相方と会話
At3「強襲」
「これ、護身用な」
そう言って渡されたのは、やたら大きくて重いサバイバルナイフ。
「重くて使いにくいってんなら、こっちでもいいぞ」
そう言って渡されたのは、刃を収納できて軽いバタフライナイフ。
・・・・・・・・どんなとこなんだここは?
結局やけになってAFOWに入った俺は、早速適当な服を着てコンビを組む相方に会いに行くことになった。
その相方のところまで案内してくれるのは鬼――カイというらしい――だった。
カズはここに残って「その相方にはこっちから連絡入れとく」らしい。
じゃあ早速行くか、と部屋を出ようとしたところで、カズが二つのナイフを投げてきたのだ。
「護身用って?」
「そのまんまの意味だ。もしもの時はそれで身を護れ」
「いや、何で相方に会いに行くだけで護身用のナイフを渡されなきゃならないんだ?」
「もしもの時のためだ」
もしもってなんだ。
それを聞いておきたかったが、カズはもうそっぽを向いて煙草を吹かしてしまったので、聞くに聞けなかった。
「おい。行くぞ」
カイに急かされて、一応二つのナイフを腰のベルトに挟んで部屋を出た。
部屋を出るとそこは廊下だった。
さっきの部屋と同じで白い。
広い間隔で白い扉が並んでいる。
自動で開きそうな、横開きの扉。機械的だ。
どこも似たような形をしているから、迷ったら出てこれないような気がした。
廊下は先が見えない。長いのではなくて緩やかな曲線を描いているからだ。
それと、この廊下には窓がない。
明るいのは、天井にずらっと電灯が並んでいるからだ。
「おい。あんまりきょろきょろしてんなよ、みっともねぇ」
前を歩くカイが、唐突にそう言った。
あの部屋でかけられた優しい言葉とは似ても似つかなくて、一瞬こいつは本当にカイなのか疑った。
・・・・・・なんなんだこいつ・・・・・・。
意味わかんねー。
思わず前を行くカイの背中をまじまじと見つめた。
白衣を着た白く大きい背中。背は、俺より頭一個分高いくらい。そうする身長は百九十近いのではないか。少し長い後ろ髪が、歩く度首元で揺れている。
後ろからでも首筋からちらちらと見え隠れするのは、カイの第一印象を「鬼」にした百鬼夜行のタトゥー。額から右目、右頬、首筋にかけて、真っ黒なタトゥーが肌の上を蹂躙するように描かれている。それは遠くから見れば火傷でもして爛れているようにも見えるんじゃないかと思った。
カイは両目共に普通の黒だ。つまり能力者じゃない。
構成員のほとんどが能力者と言っていたから、一般人も多少混ざっているのだろう。
やがてカイは一つの部屋の前で止まった。
だがその扉を開いた時、そこは部屋ではなくてエレベーターだということに気付いた。
他の部屋と全く同じ形をしてるから、全然わからない。
俺はカズに続いてエレベーターに乗った。
カズが「B2」のボタンを押して、エレベーターが動き出した。
よく見ると「1」と「B1」と「B2」のボタンしかない。
「なあカイ。もしかしてここって・・・・・」
「もしかしなくても地下だ」
カイの答えは簡潔だ。
「ここは、どこなんだ?」
「・・・・・・・?AFOWだが?」
「違う。具体的な住所。とりあえずここは東京なのか?」
カイは沈黙した。
俺に言うべきか悩んでいるのだろうか。
そのうちにエレベーターが地下二階に着いた。カイがエレベーターを出て歩き出したのに続いて俺も歩き出す。
カイはなかなかしゃべり出そうとしない。
もしかしてはぐらかすつもりなのだろうかと疑い始めたところに、カイが「ここは」と話を切り出した。
「ここは東京だ。それ以外は、教えられない」
十分ではないが、答えをもらっただけでもいいと思おう。
ずっとここに押し込められるわけでもないだろうし、外に出ればここがどこだかもわかるだろう。
「AFOWはどういうマフィアなんだ?」
「どういう、って?」
「具体的に何やってるかとか、構成員の数とか」
カイはまた沈黙した。だが今度の沈黙は短かった。
「・・・・構成員は、今現在は三十人程度だ。能力者なんてめったにいないからな。他に比べたら、かなり少ないだろう」
カイは歩きながらとつとつと話す。白衣を着てるせいか、どこぞの有名な科学者にも見える。
「AFOWは戦闘班、諜報班、処理班、改良班、医療班の五つの班に分かれる。戦闘班はその名のとおり暗殺や特攻専門の部隊で、諜報班は情報収集にスパイ。処理班は俺たちの存在がばれないよう、戦闘班の戦闘の跡や目撃者の隠滅。改良班は戦闘班の武器開発など。そして医療班はもちろん負傷した構成員の治療」
五つの班の特徴をざっと説明する。
「ま、他のマフィアには医療班なんてないんだろうが、ここにいる能力者は貴重だからな。簡単に死なれたら困る」
カイの、「貴重」という俺たちをもの扱いしているような言い方にカチンと来た。
だがそれを口に出す前にその気配を感じ取られたのか、「怒るな」と先に口を封じられてしまった。
「別に俺はお前らを特別視してるわけじゃねぇ。俺も昔は、お前らと同じだった」
「同じ・・・・・・・?」
聞き返してみたが、答える気がなかったのか返事は返ってこなかった。
返ってきたのは、その答えではなく「話を戻すぞ」という淡々とした声。
「五つの班にはそれぞれ頭がいてな。その頭が、各班をまとめてる。因みにカズが戦闘班の頭で、俺が医療班の頭だ」
カズが戦闘班のボスというのは納得がいった。
でもカイが医療班のボスというのは、かなり意外だった。
確かに白衣着てるけど。着慣れてる印象は受けるけど。
カイに「医者」というイメージは全く湧かなかった。
「そしてその五人をさらにまとめるのが、我らがAFOWのボス、楚月だ」
カイが大して強調しないからなのか、ボスの名が出てきてもピンとこなかった。
構成員が少ないといっても、世界規模の争いを起こしかねない秘密を握ったマフィアのボスなのに。
「お前が入る予定なのは、もちろん戦闘班。戦闘班は例外はあるが、大抵は二人組のコンビを組む。普通戦闘班の仲間でコンビを組むが、中には他の班の構成員とコンビを組む奴もいる。まあ、そこら辺は適当だ。今から会いに行くのは、その相方だ」
相方・・・・・。
どういう奴だろう。
「どういう奴なんだ?その相方って奴は」
「女だ」
お・・・・・・・・っ!?
