51:幕間-4
「これでよし……」
ホテルの制圧を完了し、イーダの視界が戻るまでの間。
ラルガはホテルの中で集めた資材を使って、一つの装置を作り上げていた。
それは金属製の立方体で、側面や底部には動物の身体の一部を模したパーツや、細工が施された眼鏡のレンズと言ったものによる装飾が施されている。
そして、立方体の中には銀色の鎖で繋がれたスマートフォンが入っていた。
「さて、上手くいくかしらね」
ラルガがレンズの部分を軽く指で弾く。
すると、レンズから光が漏れ出し、空中にノイズ交じりの像を作り出す。
「上手くいっていますから、ご安心を。ラルガ・キーテイク」
映像に赤い右目と青い左目を持っている上に黄色い角の生えた猫が現れる。
それと同時に、ラルガにだけ聞こえるような声量かつノイズ混じりではあるが、女性の声が聞こえ始める。
「しかし、マニュアルを持たせてあったとは言え、現地にある材料だけでこれを作り上げますか。おまけに外の人間ではなく私の方へ繋げるとは……こう言う事があるから、人間は侮れないのですよね」
「……」
ラルガが作り上げた装置。
それはイーダが第8氾濫区域に持ち込み、クライムに殺された際に失った次元跳躍式通信装置と同様の機能を有する物体だった。
勿論、イーダが有していたオリジナルと違い、映像は不鮮明で、音声もノイズ混じりではある。
だが代わりに、本来ならば絶対に繋がるはずが無い相手……イーダが言うところの混沌そのものと言っていいような、神を名乗る存在の一柱との通信に成功していた。
「私様はこれでも一応は天才の部類に入る人間よ。あれだけ詳細なマニュアルがあるのなら、これくらいはどうにかなるわ」
「私の居る場所に繋げるのは、これくらいで済ませられる難易度では無いと思うのですけどねぇ。と、幾つかの偽装をしておきましょうか。何時までも貴方が独り言を呟いているのもおかしいですから」
「……」
映像、音声、その両方からノイズが取り払われる。
だが、改めて映し出された映像に現れたのは、混沌ではなくイーダの上官として現在は現地当局の司令部に詰めている堀埣シラベの姿だった。
それはつまり、この先の会話は堀埣シラベとしているつもりで進めろと言う暗黙の命令でもあった。
「さて、ラルガ・キーテイクさん。用件は何でしょうか。私の権限の範囲内であれば、協力することも吝かではありません」
「心配しなくても大した要求はしないし、対価も事前に示すわ。貴方たち相手に借りは出来るだけ作りたくはないと言うのが、私様の意見だから」
「あらそうですか。ただまあ、そちらの方がこちらとしてもありがたくはありますね」
だから、ラルガはその意図を理解した上で話を進める。
「それで要求とは?」
「人を集めてほしい」
「人……ですか。何のつもりですか?」
「簡単に言ってしまえば、ショーを見届ける客よ。私たちの行動の結果として、氾濫区域がどうなるのかを見せておきたいの」
「そうですか。ふふふ……」
映像の中の混沌が演じる堀埣シラベの姿に違和感は一切ない。
仮に今この場を第三者が覗いていたとしても、彼女の表情や動作から違和感を覚えることは不可能だろう。
「却下です」
「……理由は?」
「安全が確保出来ません。何を見せるのかの想像は大体ついていますが、安全が確保されていない……いえ、それどころか、ほぼ間違いなく危険に晒され、死傷者が出る場に人を招くことなんて出来ません」
「ぐっ……」
ラルガが唇を噛み締める。
「そもそもとして、こちらにはイーダを支援する理由はあっても、ラルガ・キーテイクさん、貴女を支援する理由がありません。せめて対価を示してもらわなければ、こちらの袖は小動もしませんよ」
「でしょうね……貴方たちの立場なら確かにそうだわ」
「ですので、まずは対価を示してください」
「対価は……今後もイーダに協力する。と言うのでは駄目かしら」
「使い勝手のいい駒が増える。なるほど、対価にはなりそうですが……駄目ですね。こちらにはイーダ以外の駒は必要ありませんから」
「……」
奥歯が強く噛み締められ、手も血が滲むのではないかと言うほどに握られる。
「そういう訳ですので、こちらからわざわざ客を用意する事は出来ません。私たちにも立場と言うものがありますから。貴方たちの行動の成功は祈っていますが」
「そう、期待した私様が馬鹿だったわ……」
「ふふふ、ええ、そうですね。貴女は大馬鹿者です。ただまあ……世の中とは面白いものです。結末が分かり切った話を好む者もいれば、勝つかどうか五分五分と言う状況になった時の分からなさを好む者もいる。分からない事を愛する者もいれば、人には言えないような趣味を持っている者もいる」
「……」
「道化を求める者もいれば、立派な演者を求める者もいる。いずれにせよ確かなのは……求めるものは人それぞれ、と言う事でしょうか」
「そう、分かったわ」
「では、ごきげんよう。ラルガお嬢様」
やがて通信は途切れ、正規の品ではないためか、通信装置もバラバラになって、音もなく崩れ落ちる。
「……。そうね。この手で行きましょうか。こっちの方がまだ勝算もありそうだし」
そして、ラルガはイーダのところに戻っていく。
一つの覚悟を決めた顔をして。