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巫女の舞と振り

 「!!!!!!!」



 そうして、


 メルロッテが踊る『其れ』は、、


 驚く程、ニアが予感したマフィラナの後宮で覚えた双舞では、、無かった。


 むしろ、

 嫌程、魂に記憶している舞。


 否、正しくは、かつての自分が前世で見せつけられた『振り』だった事に、ニアはメルロッテに合わせて体を動かしながらも驚愕した。



 (ハーレムで覚えたマフィラナの後宮舞ではないって、どういう事?、、)


 奇妙な事が多すぎる、メルロッテとの舞。


 かつての前世で見たモノなのだから、現ドラバルーラで、前世世界ウブドラ王国と同じ舞踊であるはずない事は、ニアにも百も承知なのだ。にも関わらず、ニアの幾つもの生で得た動きである事の奇妙さ。


 それだけで驚いているだけではない。


 只でさえ、時間軸が重なる不可思議なる『舞』に加え、メルロッテが促す『振り』を、ニアはマラフィナの時に後宮で見たのでは無かったからだ。




「正妃の侍女は実に色香良い踊りで、伴侶の我を楽しませてくれるのですよ。」


 戸惑いメルロッテと同じポーズを取るニアを知らずに、褐色の艶めいた肌に輝く黒曜の瞳を細くして、オンテリオがメルロッテを褒める言葉が、片手を揺らがせる耳朶に流れる。


「序盤披露いたしますは〜、彼の地で伝わる葬送の舞にございます。ここよりは、何方か儀礼剣の代わりに刀を、お貸し下さりませ〜。」


 メルロッテが、普段着せられるている王子後宮の御仕着せのまま、懐にシルビーを抱くニアを気遣いながら、ゆっくりと身体をひとつ旋回させた。


(まさか、、メルロッテ、、どうして、)


 王族の企てでは無く明らかにメルロッテの意思で、娼婦のキャラバンから友となった自分を助け上げてくれる靭やかな手の平には違い無い。


 運命的な偶然。


 其れも良くない記憶に、

 舞の先を予感して、ニアの胸は慄える。


(ダメ、、)


 差し出された助け舟に躊躇うニアが見やれば、佇む宮殿兵がメルロッテの突然の提案にも関わらず、王と正妃に等しい座に位置するオンテリオに促され、腰の双刀をメルロッテに差し出しているのが判る。


(でも、今は、思い出すしかない、、)


 と、メルロッテが両手に刀を掲げたと同時に、片方の刀を唖然とするニアに、無情にも預けるのだ。


「双子剣による葬送の舞に、ございまする。」


 まるでニアやエナリーナと接する雰囲気からは考えられない道化な調子で口上を述べたメルロッテが、ニアに呼吸を合わせとばかりに、


『ダダンッ!!!!』


 片足で大理石の床を鳴らし!王の宮殿パレス・カーリフを、気迫で大きく揺らした!!


「「「「おお!」」」」


 

 メルロッテがニアをリードする踊りは一筋縄ではいかない踊り。何故なら


(メルロッテは『踊り巫女の一族』の末裔って言うけれど、、、やっぱり此の踊りは。)


 ニアとメルロッテの2人で相対して『振り』を繋げながら、ニアの頭は目まぐるしく動いている。

 加えてニアは、懐に赤子を抱いているのだ。


 『振り』の続きを懸命に搾り出し、彼の時の情景に、持たされた刀を自らの意思で、ニアは握り締めた。


(吐き気がする。)


 条件反射ともいえる嫌悪を沈めようと理性を働かせる。


 本来ならばメルロッテのような踊り巫女が見せる舞踊では無い『振り』。


 只でさえ女人が刀を雄雄しく使う振り付けに、観衆は異質さを感じるだろう。


(そう、マフィラナじゃない、、、マフィラナの時じゃ、、)

 

 アリエスの時の『暗殺舞い』。



 何故なのかと、激しくニアの胸中が揺れる。


 ドラバルーラの王宮に集う、王族をはじめてとする観客の無数なる視線が、ハーレムでは無い記憶の中で感じた、ねっとりとした湿気と欲望の視線へと、次第に塗り変わる。




(アリエス、の時、、これは牢の帝国で見た『振り』、、)



 ニアの手を取るメルロッテが、アリエスを胸に抱く罪人クロの面影へと重なった瞬間!!