「女?」
「何だその反応は」
「だっ・・・・だって女って戦闘班に!?」
「むしろ戦闘班には女の方が多いぞ」
「なにぃ!?」
「どうも戦闘に使える能力は女の方に出やすいみたいでな。男で戦闘系の能力が出るのは稀なんだ」
カイは大して感心なさげだ。
絶句してる俺が馬鹿みたいだった。
ていうか普通逆じゃないのか。
男の方が筋肉とかつきやすくて戦えるのに、どうして女に「力」がつく?
もしかして男に対して筋肉とかつきにくいから、こっちの「力」が女に優先されるのか?
考えても埒が明かないから、考えるのを止めた。
「さてと、ゼン」
前を行くカイが立ち止まった。
「ここだ」
カイが指差した先。他と全く変わらない、自動ドアみたいな白い扉があった。
「ここが、その相方の部屋なのか?」
扉の前に立ってみる。
カイは扉脇のパスワードでも入れるようなところで、バインダー片手になにやらカタカタと打っていた。
「んー、部屋っていうかまあ・・・・・ここはあいつの・・・・」
ピー、と音がして、目の前の扉が開き始めた。
「遊び場だな」
直後、カイの手がドンッと俺の背を突き飛ばした。
「・・・なっ・・・・・!?」
バランスを崩しながらも振り返った俺の顔面に、カイが投げたバインダーが激突した。
「悪ぃな。恨みはねぇがこれも仕事なんだ」
殴りてぇ!!と思った顔は閉まってゆく扉の向こうに消えていく。
「せめて死なねぇことだけ祈っとくぜ、新人」
ピシャン、と無情にも扉が閉まり、俺はカイが入りたがらないような危険なところに、一人押し込められたことになる。
「ちっくしょう・・・・・・覚えてろよ・・・・・・!」
痛む鼻を押さえつつ、白い床に手をついて立ち上がった。
「・・・・・にしても、なんだここ?」
相変わらず、白い。
しかしなんかこう・・・・床や壁に傷が・・・・・どう見ても戦闘の跡みたいなものが、たっくさん刻まれてるんだが。
「遊び場って・・・・・・どういう・・・・・・」
頬に風と痛みを感じた。
その正体を知ったのは、背後に壁にナイフが一本突き刺さってからだった。
スローイングナイフ!
「・・・・っ冗談じゃねー、本気で殺すつもりかよ・・・・・・っ!」
ヒュッと風を切る音がして、ほとんど反射的に頭をかばって床を転がった。
髪の毛を掠めて、三本のスローイングナイフが壁に突き刺さる。
避けてなかったら脳天一撃だ畜生め!!
ひざをついた状態でナイフを抜く。
軽くて使いやすい、バタフライナイフの方だ。
こっちの方が扱い慣れてる。
ザ、と目の前で細い足が床を踏んだ。
唐突だった。
人間がこんなに早く移動できるわけが・・・・・・・っ!
