはずだが、その姿は右手に聳える崖の中腹にあった。
狭い崖棚から見下ろす小さな身体の背後に、さらに多くの小さな影が見える。
あのトゲトゲの小動物は――
「……《シビレハリネズミ》?」
このナイン山脈エリアに生息するモンスターの一種。
背中のトゲが帯電していて、攻撃を喰らうと麻痺になる――
「あ」
「あっ」
俺たちが声を上げた直後。
「ウキャーッ!」と子ザルが号令するように鳴いた。
それを受けて、一匹のシビレハリネズミが崖を転がってくる。
「おお!? スピンダッシュ!」
シビレハリネズミは地面で一度跳ねると、俺たちの目前を横切るような軌道でさらに転がってきた。
なるほど!
意図を理解した俺は、転がってくるシビレハリネズミに向かって走る。
降り注ぐ鬼火を避けながら、丸まったシビレハリネズミを足元に捉え、
「シュゥーッ!!」
蹴り飛ばした。
「ああっ! かわいそう!」
「大丈夫だ! ボールは友達!」
「友達は蹴り飛ばしませんよ!」
確かに……。
蹴り飛ばされたシビレハリネズミは放物線を描き、《六尾》に向けて飛んでいく。
そして――
ぽちゃん。
温泉の中に落ちた。
「―――――――ッ!!!」
ヴァヂィッ!! という音と同時、《六尾》が痙攣して硬直する。
尻尾からの鬼火攻撃も止んだ。
これは……チャンス!
合図はいらなかった。
チェリーが即座にクールタイムの終わった《ギガデンダー》をぶっ放し、続いて俺が間合いを詰める。
温泉の縁からジャンプして、胸元の辺りを2回斬りつけてからの、
「第四ショートカット発動!」
トドメの剣技魔法。
風刃と共に刺突する《風鳴撃》。
赤いダメージエフェクトの光がきらきらと舞った。
俺は《風鳴撃》の反動で背後に押し戻される。
再び温泉の縁に着地した頃には、《六尾》の硬直は終わっていた。
HPバーは残り2割。
「もっかいだもっかい!」
背後のチェリーに叫んだ。
ちょうど2匹目のシビレハリネズミが崖から転がってくる。
「えー? 蹴るんですかー? あーもう、仕方ないで―――」
「えいっ!」
チェリーが動こうとした寸前。
黒と白が入り混じった髪の女が白衣をはためかせながら走ってきて、転がってきたシビレハリネズミを思いっきり蹴った。
ボールのように丸まったシビレハリネズミが、放物線を描いて飛んでいく。
《六尾》の遥か頭上を越える形で。
「おー、飛んだ飛んだ」
「なっ、何してるんですかーっ!!」
「いや……急にボールが来たから……」
俺は《六尾》の前足攻撃を躱しながら、遥か上を飛んでいくシビレハリネズミを見上げた。
「ア」
振り下ろされた前足の上に飛び乗る。
「ホ」
そこからジャンプして、《六尾》の頭に着地。
「かっ!」
さらにそこから、全力で跳躍した。
《縮地》の一時的なAGI上昇はもう終わっている。
それでも、鍛え上げた俺の敏捷パラメータは重力を振り切って―――
「――くそっ!」
少し届かない。
あと数十センチで、剣がシビレハリネズミに届くのに!
と。
思ったのと、ほとんど同時だった。
「《エアーギ》!!」
足の裏を、風が押した。
残りの数十センチが埋まる。
剣の先が、丸まったシビレハリネズミの針に引っ掛かった。
「よっ……っと!」
そのまま、シビレハリネズミを真下に叩き落とす。
ぽちゃんっ。
ヴァヂィッ!!
と音が続いて、《六尾》が再び痙攣した。
そのあとは、さっきと同じ。
一気呵成に攻撃して、《六尾》のHPバーは一片残らず消滅した。