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第98話 ジャスミンの仕事振りとその有能さについて

 そうして俺達の奴隷……いや、仕事仲間としてジャスミンという心強い商人が働いてくれることとなった。だがしかし、マリーから両隣の建物を借りる許可を得ても、すぐに『物売りのお店』や『宿屋』を開くことはできない。当然ウチの店と行き来できるようにと横壁を壊して繋げたり、専門のお店へと内部を改装する工事もあるのだ。


 その改装準備ができるまでの間、ジャスミンは調理担当のシズネさんの補助の役割を担うことになった。当初の仕事は接客中心のホール担当にと思っていたのだが、ジャスミンが「あっボク、料理だって得意なんだよ♪」と言われてしまっては、シズネさんに任せっきりの脆弱状態な料理人(コック)をしてもらう他ならなかった。


「はい! ナポリタン3つあがりました♪ 次もどんどんあがるよ~♪」

「あいよ!」


 シズネさんとは対照的な元気で明るいジャスミンの声が店内へと響き渡ると、あっと言う間に美味しそうなナポリタンが3つ完成した。それまで調理(シズネさん)の補助を担当していた俺は接客係り(ウエイター)へと回され、アマネ達の仕事を手伝っていた。


 これも適材適所なのだろう、ジャスミンの調理する手際の良さ(スピード)はシズネさんのそれと同等かそれ以上だったのだ。もちろん調理する早さだけではなく、料理の美味しさだって遜色(そんしょく)ないレベルなのは言うまでもなかった。しかも接客をやらせれば、「おっ! お兄さんなかなかの体格だよね~♪ そんなに体が大きいとナポリタン1つくらいじゃ満足できないよね? なら、同時に2つ注文してみない?」などと言葉巧みに客を煽り、一人の客から2つの注文を取って来るなど接客面でも偉才を放ち、その『マルチプレイヤー』ぶりをまざまざと見せ付けていたのだった。


 ちなみに飲食店におけるマルチプレイヤーとは、調理だけでなく、同時に接客も有能にこなす事ができる人を指す言葉である。


 そうしてようやく客足が引くと、その合間に俺達はいつものように昼食にすることにした。そして食べ終わるとほぼ同時に、俺はジャスミンの働きっぷりに関心思わず声を上げてしまう。


「でもほんとジャスミンって調理するだけじゃなくて、接客面でも凄いよな!」

「にゃははっ。もうお兄さ~ん、そんな褒めないでよ~♪ ボク照れちゃうよ~♪」


 ジャスミンはちゃんと食べた皿を片付けながら、俺の言葉に照れていた。


「シズネさんだってそう思うよね?」

 

 俺は同調するようにと、シズネさんへ話を振ってみる。


「ええ、確かにジャスミンの調理技術はそこらの料理人なんかよりも『群』を抜いておりますね。下手しなくてもワタシよりも有能でしょうね」

「うんうん! ほんと傍から見てても、調理も早かったもんね!」


 シズネさんには珍しく俺の振りに対して同調しながら、ジャスミンのことを褒めてくれていた。俺も「そうだよね」っと思わず頷いてしまう。


「アマネはジャスミンについて、どう思った?」


 そして今度は接客を生業とするアマネへと話を振ってみることにした。


「ふむ。確かにジャスミンは我々などよりも、断然接客に手馴れている感はあったな。……いや、私も見栄を張るのは()そう。ジャスミンのそれは目を見張るものがあり、とても驚きがあった。何より一人の客から2つも注文を取ってしまうとは、いやはやさすがの勇者である私だって思わなかったな!」

「うんうん。確かに俺もあれには驚いたな。話術って言うのか、さすがは商人って感じかもだし」


 アマネもジャスミンの接客術には舌を巻いてしまったようだ。ま、商人だからと切り捨てれば済む話かもしれないのだが、誰もそんなことは一切口にしなかった。それだけジャスミンの接客が優れている証でもある。


「サタナキアさんともきゅ子はどう思ったかな?」


 今度はアマネの補助であるサタナキアさん達にも話を振ってみる。


「そうじゃの~。料理を運ぶのも(わらわ)よりも多く運んでおったくらいじゃしのぉ~。それに皿を落としもしないなんて、人間のそれではないわ! かっかっかっ」

「もきゅもきゅ♪」

「確かに一度に4つも皿を持つってのは、難しいよね~。……っていやいや、サタナキアさん! 皿を落とすのが当然みたいな言い方しないでよ!!」


 サタナキアさんももきゅ子も、ジャスミンの働きっぷりを多大に評価している。というか、サタナキアさんにとって皿を落とさない人だって認識が最高の褒め言葉なのかもしれない。


「もう~、お兄さん! そんなこと堂々と聞きまわらないでよ~」

「わ、わりぃ。その、つい興奮しちまってさ」


 皿を洗い終わったのか、ジャスミンは台所から帰って来る。また俺達の話が聞こえていたのか、先程よりも照れている。


「いや、ほんとウチの店にジャスミンが来てくれて大助かりなんだもん! 興奮するなって方がおかしいってば!!」

「にゃはははっ」


 俺は未だ興奮冷めやらぬと言った感じで、ジャスミンを褒め称える。もう口で言っても仕方ないと思ったのか、ジャスミンも俺を止める事はしなかった。


「ま、興奮真っ盛りの旦那様は一先ず置いておいて……確かにジャスミンの働きっぷり、有能さは凡人のそれとは違いましたね。このままウチで働いてもらえれば嬉しいのですが、そうもいきませんよね?」


 俺とは対照的にシズネさんはあくまでも冷静そのものだった。確かにシズネさんの言うとおり、ジャスミンは腰掛けなのだ。今はお店を開くだけのお金がなく、ウチで働いてくれているが開業資金が貯まれば出て行ってしまうかもしれない。きっとシズネさんはそのことを念頭に置いているから、一歩引いた形で冷静に物事を分析しているのかもしれない。



 第99話へつづく


<補足事項>

※腰掛け=腰を据えるの逆。つまり一時的に所在(身)を置くなどの意味合い

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