「く・・・・・っ!!」
ダン、と。
俺は壁に叩き付けられた。
「・・・・ん?」
肩で切りそろえられた、紺に近い黒髪。
怪訝そうな色を映した、紅と蒼の双眸。
「あれ?ユオウじゃない?」
確かに女だった。
そしてこいつはきっと、俺の相方を務める女だろう。
「男?誰あんた?」
よくこいつ、そんなに平気でいられんな。
壁に叩き付けられたって言っても、ただじゃ転ばない。
俺の左手は首を掴もうとしてきた女の手と俺の首の間にあるし、右手は握ったバタフライナイフを女の首筋に突き付けていた。
五年のブランクにしては、完璧。
「てめぇの相方になる新人」
その言葉に、女の顔色がさあ、と青くなった。
「・・・でした」
殺意を匂わせてにっこりと笑ってやった。
女は青い顔色のまま固まっていたが、すぐににっこりと笑みを返してきやがった。
「・・・・・・宜しくねゼン!」
「人の事殺しかけて宜しくするもんか今帰るすぐ帰るぜってー帰る!!!」
女を突き飛ばしてナイフをしまって足音荒く扉へ向かう。
「違うのよてっきりユオウあたりが奇襲に来たのかと思っちゃったのよごめんなさいごめんなさいごめんってば」
「うるせえこれどうやって開けんだ畜生!!」
白い扉に一発蹴りを入れると、ピー、とここに来たときと同じ音がして扉が開いた。
そしてその向こうにいたのは。
「よっ。無事だったか」
むかつくほど能天気な声と共に現れた。
「カイイイイイイイイイイイ!!!!」
カイだった。
「てめぇおい殺されかけたんだぞどういう神経してんだこいつ!!!」
「死ななくてよかったなぁゼン。俺の祈りが天に届いたか」
「話を聞けええええええええ!!!」
絶叫した俺の耳に、ピーという音が届いた。
「・・・・・・・・あの」
それとほぼ同時に、少し控えめの小さな女の声が聞こえた。
「何、してるんですか?」
「あ、いらっしゃい。ハクユ」
開いた扉の向こう。胸元に紙袋を抱えた、小柄な女がそこに立っていた。
外跳ねの琥珀色の髪が印象的で、その瞳は女――レイというらしい――と同じ蒼と紅だった。レイのそれとは、瞳の色が逆だが。
歳は・・・・・どうだろう。背の割には大人びた顔をしているから、俺と同じぐらいに見えた。
それとその女の左頬。左頬から首筋にかけて、ひし形の水晶のような、水晶の鱗が浮き出ているような、そんなタトゥーが彫ってあった。そしてそれは女の美貌も相まって、何故か俺に人魚姫を連想させた。
その小柄な女は俺のことを一瞥して。
「あの、おいしい和菓子買ってきたんで、一緒にお茶しません?」
見事に無視した。
見慣れないはずの俺の姿に、何の反応も示さない。
「カイさんも、そこのあなたも」
訂正。無視したわけではなさそうだ。
ただ、反応がやたら薄いだけで。
「いいわね。じゃ、私の部屋でお茶にしましょ。丁度私のところにもいいお茶が入ったのよ」
レイが、胸の前で手を合わせてにっこりと笑った。
At4「相方」
通されたレイの部屋は、どこにでもありそうなマンションの一室のようだった。
パスワード式の自動ドアをくぐると、右手奥が流し台やコンロになっていて、反対の左手奥の角にはテレビと、その横に本棚。本棚の上には置時計と化粧品らしきものが所狭しと並んでいる。その手前にはテーブルと椅子が四つ。
それら家具一式は、本当にどこにでもありそうなマンションの一室を連想させた。
だが相変わらず壁や床が白いせいで、それらはどこか浮いているように感じ、現実味が無い。
そして俺達四人――レイ、ハクユ、カイ、それに俺――は、四つの椅子に座ってレイが淹れてきたお茶と、ハクユが持ってきた和菓子を味わっていた。
バタフライナイフは俺の腰に戻り、俺の頬には絆創膏が張ってある。
さっきの不意打ちで、ナイフがかすった傷だ。
その傷をつけた張本人のレイは一口二口お茶をすすって、初対面の俺達の紹介に入った。
「彼女はハクユ。私たちと同じ戦闘班の仲間よ」
「・・・・よろしく」
小柄な女、ハクユは小さな声で小さくお辞儀して挨拶をした。
俺も一応お辞儀を返す。
「こっちはゼン。今日入ったばかりの、新人だって」
「・・・・よろしく」
ハクユも、俺と似たようなお辞儀を返した。
「ゼンは、私とコンビを組む相方よ」
レイが俺を紹介すると、ハクユは伏せ気味だった顔を上げてレイを見、俺を見た。
「この人は、何日持ちますかね・・・・・・・?」
「あ?」
「それはだな」
ハクユの言葉を図りかねた俺に、一人淹れたてのお茶をすすっていたカイが説明を入れてくれた。
「お前も体験した通り、レイはいつでもナイフを振り回すからな。お前みたいな新人を相方にしてもすぐに辞退しちまうんだよ。因みに最長記録は三日だ」
「みっ・・・・・・・・・!?」
「ユオウの記録ですよね」
ハクユがぽつりとつぶやき、ああ、とカイが同意した。
「ま、最初はユオウも自信満々で相方を買って出たんだけどな。案の定三日後に泣き泣き相方辞めるって言い出したんだったか」
「だって強くないと私の相方務まんないじゃん?」
へらっと笑って何の反省の色もないレイ。
こ・・・・・・・・・・っこんな危険な女だったのか・・・・・・!!!
ホントに、殺されなくてよかった・・・・・・・!!!
