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プロローグ 最強の二人


 VRMMORPG《マギックエイジ・オンライン Ver.3.30》。

 7日前のアップデート時、パッチノートにも記されずひっそりと実装されていた隠しクエスト《悠久の天剣》は、今まさに佳境を迎えていた。


 数あるプレイヤー国家の一つ、プロVR格闘ゲーマー団体が統治する対人戦(デュエル)の楽園《アグナポット》より数キロ西方。

 主に中級者プレイヤーの活動圏たる《ブカリアン山地》の一角に、そのボスは現れた。


《守護天剣獣ブレイダース》。

 身体中を鋭い剣で覆った大猪のようなその怪物は、意気揚々と挑んできた複数の上級者パーティに対し、次々とデスペナルティを突きつけた。


 これはまずいと感じた上級者プレイヤーたちは、得た情報をもとに本腰を入れて討伐計画を策定。

 必勝を期して、レイド・パーティによるリベンジに臨んだのだった。


 そして――


 約30人ものプレイヤーが入り乱れるレイド戦。

 その先頭、その最前線。

 見上げんばかりの大猪の眼前に――


 ――その二人は、いた。






「先輩、先輩」


「あん? どうした?」


「今晩は何がいいですか? 献立に悩んでるんですよねー」


「んー……別になんでもいいんだが」


「そーゆーのが一番困るっていつも言ってるじゃないですかー! ほんと自分勝手な先輩ですねえ」


「お前のスキル上げを手伝ってやってるんだろうが! 作った料理を人に食わせなきゃいけないからとか言って!」


「……じゃあいいです。誰か他の男の人に食べてもらいますから」


「…………んぐ」


「誰か他の、お・と・こ・の・ひ・と! に食べてもらいますから!」


「………………そんな奴いねえ癖に」


「どうでしょうね~? もしかしたら先輩の知らないところで、すっご~いイケメンの人と知り合ってるかも~」


「…………よし、わかった」


「わかりました?」


「今日は《UO姫》んとこで食うわ。前に誘われてたの思い出した」


「……は、はあっ!? なんであんな媚び媚び姫のところに行くんですかっ!」


「だって、お前は他の奴に食わせるんだろ~? だったら俺も別の奴のとこで食ってもいいよな?」


「うっ……うう~~~~っ」


「ま、お前がどうしてもって言うならお前の食うけど。『他に食わせる奴はいくらでもいるけどどうしても先輩に食べてほしいんです』って」


「は、謀りましたね……!」


「最初に謀ったのはお前だ」


「うう~~~っ………………先輩、耳を」


「ふはは! せめて他の奴には聞かれたくないか! 無駄な抵抗を―――」


「―――(どうしても、私を(・・)食べてほしいんです)」


「…………はっ…………?」


「――あ、間違えました。『私の料理を』でした。

 ……おやぁ~? 何やら顔の赤い人がいますね~?

 ただの言い間違いなのに、何を想像したんでしょうね~?

 うわ、この人、私のこと好きすぎ……?」


「やっ、やかましい!! ちょっと驚いただけだわ!!」


「で、今日の献立は何にしますか?」


「……もう手近なのでいいだろ。ボス(こいつ)から食材アイテムもドロップするんじゃね?」


「雑ですけどまあいいでしょう。――あ、先輩」


「ん?」


「ラストアタックです」


「おう」





 ―――《守護天剣獣ブレイダース》との戦闘は、予想よりも遥かに早く終結した。

 それは、万端の準備を整え、充分な戦力を投じ、的確な立ち回りを行ったから――

 ――ではない。


 理由は、たった二人のプレイヤーにあった。

 常に最前線で、回避と攻撃、そして会話(・・)を行っていた、二人のプレイヤーによるものに他ならなかった。

 その二人の働きに比べれば、他の30人近いプレイヤーはただ見ていただけでしかない。


「じゃ、お疲れさまでした~!

 ほら、先輩も挨拶」


「……そういうの苦手……」


「もう、ほんと人見知りなんですから。

 それじゃあすいません! 私たちはこれで!」


 そうして別れを告げたのち、じゃれ合うように肩をぶつけ合いながら去っていく二人を、他のプレイヤーたちは黙って見送る。

 その中の一人が、全員の心を代弁するかのように、愕然と呟いた。


「…………なんでイチャつきながらレイドボス倒せんだよ…………」




 人呼んで《緋剣乱舞》こと、HN《ケージ》。

 人呼んで《万雷巫女》こと、HN《チェリー》。


 これが、MAOマギックエイジ・オンライン最強の廃人カップルと呼ばれる二人の日常であった。


 なお、本人たち的には付き合っているつもりはないらしい。


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