第99話 ジャスミンの慰めと甘酸っぱい焼き菓子
「あーっ。そっか……そういやそうだったよね、シズネさん」
俺はその言葉を聞いて、すっかりジャスミンが腰掛け店を手伝ってくれているということを思い出してしまい気を殺がれてしまう。だが諦めきれず、食い下がるようにジャスミンに思い留まってくれるように頼んでみた。
「なぁ、ジャスミン。このままウチで、レストランで働いてくれると助かるんだけど、そうもいかねぇよな?」
「にゃははっ。お兄さんやシズネさんがボクの腕を褒めてくれるのは嬉しいんだけどね。でもボクの夢はこの世界を統べる『大商人』になることだから……あっ、もちろん料理を作るのは好きだし、それに接客すること自体も楽しいんだけどね」
やはりジャスミンの夢で商人になることなので、ずっとレストランで働いてくれるというわけにはいかないようである。
「あの旦那様、気を落とされたのですか?」
「あ、ああ……うん。ちょっとね」
先程とは打って変わったしょんぼりとした俺の態度を見て取り、シズネさんが心配そうに声をかけてくれる。
「で、でもね、お兄さんっ! 暫らくはこうしてレストランも手伝ってあげるし、それに両隣の工事が済んでもこっちもちゃんと手伝うんだよ。ね、シズネさん?」
「え、ええ? 確かに最初の取り決めではそうなってましたね。物売りのお店の合間、レストランが忙しい時間帯は手伝ってもらうことになっておりますね。あっ……ふふっ」
ジャスミンは確認するようにそんな質問をすると、シズネさんは途中から何が可笑しいのか笑っていた。
「うん! だからお兄さん、ボクがいなくなるのは今日明日どうこうって話じゃないし、隣のお店で商売が上手くいきそうなら他所に移転する必要もないから……その……だから……」
「ジャスミン……」
そこでジャスミンが何が言いたいのか、そしてシズネさんがちょっと笑っている理由に気付いてしまう。ジャスミンは……自分がいなくなってしまうと落ち込んでいる俺を励ましてくれているのだ。
確かに改装後、ジャスミンが店を開いてもウチを手伝ってくれる取り決めとなっていた。また移転資金が貯まったからといって、そこから出て行く必要性がなければずっと一緒に働き、これからも手伝ってくれる可能性だって十二分にある。きっとジャスミンはそう言いたいのかもしれない。
「サンキュな、ジャスミン」
「ふぇっ?」
俺が礼の言葉述べると、ジャスミンは「何のこと???」っと不思議そうな顔を俺に差し向けてきた。それがわざとなのか天然なのかの判断はつかないが、ともかくジャスミンとは長い付き合いになることは確かだった。
「(暗い顔して、周りの人に心配かけさせるなんてダメだよな。なにやってんだよ、俺は!!)」
チラリっとジャスミンやシズネさん達の顔を見てから、これ以上心配させぬよう俺は元気に声を張り上げる。
「うっし! 頑張るか!!」
「お兄さん……うん! そうだね♪」
さっきまで暗く落ち込んでいたのが嘘のように元気を取り戻した俺を見て、嬉しそうな顔でジャスミンが「これからも一緒に頑張ろうね、お兄さん♪」と気持ちを汲み取ってくれたのだった。
「あ~っ、そうだ!! ボク、さっきオヤツを焼いたんだった!! ちょ、ちょっと待っててね、みんな! すぐ持って来るからさ!!」
「「オヤツ???」」
ジャスミンは大きな声で手を叩き、そんなことを言うと厨房へと走って行ってしまう。俺とシズネさんは「オヤツって?」と不思議そうな顔で互いに見合わせてしまう。
そしてすぐさまジャスミンが戻って来たかと思うと、テーブルへとその焼いたオヤツとやらを乗せた。
「ジャジャーン♪ どう? 美味しそうでしょ~♪」
「……これは???」