「あ、おいしー」
俺の恐怖も露知らず。
レイは呑気に茶をすすり、あんころもちに舌鼓を打った。
「ハクユ、これどこで買ってきたの?月見亭?知らないなぁ。どこにあるの?」
和菓子が入っていた紙袋の店舗名を見て、レイはハクユにそう尋ねた。
「ラクトが、ここの人と仲がいいから、ラクトに聞いたほうが・・・・・・・」
ハクユがつぶやいた時、ごんごんと鈍い音を立ててドアがノックされ、直後ドアの自動ロックが解除され、扉が開いた。
扉の向こうに背が高い男の姿が見えたとき、俺の目の前でレイはスローイングナイフを取り出して、その男に問答無用で投げていた。
「な!?」
俺が声を上げたときにはもう、ナイフは俺の鼻先を掠めて傾げた男の首の真横を貫いていった。
もし首を傾げてなかったら、ナイフは男の眉間に突き刺さってたことだろう。
だがたった今殺されかけたというのに、男は何事も無かったのように部屋の中に入ってきた。
「今日は投げるのが遅かったね、レイ」
「客がいたから」
そしてレイと、何事も無かったのように言葉を交わす。
「相方が三日で逃げる理由がわかったろ」
絶句する俺に、カイは親切にもポツリとささやいてくれた。
「こんなのが日常茶飯事だからな。俺たちはもう慣れて楽に避けられるけど、くれぐれも殺されないようにな」
最長記録が三日というのが、とてつもなくよくわかった。
会うたびに殺されかけるとなれば、もう二度と会いたくないと思うのも道理だ。
「あれ?新人?」
男は見慣れない俺に気付いて、俺の顔を覗き込んできた。
俺と同じ歳かそれ以上の青年だった。
俺と似ている、青みがかかった灰色の髪を無造作に伸ばし、その上にバンダナとサンバイザーをしている。瞳は紅と黄の二色で、それは「仲間」の証明だった。
「ああ、私の相方になる新人よ。ゼンって言うの」
レイはすかさず青年にも俺を紹介した。
俺はあまり他人としゃべるのは苦手だったから、しゃべらないでいい分レイに少し感謝したい。
「ゼン、こっちがラクト。ハクユとコンビ組んでる人よ」
レイは俺にも青年のことを紹介してくれた。
「ゼン、か。俺はラクト。よろしく」
青年、ラクトは俺に手を差し出してきた。
握手を求められている。
「レイの相方とは災難だったね」
その骨ばった手を握ったとき、ラクトは俺にそう小さくささやいた。
「ま、死なない程度にがんばれ」
きっと青くなっている俺の肩をポンと叩き、ラクトは予備の椅子を引っ張ってきてハクユの横に座った。
「で、ラクトあなた、ここに何の用?」
「ん?いやハクユがここにいるって聞いたから、迎えついでに遊びに来たの」
ラクトはテーブルの上に広げられている和菓子の箱の中から、鈴カステラを一つ取って口に放り込んだ。
「ここの和菓子お勧めだよ。因みに俺が一番好きなのは鈴カステラ」
カラカラと笑うラクトは、ハクユの湯飲みを取ってお茶をすすった。
いいのかな・・・・・と思ったがハクユが何の反応も示していないので、わざわざ言う必要も無いだろう。
コンビを組んでるそうだし、その程度には打ち解けた仲なのだろうと解釈する。
「さて、と」
不意に、俺の横に座っていたカイが湯飲みを置いて立ち上がった。
「そろそろ俺は退散するぜ。後は若者同士仲良くやんな」
「え、まだ居てくれたっていいじゃない」
「俺はお前ら若者と違って忙しいんだよ。大人は大変なのだ」
カイは頭をかきつつ扉に向かった。
「ッと、そうだゼン。すぐ戻ってくるから、それまでここで待ってろよ」
ゆっくりと開く扉を背景に、カイは振り返ってそう言った。
「殺されないようにな」
そう言うのも忘れずに。
「やっだなぁカイ。冗談止めてよ」
レイは笑いながらそう言ったが、俺には全く冗談には思わなかった。
ほんっとレイにはいつでも警戒しとこう。
カイが去って、ふと俺は疑問を持った。
「カイって・・・・・・幾つなんだ?」
そういえばカイのみならず、ここの誰も年齢を知らない。そればかりじゃなく素性も、本名すら俺は知らない。
「カイ?確か二十九って言ってた気がするけど・・・・・。ああ、そういえば私たちも教えてなかったよね」
レイは俺の疑問に答えるべく、自分の胸に手を当てた。
「私は十九歳。ハクユが十七で、ラクトは十八。ゼンは?」
ということはこの中ではレイが一番年上ということになるのか。
ハクユとラクトは納得できるが、レイはどうも違和感があった。
十九歳には見えない。もっと年下の十五ぐらいに見える。とりあえず俺より年下に思えた。笑顔が幼く見えるからだろうか。
「・・・・・俺は、十六だ」
俺が一番年下だということが気に入らなくて、憮然として言った。
「へえ、じゃあゼンが一番年下なんだ。もうちょっと大人に見えたけど」
「そうか?俺はそのくらいの年だと思ったけど」
さっきまでゴマようかんをかじっていたラクトが、それを飲み込んでから言った。
「いつも険しい顔してるから、老けて見えるんじゃないですか」
ハクユのポツリとこぼした呟きに、ラクトはプ、と吹き出す。それに少しだけ怒りを覚えた。
「・・・・・・ラクト」
そのラクトに、ハクユが声をかけた。
「そろそろ、『あれ』始まっちゃうよ」
「ええ!?今何時!?」
「二時五十五分・・・・・・・」
腕時計を覗いたハクユの腕を乱暴に掴んで。
「やばいぞハクユ早く帰ろう!!」
DVDセットしてないのに〜!!という悲鳴を残して、ラクトはあっという間に部屋を出て行った。その間際聞こえた「また今度ねっ!」という声は、引っ張られていったハクユのものだろうか。
「・・・・・・・・・・何?」
まさに嵐のように去っていった二人を呆然と見送って、俺は何とか声を出した。
「・・・・・・えっと、毎週水曜午後三時からの『肉食帝国』っていうアニメ。それ、ラクト毎週DVDに撮ってんの」
半ば呆れ顔のレイの説明に、きっと俺も呆れた顔をしていたと思う。
「・・・・・・ここって地下だろ?電波入るのか?」
「特別な回線で入れてる。ここは普通のマンションと変わらないよ」
携帯も普通に使えるしね。と言ってレイは残ったお茶をぐいっと飲んだ。
「ゼンもすぐに部屋を与えられると思うよ。カイはそれを手配しに行ったの」
空になった湯飲みを置いて。
「さて、お客さんも帰ったことだし。ゼン」
レイは立ち上がった。
「早速訓練しようか」
「は・・・・・・!?」
訓練?なんでいきなり?
