前へ  次へ >>  更新
47/47

異国での再会

 何度目か前の前世。


 花が咲き乱れる、南洋国ルーベンスの王女マフィラは、、、


 今世のタニア・ルー・エンルーダと同じく、王族を害した罪で、夫であるハーレムの王ウブドラに毒杯の刑に処された。


 (同盟という名の政略結婚で交わされた約束事では、正室としての輿入れだったのにね、、)


 長閑な南洋の国から嫁いでみれば、正室では無く『正室候補』としての立場だった若き王女マフィラナ。


 (大国ウブドラに騙されたと言って過言では無い、初心な田舎の王女だった。)


 しかも輿入れと同時に行われる婚儀は、両国を挙げる様な華々しさも無く、まるで属国から差し出された生贄と同様の扱い。


 初夜以降、顔を見る事さえなかった男に、王の寵愛を一身に受けているという側室第1王子の暗殺容疑をかけられる。


 一夜にしてマラフィナが送られたのは、蝋燭の光だけが揺れる地下。


 砂岩造りの牢で其の日の内に、漆黒の覆面を被る国王の処刑人が持ってきた、毒杯を飲まされた。


(今世のタニア・ルー・エンルーダの最後に、、どこか似ているわね。)


 ウブドラには犯罪者の処刑には、罪人が犯した罪に擬えて刑を執行する法があった為、いきなり現れたウブドラ国王に断罪されたマラフィナは、此の時初めて、側室の王子が毒殺されたのだと勘付いた。


 勿論マラフィナだったニアは、側室への嫉妬から王子を殺してなぞいない。


 (だって、政略結婚のウブドラ国王を、、マラフィナは、愛してなどいなかったもの。)


 喉を鋭く焼くドロリとした液体を、顎を掴まれ、華奢な体内に捩じ込まれる最中。


 朦朧とするマラフィナの脳裏を掠めた顔は、簡略化された婚礼の最初から、射貫く様な視線を自分の全身に打ち続けた夫では無かったのが、其の証拠。


 何故ならば、、


 婚儀の後とて、ハーレムの支配者らしく執拗に、口吻だけの性交が行われたのみで、マラフィナの処女を開く様な、ウブドラ国王との男女の交ぐわいが、行われた訳では無かったのだから、、、



 


 そして『砂漠の宝石』と称される、、

 巨大なオアシスの傍らに佇む


 ドラバルーラの宮殿・パレス・カーリフ。


  ふと幾つか前の前世であるマラフィナを思い出したのは、、

 ニアには酷く既視感を覚える現王の宮殿で、王や正妃、側妃の気配を肌に感じたからか、


 彼の人物を見たせいか。


(!!!、、カイロン・ドゥ・バウンティと常から一緒に行動していた、、、確かオンテリオ・ルー・ビヨラル、、)


 ニアは、かつて明るい髪色で忌避されていた環境にも関わらず、ダンスのパートナーとして授業で踊ってくれた相手の顔を、此のドラバルーラ国の王宮で見つけた事に驚愕した。


 件の相手は紛う事無く、ドラバルーラ現王の隣で、王族が纏う金刺繍の伝統衣装を当然の様に着こなしている。

 王子らしく、漆黒の髪色の男が片膝を立てて、其処に座していたのだ。


(違う、ビヨラル伯爵はリュリアール皇国のバウンティ侯爵系貴族、、だから、、偽りの姿だったのね。オンテリオも偽名かもしれないけれど、オンテリオ・エミュール・ドラバルーラが本当の正体?)


 リュリアール皇国で、代々皇族の文官側近を排出しているバウンティ侯爵は、いうなれば武闘派の辺境伯・エンルーダと対角した権力側だと、ニアの頭には記憶している。


 そのカイロンの後ろにいたのが、オンテリオ・ルー・ビヨラル。


 まるでカイロンを守る侍従の様に、背後へ控えていた子息だった。


(かつての、わたし達みたいだった。)


 幾つもの前の前世。


 自分の後ろをいつも護る為に従っていたのは、マラフィナの母国、南洋国ルーベンスの騎士。

 オンテリオには、彼の騎士と同じ様に、意図して目立た無いようにしている節を感じていたのだ。


 バウンティ系のビョラル伯だから行動を共にしているのだと貴族学園の時には安易に考え、気にもしなかった人物の登場に、ニアは我が子シルビーを抱えながらも慌てて顔を俯けた。


(御忍び留学王子だったから、髪色にも忌避感がなかっただけという事、、か。)


 こうしてドラバルーラの王子として再見したオンテリオは、見目もエキゾチックに整った顔立ちをしている。

 何故、貴族学園の時には影が薄かったのか不可解な程だ。


(もしかしたら、何か見た目の幻術を使っていたのかもね。)


