あんたみたいなメジャーなやつに、尻尾を振るようなあたしじゃない。こんな恋愛認めない!~マイナーなあたしとメジャーなあいつ~

作者: 九乃頭虫


あたしは黒田 御世虜(くろだ おせろ)。……聞いての通り変な名前だ、少なくとも今生きているこの時代では。


あたしは今日から高校2年生になる。…だけどやっぱりと言うかなんと言うか、友達と呼べるような人は居ない。そもそもこの名前のせいで昔から嫌な思い出が多くて、こっちから人を嫌ってるんだけどさ。


「おはようございますー。座席表前に置いとくんで勝手に見て勝手に座ってくださーい」


担任が声を張った。私の席は…窓際、一番後ろ。


(ああ、良い感じ。去年はど真ん中で大変だったからなぁ)


あたしは自分の席に座り、懐からイヤホンを取り出して耳に付ける。


「ふー……」


聞いてる曲は【Knightoken(ナイトークン)】の『血濡れたパン』。まぁ知らないだろう、知らなくて当然だ。超ド級マイナーの、世界で見てもあたしくらいしか知らないような曲だから。この曲を買ったのはあたしが世界で2番目…、1番になれなかったのが残念と思ってるくらいだよ。


いつからだったか、あたしは知名度の低さが何かを好きになる基準だ。フォロワー1桁とか、大好物だ。逆にメジャーなもの…流行りものとか、ポピュラーとか一般的なんてものは好きにならない…というよりも大ッ嫌いだ。メジャー好きはすぐにあたしを馬鹿にしてくる、あたしの変な名前と一緒にな!


(…だから、人が少ない一番後ろの席は心安らぐ──)


「──隣だね、御世虜ちゃん! よろしく!」


しかし約束された筈の平穏は、突然どこかへ行ってしまった。


「…あ、あんたは……!」


「1年前から好きだったんだ! だから話したいと思ってた! 私、白井 彩(しらい あや)! 覚えてるかな…?」


「……知らない。…手握んないで」


「そっか! じゃあこれからよろしくね、御世虜ちゃん!」


こいつは…こいつは! 超メジャー美少女の白井彩ッ!! 流行りものには片っ端から手を出す節操なしで、それに加え持ち前のコミュニケーション能力で人を巻き込んでいく学年の中心人物……。ハッ、あんなのあたしに言わせればただ強引なだけだろ!


「──あんたみたいな人があたしに話しかけてどうすんの? …ほら向こう、新しい一年の話で盛り上がってる。いつもみたいにそっち行けば?」


「「いつもみたいに」って…、やっぱり私のこと覚えててくれてたの?」


(…人の話聞けよ……「向こう行け」って言ってるんだけど。…めんどくさ、適当に流して終わらせるか)


「……はいはい、覚えてました。あんたうざいくらい目立つからね」


「ほんと!? 目立って良かった~、御世虜ちゃんに覚えてもらうためにこの1年頑張った甲斐があったよ!」


は? 怖、この人。初めて話す相手にそんなこと言うか普通。自分の顔の良さで色々ごまかしてるだろ。


「……それはどーも、この一年よろしくお願いしますねー」


あたしはそれだけ言って顔を背け、窓の外を見る。


「うん! よろしくね御世虜ちゃん!!」


(ハッ、後ろでなんか言ってるわ。メジャーなやつは皆強引なんだよ)


ーーーーーーーーーーーーーーー

あたしは、これが彼女との最後の会話になると思ってた。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「御世虜ちゃんおはよう! 見て見てこの髪留め! 御世虜ちゃんとお揃い!」


「はっ!? 何であんたがそれ知って…!」


「へへ…、御世虜ちゃんとお揃いにしたくて調べた!」


──どうしてこいつは…!


・・・・・・・・・・・・・・・


「御世虜ちゃん二人一組だって! 私と組も!」


「なんでよ…、あんたと組みたい人なんてもっと居るし」


「私が御世虜ちゃんと組みたいの!」


──あたしにずっと!


・・・・・・・・・・・・・・・


「御世虜ちゃーん! お昼ご飯一緒に──」


──付きまとってくるんだよ!!


───壁を叩く(ダァンッ!!)