「は?じゃないよ!戦闘班の一員なるもの常日頃体を鍛えてないと!あっという間に殺されちゃうよ!!」
その前にレイに殺されそうな気がバシバシするんですが。
「大丈夫よ!最初は殺さないように体術からだから!!」
俺の心を読んだかのようにそう言って、レイは俺の腕を引いて立たせ背を押して部屋から出した。
部屋を出た先は、さっき殺されかけた、レイの遊び場。
二十畳近くはあるんじゃないかと思える、道場みたいな広い空間だ。でもやっぱり壁も床も白いせいで、現実味の無い空間に思えた。
「じゃ、言った通り最初は体術ね。ゼンは男の子だから私のこと殴りにくいと思うけど、私は平気だから遠慮なくどうぞ」
「言われなくとも」
レイ相手に遠慮なんてしてたら殺される気配がぷんぷんした。
ここは男気無いだろうが本気で行かせてもらおう。
レイは徒手空拳の構えを取った。中国武術に、多少のアレンジを加えた感がある。
構えを取り、腰を落としたレイの顔から、すっと笑みが消えた。
ぞくりとした寒気を覚えた。こういうのを戦慄というのだと、本能的に悟った。レイの顔には、冷たい刃のような殺気が浮き出ていた。笑みが消えた顔は、十九歳という年相応の雰囲気があった。
本気だ。遠慮したら殺されるという俺の予感は、当たってたわけだ。
頬を汗が伝った。一歩間違えば、どうなることか。
俺も徒手空拳の構えを取る。昔習った、古武術の構え。近所に自称古武術の達人がいたから、幼いころに半ば遊びで習ってみたのだ。それが案外面白くて、本格的に五年ほど習った。
高校に入ったのをきっかけに止めたが、ブランクは半年ほどだ。今まで喧嘩でも使っていたし、たぶん通用するだろう。
「いくよ」
短い、レイの開始の合図。
レイが動いた。とんでもなく速い。近所の師匠と比べ物にならない。
あっという間に目の前に迫ってきたレイに、思わず一歩引いた。
「駄目!!」
直後鋭く飛んだ声と同時に、鞭のように振り出したレイの手の甲が鼻頭に入った。
踏み出しの勢いと手首のスナップが無駄なく活かされた、簡単な技のくせに威力のある一撃だった。
ホントに言葉どおり、一歩退いただけでは駄目だったことを思い知る。
「っこ、の!!」
鼻の奥からどろりと液体が垂れてくるのを感じながら、それを気にする暇も無く拳を繰り出した。だがその一撃はあっさりとレイの右頬の横をすり抜け、直後俺の右頬にレイの蹴りが叩き込まれた。
首がぐき、と嫌な音を立てた。
「負け!!」
そして仕上げとばかりに顔面に掌底が入って、俺はひっくり返って仰向けに倒れた。鼻からたら、と鼻血が垂れたのがわかった。
「容赦ねえな」
あっという間に決まった――時間にしたら五秒ぐらいだろう――勝敗に不満を上げると、レイは倒れたままの俺を見下ろして、クス、と笑った。
「このくらい対抗できなきゃ、私の相方は務まらないのよ」
「・・・・・言うな」
俺は鼻血をぬぐって、体を起こした。
するとレイはポケットからハンカチを取り出して、汚れるのも構わずに俺の鼻に押し付けた。
「でも今まで学生だったにしては、いい動きしてたよ。私の動きも把握できてたみたいだし、ユオウを除けば一番強いよ、ゼンは」
ユオウには負けるのか。と思ったが一応は褒められているから文句は言わなかった。
「総合評価は、三十点ってとこだけどね」
そのとき俺は、鼻に押し付けられたハンカチの匂いと優しそうなレイの笑顔に、少しだけ警戒を緩めていたのを知った。
AT5「会話」
「・・・・・・なあ」
「なあに?」
「今、何時だ?」
「五時三十二分よ」
俺は、パタンとレイから借りた本を閉じた。
「カイ、すぐ帰ってくるって言ったよな」
「言ったね」
「すぐっていうのは、二時間と三十分を表すのか?」
カイは、五時三十二分になっても戻ってこなかった。
「しょうがないなあ」
レイは読んでいた本を閉じて、立ち上がって伸びをした。
「今日はカイが来るまでここにいなよ。夕飯作ってあげるから、食べてきな」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
世話になるのは癪だったが、これはカイのせいなので気にしないようにする。
レイは冷蔵庫の中身を確認して、適当な野菜を取り出した。
「・・・・・・・あ、手伝うよ」
俺はまな板を出して野菜を切り始めたレイをぼんやりと眺めていたが、何もしないで食い物にありつくのも気が引けたので、俺もレイの横に立った。
「ああ、いいよ別に」
「こっちはよくねえんだよ」