 否応無しに、ニアの身体がザワザワとアリエスへと置き換え蹂躙されていく。


 あの牢獄の闇で見た、囚人達の『暗殺舞』。


(は、う、ぅ、)


 身体の記憶の奥に迫り上がる、疼きと肌への痛みと、湧き上がるように刻まれた、衝動が刻みつける感触に、ニアは懐のシルビーを片手で抱き締める。


(此の『振り』は、此れだけは、、)


 『振り』踊るほどに前世で果て切って尚揺らされる感覚が、螺旋を描いて走馬燈のようにニアの下半身を焦がし始めたのだから。


 本当は意識が飛んでしまいそうな元宰相の生娘の闇に飲まれぬ様。

 食い縛って懐の愛子を離さぬ様に、動くしないニア。


 かつて、囚人クロが牢で唯一の女人となるアリエスを、犯しながらも懐から離さず同牢人達に刃を奮った様に。


 今、ニアはメルロッテの横で舞いながらも、アリエスへの意識が蘇る戻る。


 と、同時に。


(イグザムは、、クロ、、)


 今世の義兄がニアに見せつけた関所橋で姿をも、ニアの脳裏にフラッシュバックする。


 ニアの顔が苦いモノを噛み締めたが如く、大きく歪んだ。


 今、ニアをメルロッテをはじめ取り巻く王や妃達は、関所橋で鈴なりになる荒振る山の(もの)の衆であり、


 巨大牢獄に蠢き徒党の陣を組み、獣の化した囚人の群へと変わっていく!!


 渡された反り刀を、ニアはメルロッテと同じく、かつてのクロと同じく片手に掲げた!


『ダダンッ!!!!』


 メルロッテが大理石の床を鳴らす!!



 クロの1体、無尽蔵の罪人。


 数え切れぬ程見た『振り』は囚人達がクロへと攻撃の意を唱えながら踊る、群衆殺戮の技だ。


(あの牢獄には、、看守なんて居ない闇の帝国だった、、)



 其の囚人達が、クロに殺めようとする動機は、極めて単純で獣の性のままに只一つ。

 

 クロが片手に抱きながらも肉棒を突っ込む女、アリエスの双房と欲を埋める穴を奪うが為。



 ニアとメルロッテの持つ刃が金属音を響かせ交わる。


 黒一色に塗られた広い牢で、無数に揺れる汚れた刀。

 たった一匹の敵を群勢で囲い、連携で攻撃を仕掛ける事で、隙を付いて無数の手が伸ばされ、獲物を掠め奪うが目的の舞。


 

 『ダダンッ!!!!』


 メルロッテが四度、足を踏み鳴らす。


(此れが葬送の舞なんて、一体誰が言ったの、、)


 確かに、彼の牢帝国で、此の『振り』が始まれば無数の骸が出来あがったのだから、死への舞とも言えようか?


 『アリエス』にとって、、、


 此れは死と性の舞。


 常に見せつけられた、囚人王クロの鬼畜な眼光と、愛欲を満たされ絶頂に恍惚とする獣に屈される拷問だったのだから。


 今、ニアは、かつてのクロがアリエスを『抱き』ながら死闘を繰り広げたが如く、シルビーを抱えながらメルロッテを相手に暗殺技を舞う。


 (屈辱しかない、子宮が覚えている。)


 自身にクロの念が立ち上がる様な錯覚に、ニアは己の腰に力を込めた。



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