飛び立つ
ふわあ、と大きな欠伸をして、少女は寝転がった。生い茂る柔らかな草は春の日差しを受けて暖かく、少女を優しく受け止めてくれる。
「ディー、おひるねするの?」
声をかけたのは小さなドラゴン。もっとも、小さいと言っても人間よりはいくらか大きい。頭の先から尻尾の先まで伸ばせば、大の男の背を優に超える。今は畳んでいる両翼を伸ばしても同じだ。
ちょこんとお行儀よくお座りしているそのドラゴンは、自らの足元に座っていたーー今は寝転がっているーー少女を上から眺めていた。
「うーん、それもいいかもねえ……」
見下されている少女はそう呟いて、再び大きな欠伸をする。しかし口に出した言葉とは裏腹に、大きく伸びをしてその身を起こす。
「ああ、ほんと昼寝でもしたい陽気だよね……」
「しないのー?ざんねん」
もうちょっとここで日向ぼっこできると思ったのに、とドラゴンは残念がった。
「そろそろ移動しはじめないと、街につかないでしょ。人の街が見たいんじゃなかったの?」
身を起こした少女ーーディーは、ドラゴンを諫めるように言葉をかける。ドラゴンも本気で言ったわけではなかったらしく、地面に四つ足をついて背中と翼を思い切り伸ばし、体をほぐした。
「ううーーーん、そうだねえ。ボクが街を見たいって言ったんだものね」
そろそろ行こうか?
微笑んだ竜に、少女も同じく微笑み返す。竜は手を差し出す代わりに身をかがめて。少女は差し出された手をとる代わりに、ひらりとその背に飛び乗った。
「それじゃあ、行こうか。どこに行こう?」
問う竜に、少女は答える。
「南に。何でも集まる街があるそうだから、まずはそこに行ってみようよ」
目指すは南の自由都市。およそあらゆるものからの自由を謳う、それ故に名前のない都市。
そこに何があるのか、一人も一頭も知ることはない。いいや、ただ一つ知っていることがある。
そこには、これまで自分たちが知りもしなかった、知ろうともしなかったものが溢れんばかりにあるだろう。
抱くのは、大きな期待と僅かな不安。自然唇が弧を描くのを感じながら、少女と竜は南へと飛び立つ。
吹き付ける風を浴びてなお笑みに陰りはなく。一人と一頭は、高く高く、遠く遠く。飛んでいった。