「・・・・・・じゃあ後片付けはゼンがやってよ。作るのは私がやるからさ。ゼンはテレビでも見て待ってて」
「・・・・・・・・わかった」
そう言われては引き下がるしかなく、俺はしぶしぶ椅子に座った。
料理の腕を疑われたのだろうか。
こう見えても結構晩飯の手伝いはしてるし、俺一人で作ることも決して少ないわけじゃない。調理実習の授業でも、俺のフライパン捌きに同じ班の奴らから歓声が上がったことだってある。
授業、と考えて気分が少し暗くなった。
俺はもう、学校に行くことも無いんだな。
別に親しい友達がいるわけでもない。いるのは俺を敵視する不良グループだけだ。悲しむ必要なんて無いのに。
でも、それでも、学校は「日常」の一つだった。
もう二度と戻ってこない、日常の。
「・・・・・・・・なあ、トイレってどこだ?」
情けない。
らしくもない。
戻ってこないものを惜しむなんて。
でも俺がいるのは「表」の人間が想像もしないような「裏」の世界。
そして俺はその「裏」の世界にしか生きられなくなってしまった。
「表」の世界を懐かしむのも、たまにならいいだろう。
俺はレイに教えてくれたトイレへ向かった。
レイが作ってくれたクリームシチューを二人で食べて、俺は約束通り後片付けをして今流し台で皿洗いをしている。
レイは「じゃ、私お風呂に入ってくるからあとよろしくね!」と言い残して奥の扉へさっさと消えていってしまった。
さっきトイレに行ったときに見たが、この扉の向こうは廊下になっていて、寝室と浴室とトイレの三つの扉がある。何故それを知っているかというと、トイレの場所がわからなくて全ての扉を開けたからだ。
皿洗いといっても二人分しかないのですぐに終わってしまった。
ぬれた手を拭いて、さっきからニュースを流しているテレビを見た。
俺はもともとテレビを見るほうじゃない。たまに見るものもあるが今日はそれが無い。だらだらと適当に見ていると、しばらくしてトイレに行きたくなった。
どうせ見るものも無いのでテレビを消して、奥の扉をあけて廊下に出た。ここの扉まで横開きの自動ドアだ。ボタンを押して開く仕組みになってる。
なんかこだわりでもあるんだろうか。
扉の向こうの廊下は曲がっていて、突き当りの扉が寝室だったはずだ。曲がって一番奥がトイレで、その横の扉が浴室だった。
だがその前に、さっきまで無かった青いカーテンが引かれていた。
「・・・・・・・・・・・?なんだこれ?」
そして俺は大して考えずにそのカーテンを開いた。
そして一生忘れないようなイベントが、その先に待っていた。
「ゼッ・・・・・・・・・!?」
「?」
俺の目に最初に映ったのは、白い腕だった。
よく見ればそれはほんのり赤く上気していて、そこから熱が蒸気となって逃げていっていた。そしてそれはレイの腕だということに気付いた。
「レイ・・・・・・?」
ホントにさっさと今最も大切なことに気付けばいいものを、俺はそのときどこまで鈍感だったんだろう。
レイはバスタオルで胸元を隠した。
なんでだ?と思ったときやっと、俺の目にレイの裸体が映った。
紺に近い黒髪はしっとりと濡れて、白い肩に水滴を落としている。バスタオルは胸元から太もものあたりまで隠していて、そこから伸びる白い足は細く、それでも力強さを感じる綺麗な脚だった。
ああ、綺麗だなあ・・・・・と見入ってしまったそのときの俺は、きっと危機感知能力がゼロだったんだと思う。
「ッ・・・・・ゼエエエエエエエエエエン!!!!!」
「?」
レイの絶叫が響き渡り。
そして俺の意識は、顔面にとんでもない衝撃を受けたことによってあの世に吹っ飛びかけた。
鼻の骨が折れなくてほんとによかった。
俺はレイの次に風呂に入って、さっき俺が間違って開けたカーテンの中で着替えた。借りたバスタオルで水滴を拭き、手早く着替えてナイフも腰の同じ位置のぶら下げる。
レイが言うには、ここの浴室はアメリカ式なので脱衣室が無いそうだ。俺が浴室を覗いたときも確かに無かった。レイは湿気が残る浴室で着替えをしたくなかったので、浴室の外の廊下にカーテンを引いていつもそこで着替えをしているらしい。
そして俺は今日、それを知らずにカーテンを開けて、レイの着替えと鉢合わせするはめになったのだ。
「別に言い忘れた私も悪いんだけどさ」
着替えを終えて、不貞腐れた顔でテレビを見ていたレイに改めて謝ると、レイはまだ不貞腐れた顔でそう言った。
「何も見てないから」
「あんなにじろじろ見てたくせに?」
そう言われると加害者の俺は何も言えない。
「悪かったよ」
「・・・・・・・ま」
レイはテレビを消して立ち上がった。