「っ…!? お、御世虜ちゃんの…壁ドン……!?」


「…なんなの、あんた」


「し…白井彩です……」


「あっそ。…なんで、あたしに付きまとってくるの」


「えっ、と……御世虜ちゃんが…す、好きだから……」


「いいんだよそういうのは。点数稼ぎのつもり? 一人で寂しそうな奴と「仲良くしてやってる」って?」


「ち、違うよ! 私は本当に御世虜ちゃんが好きなの…! だから──」


「──どっちにしろ迷惑なんだよ」


「えっ……」


「あんた、自分がどんだけ人気者か知らないでしょ」


「う、うん……だって1年前から御世虜ちゃんしか見えてないし…。で、でも、そんなの関係…あるの?」


「大あり。皆がどんな目であたしのこと見てるか知ってる?」


「そんなの当然、「御世虜ちゃん可愛い」って……」


「思ってるわけないでしょそんなことを。あたしは、基本的に煙たがられてるの。非協力的だし、愛想悪いし、ジメッとしてるし。学校の階級で言ったら一番下。…あたしは人と関わらなくて済むからそれで満足してたのに、あんたのせいでめちゃくちゃなんだよ。この一ヶ月悪目立ちして陰口叩かれるし嫌がらせもされるし…!」


「えっ!? だ、だれがそんなことを!」


「あんたの友達だよ。白井彩っていう大切な友達を、私に奪われたって感覚なんでしょ。つまりあんたが、あたしに関わってくるのが悪い」


「そんな、皆が…? ──分かった。確かに皆に何も言わなかったのは私の責任だよね……、任せて御世虜ちゃん、"後始末"してくる」


「は? ちょっと待って、そういうことじゃなくて「もうあたしと関わるな」って言いたいんだけど!」


「それだけはあり得ないよ。私は御世虜ちゃんを初めて見た1年前からずっと、御世虜ちゃんが好きだから!」


そう言って、彼女は走り出した。…いったい、私に何されればああなるんだろう……。


ーーーーーーーーーーーーーーー

後日、嫌がらせや陰口は本当になくなってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーー


そして昼休み、あたしは白井彩にされるがまま昼食を共にしている。


「──ねえ」


「なあに御世虜ちゃん、可愛いね」


「うざ…。──いったい何したの? 嫌がらせも陰口もなくなったっていうか…なんならちゃんと謝られたんだけど」


「そうなんだ、良かった! 私あの後ね、皆にちゃんと説明したんだ。私は御世虜ちゃんが好きだから一緒に居たいとか、御世虜ちゃんのこういうところが好きだとか、それで嫉妬して御世虜ちゃんに嫌がらせする人は許せないとか。皆分かってくれたみたいだね」


「うわ…。皆あんたに嫌われたくないだけでしょそれ…」


「そうかな……? でも、御世虜ちゃんが困らないならそれで良いや! 恋は盲目ってことで!」


「いいのかな……。──って、恋…?」


「そうだよ、恋!」


「……恋愛?」


「恋愛!」


「それ、は……つまり?」


「結婚したい!!」


……ここ、教室なんだけど。


「ッ──……恥ずかしくないの、それ言ってて」


「全然? 私なりのマナーだよ、"下心があります"って言っとかないとトラブルの素だし。卒業したら婚姻届出そうね!」


「怖いってば、だから。……断られる可能性は考えないわけ?」


「考えない。絶対に私のこと好きになってもらうから」


彼女は自信ありげに、微笑んだ。


「……っ、ハッ! 無駄な努力…だし」


(──あーやめろ! こんなやつにドキッとするなあたしのバカっ! くっ、顔が良い…!! 全部こいつの顔が良いせいなんだ!あたしはこんなやつに屈しない! 屈したくない! こんなメジャーなやつに屈してたまるかッ!! あたしが好きなのはもっとマイナーなやつだっての!)


「顔赤いよ、御世虜ちゃん」


「はぁ!? こ、これは人間の生理的現象! そっちが期待してるような感情じゃないから…!」


「ふふっ、どっちにしろ可愛い」


「──チッ……絶妙にうざったい…!」


・・・・・・・・・・・・・・・

去年も大変だったけど、今年の方が大変だ! 他の生徒は既にあたし達の関係見守りムードだし、あのメジャー美少女に太刀打ちする術が何もない…! このままだと、私の人生はきっと壊れてしまう…、あたしの"マイナー好き"というアイデンティティーが無くなってしまう…!! それだけは嫌だ…、それだけは!