 リュリアール皇国貴族学園の中では魔法や幻術といった類の使用は禁止をされていたが、ドラバルーラ国の王子が御忍びで留学していたならば、特別待遇も考えうる。


『はい!そこで優雅にターン!して男性後ろの令嬢に手を差し出し、パートナーチェンジ!!』


 初めて編入した日のダンス授業。


 ニアに自己紹介で和ませ、ダンスに不慣れな『辺境伯令嬢タニア』のリードをしてくれたのが、カイロンとオンテリオで、編入してきたばかりのニアを迎える雰囲気が、2人のお陰で子息達との間に出来た事を、今でと覚えいるが、、、


(流石に、オンテリオ王子は、こっちを覚えていないでしょ。)


 リュリアール皇国とは比べものに成らない程、明るい髪色をした女官達が後宮には居ている。

 何より『タニア・ルー・エンルーダ』と言われた辺境令嬢は公には学園から追放され、誰かの記憶にも残っていないだろう。


(しかも、赤子を連れた女奴隷だもの。)


 現に、ドラバルーラの王子は、何千と出入りする王宮女官のニアには目もくれないまま、現ドラバルーラ王と正妃の隣で、側近らしき男と何やら話をしている。


「巫女ニーア、面を上げよ。」


 しかし意外にも拝顔をニアに告げきたのは、件の王子だった。


「ドラバルーラ国正妃様より、巫女ニーアに任が下された。側妃の1人が昨夜に身罷れた故、送りの儀式をされるように。」


 具体的にニアが執り行う事柄は、此のカーリフ・パレスまで連れてきた侍女官が無表情に、傅くニアに示してきたのだが。


「かしこまりました。謹んで魂送りの儀式を、行わせて頂きます、、、」


 磨かれた床に顔を付けん程に伏しながら、ニアは簡単に返事をした。腕に抱くシルビーがムズがらぬ様に気を付けつつ、退出の合図を待つ。


 が、一向に下がらせてくれる気配が無い。


(まさか、、また何か指示がある?もしくは、、)


 懐に荷物とも言える赤子を抱き上げ、長く腰を屈める姿勢は拷問にも等しい。

 此の様な事は、嫌でも久しく感じていなかった、後宮ハーレムの忌まわしき慣例を覚え起こさせる。


 細胞までを、苛烈な女の園への臨戦体制へと思い起させれば、


(低級妃への虐め、、側使えへの八つ当たり、、)


 ニアの全方位から自身に放たてる悪意の視線。


 其の先にあるのは、ニアの懐。


(シルビーね。)


 ニアは床に額を擦り付けながらも、今世の平民生活で覚えた舌打ちをした。


 早急まで王子後宮の薬師部屋で、エナリーナの手伝いをしていた事を失念していてニアは、ほとほと今世に慣れ切っていた自分に呆れる。


(大量のハクヨウの薬の行先、渦中の地獄が、此の場だと失念していた。)


 そもそも、女官とは言え赤子を連れて後宮に入れる事が異例だと、ニアは忘れていた。


 ニアの様な女官は、避妊薬を飲まされ、子を作れない妃達の恰好の餌食になるだろう。

 現に床に伏せている手足が痺れてきたニアが、前世で伏せ拝で脳に異常をきたした側使えがいた事を考えた時、突然頭の上から声が降ってきた。


 

「ああ、丁度踊りの上手い女官が来ましたから、良ければ葬送の意を込めて、踊らせても良いでしょうか?」


 オンテリオ王子が、手を打ち鳴らしたのが判ると、頭を伏せたままのニアの隣に、スルリと誰かが自然に風の如く寄り添う。


「ニーア、立てる?」



 娼婦のキャラバンから聞き慣れた声は、


(メルロッテ、、)


 顔を赤くするニアの耳にメルロッテが囁いて、まるで踊りの振り付けを擬えるかに、ニアの体を起こすと、ニアと左右対称の対になる様なポーズをみせた。


 未だ頭を上げても良い合図も言葉も無い。


 それでもメルロッテはニアを誘い、静かにニアへ同じ仕草をする様にと、視線だけで語ってきた。


「なんとか、、」


 頭に血の気が上がり目眩を感じるが、ニアはなんとかメルロッテに頷いてみせると、、


 シルビーを抱きながら、メルロッテのポーズをして見せる。


 後宮での舞踊は、、精神の剣となり盾と変わり、身を護る武器となる。


 全身をメルロッテの気配に集中し、葬送の双舞をやるしかないと肚を決めたニアの瞳に、マラフィナの舞が蘇る。


(メルロッテに付いていくしかない。)


 魂送りの巫女なる女官など、何時でも捨て置かれる奴隷だ。


 




前へ目次  次へ >>  更新