それは見たことも無い変わった焼き菓子だった。見た目はパンのようにも見えるが、表面はツヤツヤと光を反射しており、甘くともすっぱいとても美味しそうな匂いが漂ってきていた。たった今しがた昼食を終えたばかりだと言うのに、ただ見ているだけでもお腹が空いてくる。本当に美味いものとは例え満腹だったとしても、胃を刺激するものである。
「ジャスミン、これは何なのだ? 見ればぁ~……お菓子、それも焼き菓子のように見えるのだが……」
「うん! 実はね、これは西洋のお菓子で名前は……」
アマネも見るのが初めてなのか、疑問に思いながらも目だけはその焼き菓子に釘付けとなっていた。そしてジャスミンが話そうとしたまさに瞬間、
「おぉ~。こ、これは、もしや伝説の焼き菓子である……」
「えっ? サタナキアさん、これを知ってるのか!?」
横から剣身であるサタナキアさんが驚きの声と共に、その焼き菓子の名前を口にしようとする。隣にいた俺はノリついでに思わず、そのフリへと食いついてみたのだったが……、
「うん? いいや、妾はこのような菓子なんぞ知らぬぞぇ。ただ美味しそうなのじゃのぉ~っと思って感想をついつい漏らしただけなのじゃ!」
「どてーっ!! いやいや、サタナキアさんっ!! 今のフリは絶対、名前知ってる感じだったじゃねぇかよ!? 知らねぇのによく、そのタイミングで口挟めるよなぁ~っ!! しかも伝説の何なんだよ!?」
その名前を口にはしなかった。というか、サタナキアさんは名前を知らないのに絶好のタイミングで茶々を入れ、話の腰を折りまくる。俺はそれを土手ーっと、ちょい急斜面のようにズッコケながらツッコミを入れてしまった。
「にゃははははっ。お兄さんとサタナキアさんって漫才コンビみたいだね! 面白い面白い~っ♪」
「ふふっ。まぁツッコミは旦那様の生きる糧、むしろ『半身』と呼んでも良いくらいですしね。ある意味毎日半身浴しているようなもんですのでそりゃ~、面白いに決まってますよ。なんせ旦那様の人生そのものが、ツッコミ処満載みたいなものなのですからね。くくくっ」
ジャスミンはお腹を抱えて笑い、シズネさんに至っては俺の人生そのものをディスり対象と認定して馬鹿にしている。というか、アンタその旦那様の妻なんだぜ! それは良いのかよ?
「あっははははははは~っ。確かにキミのそのツッコミに関してだけは、他者の追随を許さない才能の持ち主だな! この勇者アマネですら、キミには勝てる気がしないぞ(笑)」
「も~きゅきゅきゅきゅきゅ♪」
見ればアマネともきゅ子までも、服が汚れるのも厭わずに床へと転げ、その体で笑ってる様を最大限に表現していたのだ。きっと挿絵ないから文字だけでも、その様子だけでも表現したいのかもしれない。まぁそもそも最初から、もきゅ子は服着ていないのだがな。
「ってか、アマネともきゅ子まで盛大に笑ってんじゃねぇよ、ったく」
(というか、俺以外の全員がほぼボケすぎるんだよ。マリーやアヤメさんもツッコミ役なのかなぁ~って思ってると、普通にボケるしな。まぁアヤメさんなんかはそこが可愛いってか、魅力の一つなんだけどさ)
「あの、お兄さん……悪いんだけど、冷めちゃうから名前発表してもいいかな?」
「お、おおう。今度は俺が怒られる番なのかよ……。ああ、もういいよジャスミン。好きにしてくれや」
ジャスミンがおずおずと軽い魔法使いチックに「焼き菓子が冷めちゃうから……」っと遠慮しながらも、話を進めようとしてくれる。俺はここでもオチ役へと回され、半ば自棄になりながら続きを促した。
「これはなんと林檎をふんだんに使った料理の『アップルパイ』って、焼き菓子なんだよ♪」
ジャスミンはまるで自慢するかのように両手を大きく広げ、その焼き菓子の名前を叫んだのだった……。
常に林檎のように甘酸っぱい刺激物のような物語を目指しつつ、お話はついに大台の第100話へとつづく