・・・・・・・・・・・・・・・


そして、休日がやって来た。


あたしの休日は、マイナー鑑賞に終始する。限りなく観客数が0に近いバンドのライブや、誰も見ていない配信。無名漫画家の絵日記とか、誰もやっていないゲームとか、様々だ。


今日のあたしは、ライブハウスに来ていた。


(ふー…日々に疲れたら自分の好きなものを浴びるに限るな……。くくく…相変わらず静かなライブハウスだね)


「──っ、やった! やっと会えたね御世虜ちゃん!」


……その声は、悪夢のように反響した。


「──なんで、あんたが…ここに!? まさかストーカー……」


「ち、違うよ多分! 御世虜ちゃんってデートとかしてくれなさそうだから、こうやって出先で偶然会えれば実質デートかなって思って! だからここ最近の休日はライブハウス通いだったんだよねー」


彼女はそう言って、おびただしい数のチケットを見せてきた。…全部、あたしが候補に入れてたライブだ……。


「…そんな、邪な動機で……!」


「あはは…確かにそうかもだけど、でもライブは全部聴いたよ! これのギターとか超良かった! グッズも買っちゃったんだー、ほらっそれ着けた自撮り」


「あー…確かにあそこはギターが頭一つ抜けてるよね……。…ってうわっ、あのグッズ着こなせる人って存在したんだ……」


「うん、明日学校にも着けてく! ね、ね、今度二人で一緒に行こうよ御世虜ちゃん! ペア券あるみたいだし」


「あーうん、あたしも行きたいと思って──…る訳ないし!? あっぶな、誰があんたなんかと! 懐柔しようたってそうはさせないから!」


「そっか…、じゃあ一人で行ってくるね」


「そう、そうすれば?」


(──って、行きはするのかよッ! うっ、ぐっ…! 駄目だぞあたし! 好感を持つな! どうせ下心があるんだこいつには、これも一種の戦略として考えてるに違いない! きっと嘘!! ……嘘吐いてるやつがあんなグッズ買う筈ないんだよなぁ…! バンドメンバーの手首キーホルダーだぞ!? あたしでも買ってないのに!)


「あっ御世虜ちゃん、始まるよ」


「ん…そうだね」


・・・・・・・・・・・・・・・

ライブが始まると、白井彩は演奏の方に集中してくれた。もっとくっついてくるのかと思ったけど…あたしの趣味を理解しようとしてるのか…? い、いやいや! 好感を持つなって、あたし!

・・・・・・・・・・・・・・・


「はー楽しかったー!」


「…そうだね、機材トラブルに焦りまくってたの笑っちゃった」


「そうそう、なんかもうそれ含めての劇みたいな感じだったね! 有名なところだとああいうの無いから新鮮!」


「──そう、そうなんだよ! メジャーにはない"現場感"っていうの? 節々に人間が垣間見えて逆に一体感あるし、何回来ても違うものが見られるっていうか?」


「あ、そういうことか! ライブハウス通い続けてたとき全然飽きなかったんだよ!」


「ッ──そ、そっかー…、それはよかった」


(ぐっ! まずい、好感度が!! ああもうちょろ過ぎだぞあたし! ちょっと話せるかもってだけでそれは良くないって!)


「──あー…、それじゃこれで、バイバイ」


「待って御世虜ちゃん! お昼まだでしょ?」


「ぐ……まだだけど、なに」


「一緒に食べよ?」


「…断る」


「奢るよ?」


「行く」


ーーーーーーーーーーーーーーー

そりゃあ行くでしょ昼ご飯奢ってくれるなら! ちくしょう、どうしてあたしはこう、ちょろいんだ!?