「許さないってわけにもいかないし、何にも見てないって言うのを信じて、許してあげましょ」
もうこんな時間だしね。とレイが時計を見て、俺もつられてそれを見た。
十時二十分。しかしこんな時間になってもカイは全く帰ってこない。
「カイ、結局来なかったね。しょうがないから今日は私のところで寝な。床で寝ることになっちゃうけど」
「わかってる」
九時を過ぎたあたりから、その程度の覚悟はしていた。最悪、身一つだけで廊下に放り出されても、まだ本格的に寒くなってきているわけではない今なら死にはしないだろうと、そのくらいのことは考えていた。
ましてや俺はレイの機嫌を損ねてしまったわけだし。
だからとりあえず部屋の中に入れてもらえているだけでも、正直ありがたかった。
レイは俺を寝室に招きいれた。寝室の奥にはパイプベットが一つあり、その反対側には大きな本棚が並んでいる。扉の横にあるのはクローゼットか。
レイはクローゼットを開けて、中の毛布を一枚俺に投げた。
「ごめんね。今は予備それしかないの。寒いかもしれないけどそれで我慢して」
そして申し訳なさそうな顔をする。
いやいや抜群にいい待遇ですってレイさん。
「いや、これで十分すぎるぐらいだ」
そう言うと、レイは「それはよかった」と微笑んだ。
・・・・・なんだ、こんな顔もできるんじゃないか。
「じゃあ、電気消すよ」
そう言われて俺は毛布に包まって、ベッドの横に腰掛けた。冷たいことを覚悟していた白い床は、案外暖かくて少しびっくりした。腰のナイフが少し邪魔で、外して傍らに置いた。
すぐに電気が消え、辺りは真っ暗になった。
地下だから、月光も届かない真の闇になるんだ。
闇の中でレイが移動して、ベッドに入ったのがわかった。夜目が利くのだろうか。視界が無くて足元がおぼつかない感じが全くしなかった。
レイはしばらく衣擦れの音を立てていたが、そのうち止まり無音の闇が降りてくる。
そのうち俺の目も闇に慣れてくる。そうなると今までの名残か、電灯がほんのり微かな光を放っていることに気付いた。
レイはこれを頼りに歩いたのかな?
「・・・・・・・・ねえ」
不意に、レイがベッドの中から話しかけてきた。
「・・・・・起きてる?」
「・・・・・・・・ああ。・・・・・どうした?」
すると少しだけ沈黙が返ってきた。
「・・・・・あのさ、別にゼンを責めてるわけじゃないんだけど、私本当はもっと遅い時間に寝るの。今日はゼンがいるから早いだけで」
「・・・・・・・・・・で?」
責めてるわけじゃないと言ってるからには、責めてないのだろう。
「で、いつもより早くて眠れないから、何かお話して」
・・・・・・・・どこのガキだ?寝る前にお話って。
少し呆れたが、こっちも少し話したいことがあるから口を開いた。
「・・・・・・・お話っていうよりは、俺の聞きたいことになるが」
「うんいいよ。私に答えられることなら答えてあげる」
レイの顔はここからじゃ見れない。でも微かに笑っていることが、何故かわかった。
「レイ、お前はどうして、ここに居るんだ?」
レイが、息を呑む気配が伝わってきた。
何か俺はやばいことを訊いたか?でもやばいことは訊いてないはずだ。このままだと答えてもらえそうに無かったから、言葉を続けた。
「お前はここに来る前はどこに居たんだ?どういう経緯で、ここに入ったんだ?」
「・・・・・・・・・私は・・・・・」
レイは少し沈黙して、それから口を開いた。
「私は、物心ついたときにはもう、ここに居たの」
「あ・・・・・・・!」
まずいことを聞いた。追求しないでいればよかったものを。
「あ・・・すまない・・・・・・」
「何で謝るの?ゼンは悪くないでしょ」
レイの声にもう陰は無い。冗談を言われて笑っているようにも思えた。
「私、両親に捨てられてたんだって。きっと、この目のせいで。そこをこの組織の人に拾われて、ここで育ったの。だから私は、『表』の世界を知らない『裏』の世界の住人なの」
何の悲しみも辛さも無い、綺麗な声だった。
「ゼンは今まで学生だったんでしょ?家族とか、いるの?」
「・・・・・・ああ」
家族。ほんの三日前までは、あって当然だった大切なもの。
「お袋と妹が一人。それに俺で、三人家族だった」
「・・・・・・お父さんは?」
「五年前に出てった。それからずっと帰ってこない」
親父は、俺が十一のとき出て行った。
親父には、親父らしいことをしてもらった記憶が無い。俺に受け継がせたいものは全部叩き込み、気が済んだところで全てを放り出して出て行った。
