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朝ごはん/ばとう?


「すき♡」


「はい……」


「すき♡」


「はい……」


 俺は昨日の宣言通り、丸一日耳元ですきすき囁かれていた。

 思春期男子が手錠で拘束されながら女の子に密着されてすきすき言われたら寝れる訳が無い。

 俺は夜丸々はいで返答するはいbotになっていた。


 だってどういう返答をしても帰って来るのは「すき♡」の短文のみ。

 正直気が狂いそうだった。


「よし……これくらいで良いかな? これで私がどれだけ聖くんの事がだ〜いすきか、理解出来たかな?♡」


「はい……理解出来たので手錠外してください……」


「だぁめ♡」


「はい……」


 俺は完璧に結衣の言いなりになっていた。

 結衣に目を合わせられないからずっと天井のシャワーを浴びている俺の写真を見ていると気が狂いそうだった。

 そろそろ朝だろうか、薄いカーテンの向こうから日差しが出て来ている。


「朝ごはんの時間だね〜♡ちょっと待っててね、ちゃっと作ってくるから! 腕によりをかけて作るから、期待しててねっ!」


「はい……」


 結衣が部屋から出て行く。


「うおおおおお!!!」


 俺は全力で手錠を外そうと必死にもがく。

 気合い入れすぎて声が出ていた。


「静かに♡待っててね♡」


「はい……」


 手錠はどう足掻いても外れそうになかった。

 俺はしょんぼりしてしまった。


 結衣を待っている間、俺は部屋を見渡す。

 ベッドに拘束されていて、見れる範囲は右しかない。

 やはり相も変わらず一面の俺、俺、俺。


 結衣の奴が何故俺にこんな感情を抱いているのかはわからないけれど、こんな感情を持っているなら最初から真正面に言って欲しかった。

 後悔も遅く、俺は結衣が戻るのを静かに目を閉じながら待つしかなかった。


──────


「おっまたせ〜っ! 結衣特製、ウィンナー!」


「朝飯にピッタリっすね結衣さん! 俺ビックリしちゃいましたよ、へへ……」


 こうなったらヤケである。

 俺は全力で結衣に媚びへつらって、いつか機嫌が良くなった時に手錠を外してくれるのを祈るしかなかった。


「いつも通りの聖くんにもどろーね♡」


「はい……」


 普通に威圧された。

 あまりにも効果が無い、こんな事。

 大人しく結衣に従っておいた方が脱出のチャンスはあるだろうか。


「ちょっと待ってね……うん、焼き加減ピッタリでおいしー!」


 結衣はウィンナーを頬張ると、口の中で少し咀嚼して俺の方を見る。

 何をする気だろうか、嫌な予感がする。


「聖くん、お口開けて♡」


「嫌です……」


「お口開けて♡」


「はい……」


 俺は恐る恐る口を開ける。

 結衣の端正に整った顔が、俺の間近に近付いてくる。

 そして、俺達の唇同士が優しく触れた、


「ん……♡」


 結衣の舌が俺の舌に当たり、俺の舌の上に何かが乗っかる。

 味的に、先程結衣が口の中に頬張っていたウィンナーだろうか。

 結衣の唾液の感触と絶妙に噛まれたウィンナーのえもいわれぬ感触に俺はえづきかける。


 だが、吐いてしまったら結衣に何をされるかわからない。

 俺は静かに、ウィンナーを噛まずに飲み込んだ。


「おいしー?」


「うん、美味しいよ! 結衣は料理の天才だな! うん!」


「えへへ……それほどでもないよ〜♡聖くんは褒め上手だなぁ♡ならおまけにもう一回……」


「もう腹いっぱいっす! 大丈夫っす! はい!」


「んもう、少食さんだなぁ……まぁ、スリムな所もかっこいいんだけどね♡じゃあ私が食べちゃうね♡」


 良かった、これで難は逃れ

 ぐぅ〜。

 突然、俺の腹の音が利敵行為を始める。


「もしかして、嘘だったのかなぁ♡」


「いや俺消化めちゃくちゃ早いんすよ! そうなんすよねぇ〜! だからちょっと、食べさせて欲しいな〜って!」


「ちょっと待ってね〜……聖くんは消化が早いっと……おっけー!それじゃ、口移ししよっか♡」


「はい……」


 俺は逆らえず、この後口移しを三回くらいされた。

 女の子と唇が触れ合っているのに、感じる心は恐怖心と多少の羞恥心だった。


──────


「やっぱり、聖くんはかっこいいけど可愛いなぁ〜♡女の子みたいな顔してるもん♡」


 結衣は俺の頬を撫でながら、うっとりした顔で俺を見つめる。


「俺はそんなに可愛くないよ……それを言ったら、結衣の方が遥かに可愛いよ」


 俺、迫真の褒めちぎり。

 結衣の好感度がこれでモリモリアップして、俺の監禁脱出は遥かに近付く。


「やっぱり褒め上手さんだなぁ〜♡尚更、他の女の子に渡したくないな。褒め上手な聖くんがこれから一生私だけの物、ね?♡」


 ドの付く逆効果だった。

 俺は一生結衣を褒めなければならないのだろうか。

 そろそろ俺の本性が出たいよ〜! と騒ぎ出してくる頃だ。

 正直、こんなおかしい幼馴染を褒める義理は無い。


「ねぇ、聖くん♡聖くんの欲しい物なら何でも買ってあげるからね♡ゲームする時は腕の手錠だけ外してあげるから、安心してね♡この部屋にテレビも置こっか♡」


「あの……聞きたい事があるんだけど」


「良いよ、何でも聞いて♡スリーサイズ?♡」


「んな事に興味は無くてですね……俺、トイレ行きたい時はどうすればいいの?」


 俺が一番心配していた事。

 そして唯一脱出の手助けになるかも知れない排泄行為。

 人間としての最低限の尊厳は守ってくれるはずだ。


「トイレに行きたいのなら、私がつきそうよ♡ずっと見ててあげるからね♡」


「人間の尊厳失った〜!」


「きっとそんな聖くんもかっこいいよ♡」


「かっこいい訳あるか〜い!!!」


 そろそろ我慢出来なくて出て来た、俺の本性。

 結衣の頓珍漢な行動や発言にツッコまざるを得ない俺の本心。

 正直何でも「はい……」で返してたら絶対嫌な目を見る。

 多少の反骨心も必要だ、多分。


 いや、いっその事嫌われてしまえばいいんじゃないか?!

 そうだ、それが一番早いじゃないか。


 いや、でも……。


────


「聖くんはそんな事言わない! 偽物!」


 俺に突き刺さる包丁!


「オワー!!!」


bad end


────


 の可能性も危惧しなければならない。

 適度な悪口を編み出さねば……。


「ゆ、結衣の……結衣の……!」


「私がどうしたの?♡もしかして、告白の返事……!」


「冷蔵庫の奥の方の一年くらい放置されて賞味期限が切れてる謎の調味料!」


「?」


 ……謎のたとえを出してしまった。

 結衣完璧に「?」の顔してるよ。

 俺何言ってんだろ、アホ臭くなってきた。


「それは、私の事が粗末に使えないくらい大事に思ってくれてるって事かな……♡」


 何か好感度上がっちゃったよ。

 もう俺、結衣の事がわかんないよ。

 

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