ーーーーーーーーーーーーーーー


「御世虜ちゃんって食べ方可愛いよねー」


「…あんた、あたしの全部にそう言ってない?」


「うん、全部可愛いんだもん」


「はぁー…。っていうか奢られといてアレだけど、あんたそんなに余裕あんの?」


「大丈夫、殆どのバイト代は御世虜ちゃんとの交際費にするって決めてたから、一年前に。そしてこれからも」


「……ドン引きなんだけど」


「えへへ、愛の言葉なんて大抵そんなもんじゃない? 好きだよ御世虜ちゃん」


「愛の言葉とかじゃないでしょ今の。…つーかまだ付き合ってもないっつーの。付き合う予定もないし」


「じゃあこれから予定作ってもらうっ!」


「だから怖いんだよその感じ…!」


ーーーーーーーーーーーーーーー

強がってはみたものの……既に外堀は埋められている訳で。

ーーーーーーーーーーーーーーー


数ヵ月経った、とある日。


「おふたりさーん、式はいつなの?」


「式かぁー、御世虜ちゃん次第かな。結婚は卒業後すぐに!」


「「ヒューッ!」」


クラスメイト達が一斉に言った。これが、この空気が普通だっていうの…?


「だから! まだ付き合ってもないって! っていうかあたし、こいつ嫌いだし!」


「そのわりにはちゃんと一緒に居るじゃん?」


「それは──っ、こいつが話しかけてくるからで! 誘ってくるからで!」


「御世虜ちゃん断れないもんねー、そういうところも可愛い!」


「…あーもうこいつは…!! なんなんだよもうっ!」


・・・・・・・・・・・・・・・

…あたしは、この生活にも慣れてきてしまった自分に腹が立ってる。何度言ったって離れないし、ずっと優しいし…! ……ほんと、このままじゃいけないのに!

・・・・・・・・・・・・・・・


その日の、放課後。当然のように隣に居る彼女にため息吐きながら、あたしは歩いてる。


「──あ、あのさ御世虜ちゃん!」


ふと、人気の無いところで白井彩は立ち止まった。


「……なに」


「御世虜ちゃんは…さ、私のこと好き?」


「大ッ嫌いだけど」


「──……うん、そう…だよね」


「…それが? やっと反省して諦める気になった訳?」


「……うん」


「は?」


「えっと…だからその……やっぱり強引だったかな…って」


「そんな今更──」


「分かってる。……だから、さ。……もう、やめるよ。…御世虜ちゃんの幸せに、私はきっと要らない。だからごめんなさい、……さよならッ!」


「えっ、ちょ、ちょっと待って──」


呼び止める間もなく。白井彩は走り去っていった。


「……なにそれ」


あたしは、何かの冗談かと思った。だってあっさり過ぎたから。あれだけ言い寄ってきたやつがこんなに突然居なくなるわけないと思ってた。


ーーーーーーーーーーーーーーー

だけど本当に、彼女は私の前から消えた。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「……転校したって?」


「うん…彩ちゃんも説得したらしいんだけど……駄目だったみたい」


「そんな、何も言わずに…?」


「先生も口止めされてたんだって」


教室の中は、その話題で持ちきりだった


…白井彩が、転校した。親の都合らしい。


(……「嫌い」は言い過ぎだった…ってだけ、言っとけば良かったかな)


「御世虜さん…、大丈夫?」


「……何が?」


「だって、彩ちゃん転校したんだよ…?」


「何であたしが悲しむ必要あるの。…むしろ良かったよ居なくなってくれて、鬱陶しかったし」


……そうだ、これで良い。……元から仲良くするつもりなんてなかったわけだし。


「そ…そんな言い方無いじゃん!」


「…もう、関係ないから。話しかけないで」


教室の様子は、その日から"元"へ戻った。あたしは煙たがられて、ひとりぼっち。それが自分にとって、落ち着ける空間だ。


(その筈…だったのに)


なぜかどうして、ずっとからっぽだった。


・・・・・・・・・・・・・・・


───ベッドに体を投げる(どさっ!!)


「……ほんとに、居なくなってもうざいやつ」


あたしがメジャー嫌いなのは何でだっけ? あたしを否定してくるやつが見てるから? じゃあ、あいつは…白井彩はあたしを否定したっけ? あいつはあたしの趣味を馬鹿にしたか? 何も言わず、一緒に楽しんでくれたじゃん。


あたしが彼女と一緒に居たのは……あたしも結局人間だろうから、人恋しかったのかもしれない。でもあたしは、自分が人間だからって人間らしい行動をしたくなかった。だってそれは…一般的なものだから。自分が一般的だって認めたくなかったのかも。


でも、それって……なんか本質的じゃない気がする。


「──…あたしはもう、あいつを好きになってたんだなぁ……。あいつは…あいつ自身はどう思ってたんだろ」


あの日、彼女は転校を隠していた。だからあんな別れかたをしたんだと思う。でもそれなら……彼女の本心は? あいつは自分の意思を諦めたわけ? 親の都合でどうしようもないからって?