構ってもらえなくてもお父さんお父さんと後ろをついて回っていた緋粋は、わんわんと泣くに泣いた。お袋もしょうがないと言って笑っていたが、陰でこっそりを泣いていたことを俺は知っている。
だから親父は嫌いだ。
何でもかんでも押し付け、用が無くなればたとえ家族だろうとすっぱり切り捨てる。
遠い記憶の中にいる冷徹な親父の顔を思い出すたび、俺はすぐにでもその顔を殴りたくなる。だけど俺の拳は、遠い過去には届かない。
「将来の夢とか、あったの?」
「ない。この先何をするかなんて、考えるのは億劫だったから」
「あはは。ゼンらしいね」
どういうところが俺らしいのだろう。
将来の夢が無いことか。先を考えるのが億劫だというところか。
「・・・・・・ここで育ったってのは、どんな感じだ?『表』の世界を知ったとき、どんな風に感じた?」
「うーん・・・・・・・。そうだねえ・・・・・」
レイは少し考えるように沈黙して、それから口を開いた。
「びっくりした。初めて一人で『表』の世界に出たのは十歳くらいだったんだけどね。声かけてきた男の人を殴ったら、周りの人がみんな騒ぎ出して。『こんなので何で驚くの?』って感じで、すごい不思議だった。それに殴った男の人もぜんぜん弱くて、『人ってこんなに弱いんだ』って、ちょっと絶望感に似たものを感じた」
言葉の前半は、声かけてきただけの男を殴ったことに真面目に呆れた。でも後半は、どこか悲しい響きの声と、絶望感という言葉に少し同情を感じた。
レイは一緒だ。生まれたときから、もうすでに他の人とは違う。レイは育ちでさえも、全く違う。
十歳の―――幼いころのレイは、その事実を突き付けられてどれほど傷ついたことか。
自分は「普通」の世界とは違うところにいる。
そして自分はもう、その「普通」の世界には入り込むことができないのだと、思い知らされる。
その辛さを、俺は知っている。
俺も、いつからか自然に悟っていた。
自分から離れていく人々を眺めているうちに、あいつらと俺は違う。俺はあいつらの世界とは、違う世界の住人なんだ。と。
「ゼンは、どうだった?そんな目で、そんな髪で、『表』の世界に生きてきて」
「・・・・・・最悪だぞ。こんな目してるだけでも相当気味悪がられるっていうのにな。こんな髪までついてきやがって。・・・・・・・ほんと、嫌になるよな。誰も気味悪がって、俺に近づこうとさえしない。友達も、一人もできなかった」
愚痴だ。情けない。女に愚痴を聞かせてしまうなんて。
「おまけに先輩たちにはよく絡まれるし、めんどくせーったらありゃしない。おかげで古武術の練習が毎日できて、腕がなまる心配がなかったよ」
幼いころはよく泣いてたっけ。
そんなことを思い出して胸糞が悪くなる。
古武術を習い始めたのも、興味からだけでなく自分の身を護るためだったのかもしれない。
「・・・・・・ここは、そういうやつらの、集まりなのか?」
能力者をかき集めて構成されたマフィア、AFOW。
つまりそれは、「表」の世界に居られなくなった者の、集まりなのだろう。
「・・・・・・・・・まあね」
レイは軽くうなずいた。自分もその一員なのに。
「ここに居る人たちは大体世間のはぐれ者。ま、よそから見ればはぐれ者が寄せ集まって、傷の舐めあいでもしているように見えるんでしょうけど」
皮肉ったレイの言葉に、反論する気にはなれなかった。
俺は黙っていた。どうにも、しゃべる気になれなかった。
「だからここにいるのは、能力者だけじゃない。私みたいに捨てられて、ここに拾われて育った人もいる。『力』は眼球移植で手に入れることができるから、そういう人は大体眼球移植して、『力』を手に入れる。育った家の・・・・・・・大切な場所の・・・・役に立ちたいから・・・・・・・・」
ああ。レイや、ここに拾われた人たちにとって、ここは「家」なんだ。
そしてここに居る全ての人たちが、護りたいと思う「家族」なんだ。
・・・・・・俺もいつか、そう思える日が来るのだろうか。
「任務とか、とっても怖いときもある。本当に、死にかけたときだってあった。『裏』で生きるためにはいつも命がけだけど、でも私はここが好き。『表』の世界には混じれないけど、ここにはたくさんの人が居るもの」
レイの声はどこまでも真摯で、純粋で、俺が今まで見てきた人間の中で、一番意志のこもった声だった。
「裏」の世界は常に命がけで、闇に満ちていて、とても恐ろしいところだ。
俺はこれから「裏」でやっていけるのか、本当に不安だ。
でも。
レイが本当に「裏」の人間なのか、それだけが信じられなかった。