(……ばかみたい、メジャーな曲は"やりたいことをやれ"とか"他人を気にするな"ばっかなのに)


偏見をぶちまけると、今度はあいつに腹が立ってきた。勝手に好きだと言ってきて、勝手に居なくなって……あんたのせいでめちゃくちゃなのに。


「……だけど、もう会えない…か。思えば連絡先すら、交換してなかったんだな……。ったく、強引なのかそうじゃないのかハッキリしろよな」


後悔も、何もかも、もう遅かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー

その思いは学校生活の中で、ずっとあたしを支配していた。やれば良かったこと、やらなければ良かったこと。自分自身に、そしてあいつにも同じことを思っていた。


そして時間は淡々と、ある種残酷に進んでいき…


……あたしの高校生活は、ついに何もなく終わろうとしていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「──卒業…だね、御世虜さん。……あの時はごめん」


「…良いよ、あたしも素直じゃなかった。……あいつは元気かな」


「彩ちゃんが居なくなって……もう一年経つんだね。…突然だったから、昨日のことみたいに思い出せるよ」


「うん。……でも、そろそろ忘れないと」


「御世虜さん……」


「じゃあね、卒業おめでとう」


あたしは卒業生たちと共に、校門を出た。身に燻る思いを振り払いながら。


(ああ、これで……高校生活も、あいつとの思い出も、全部消える。…これで良いんだ、ただ元通りになるだけ──)


──「御世虜ちゃん!」


突然聞こえたその声、あたしはぶん殴られた気分だった。


周りに居た卒業生たちも、一斉にそちらへ向く。


白井彩が、そこに居た。


「…え、ええと、あのね! 私──」


言わせる前に、あたしはいつの間にか彼女に抱きついていた。


「──えっ、あ、お、御世虜ちゃ──」


「うるさい。……この一年あんたが居なかったからあたしは大変だったんだ。何度あんたのことを思い出したか、何度あんたと過ごした日を懐かしんだか」


「で、でも御世虜ちゃんは私のことを──」


「好きだったよ! でも強がってた、認めたくなかったんだあんたの思い通りになるのが! ……あたしも…あたしだって本当の気持ちを言えなかった!!」


あたしは彼女の胸に体を埋めて泣きじゃくった。自分でもこうなったことに驚いたよ、こいつが居なくなって…そして戻ってきて、一緒に過ごした日々が"楽しかった"って思い出したんだ。


「メジャーとかマイナーとか関係ない。あたしは、あんたっていう人間が好きになった。……それだけのことだったんだ」


「──御世虜…ちゃん……。本当にごめんね、私、臆病だった。あれだけ豪語してたのに、転校の話を聞いたとき突然怖くなったんだ。御世虜ちゃんの側に居るべきは私じゃないのかもしれないって。……私は逃げちゃったんだ、御世虜ちゃんの気持ちを言い訳にして…! ごめん、ごめんね……」


彼女は、あたしの身体を包み込むように抱擁した。こんなのされたことはない、だけど何故だか、懐かしかったんだ。


「ねえ、御世虜ちゃん。……やり直させてくれないかな。また、初めから…友達として──ッ!?」


あたしは、彼女の口を塞ぐように、キスをした。


だって、約束だ。



「……ばか、卒業したら結婚するんでしょ。──彩」



「──……うん!!」


辺りは卒業生の歓声で包まれた。


…悪い気分じゃなかった。これはあたしのアイデンティティーが失われる訳じゃない。白井彩に落とされた、それだけだからだ。


あたしはもう一度彩に抱き付いて、高校生活に幕を下ろした。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーー


ーーーーー


・・・・・


「御世虜ちゃん、準備できた?」


「うん彩。…えっと、どうかな?」


「──わぁ……すごく…綺麗だよ御世虜ちゃん」


「…そっか、ありがとう。それじゃあ…行こっか?」


「うん、行こう! 私たちの結婚式に!」


祝福の鐘は(ゴーン…ゴーン…)ずっと鳴り響いていた(ゴーン…ゴーン…)