50:核を目指して-6
「行くわよ!」
「ああっ!」
新月が始まる数秒前。
俺とラルガはホテルのある高台のエリアに高速道路から侵入。
当然、普通に侵入すれば、現在ホテルの周囲で荒れ狂っている大量の海水に呑まれて、あっと言う間に命を落とすだろう。
「まずは予想通り……」
だが、新月が始まるとともに、それまで肌を直接震わせるような轟音を伴って流れ込み続けていた水の供給が止まる。
そう、ホテルに向けて浴びせられる海水は確かに外からの侵入者を防いでいた。
しかし、その働きはあくまでも隣のエリアのローカルレゲスによるものである。
故にエリアとエリアの境界が黒い壁によって分断される新月の間だけは、ホテルを取り巻く大量の海水による暴力も止む。
だから、俺とラルガの作戦は、このタイミングを狙ってホテルに侵入することだった。
「イーダ……」
「心配しなくても指示に従うし、信用も信頼もしてる」
「ありがとう」
黒塗りであるらしいパラシュートが開き、ぬかるんだ地面に着地する。
そしてラルガがホテルに向かって走り出し、ラルガと手首を鎖で繋いだ俺も鎖が引っ張られる方向へと走り出す。
「伏せなさい!」
「おうっ!」
俺が伏せると同時に銃声が鳴り響き、何かが伏せる俺たちの上を通り抜けていく。
どうやら、ホテルに居るクライムに騙された者、あるいはクライムに与する者たちの攻撃が始まったらしい。
「イーダ。頼むわよ」
「言われなくても」
ラルガに貸している『魔女の黒爪』が何かを指差し始め、俺の手にも何かが触れたのでそれを指差し始める。
そして10秒が経過してマーキングが行われたところで、ラルガがそれをどこかに向けて投擲する。
「「「ーーーーーーーー!?」」」
聞こえてきたのは悲鳴の嵐。
どうやら、俺のレゲスによる攻撃が敵を襲っているらしい。
「次はっと……」
そこから更にラルガは何かをしていく。
メカラのフィラのレゲスによって視力を奪われている今の俺にはラルガが何をやっているのかはよく分からないが……明らかに俺たちが居る場所以外の場所から銃声と爆音、それに今の正しい状況を教える機械音声が響いているような気がする。
「さて、場がいい感じに動いてきたわね……」
そうしている間に騒乱の中心は俺たちとホテルの間と思しき場所から、ホテルの中へと移り変わっていく。
銃声と悲鳴が鳴り響き、時折俺のレゲスとラルガの銃も使われているが、まるで内部から反抗が始まり、それに合わせて外からラルガが攻撃を加えているような……そんな感じの音になっていく。
これはもしかして現地当局の軍が俺たちとは別ルートで突入していたのだろうか?
いやでも、此処に来る前のラルガと現地当局の隊長との会話にそんな内容は無かったような……確かあったのは新月が明けると同時に脱出者が来るはずだから、それを保護してほしいという話だったような……うーん、分からん。
「そろそろ行くわよ。イーダ」
「分かった」
まあ、いずれにしても今の俺にはラルガについていき、その指示に従って行動する以外に出来ることはない。
だから俺は鎖が引っ張られる方向へと再び走る。
殺意の込められた弾丸と悪意に満ちた怒号が飛び交い、生暖かくて鉄臭い血飛沫が降りしきり、嘆きに満ちた叫び声が響き、人と獣が殺し合うべき氾濫区域において人と人が殺し合いを演じ、血塗れになって倒れては冷たく固くなっていく悪夢の舞台へと飛び込む。
鎖の先に居る賢いだけの少女が役目を終えない事をひたすらに祈りながら。
「これでだいだいね」
そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
やがて周囲の喧騒は止み、俺とラルガはどことなく暗く、湿った感じのある空間に出る。
「敵はどうなった?」
「殲滅したわ。今は生き残りの人たちの中でマトモそうな人に情報を渡して、新月が明けてからホテルに海水がまた流れ込んでくる数秒の間に脱出を完遂できるように取り計らったところ。ホテルからの脱出さえ出来れば、後は軍がどうにかしてくれる筈だから、問題ないわ」
「そうか。となると後は満月待ちか」
「ええ、私様には正確な入口の位置も分からないし、そういう意味でも満月を待つしかないわ」
殲滅……か。
いったい、何人殺すことになったのやら……大半は自業自得の連中で、そういう連中が相手ならラルガもそこまで気に病むこともないかもしれないが……そうでない人間だって絶対に居ただろうし、なんだかんだでラルガは責任を重く深く感じて思い詰めるタイプのようだし……やはり不安はあるな。
「ん?何をやっているんだ?」
いずれにせよ、今はクライムたちが仕掛けてこないことを祈りつつ、待つしかない。
そう俺が思っていた時だった。
ぼやけた視界の中なので何をやっているのかはまるで分らないが、ラルガが何かしらの作業をやっているのが見えた。
それも整備や細工の類のようでもなさそうだった。
「ああこれ?イーダは気にしなくていいわ。少しばかり、今後のために打っておきたい手があるってだけの話だから」
「そうか、ならいいんだが……」
だが、ラルガには自分が何をやっているのかを話す気は無いらしい。
俺に見えないところで何かの作業をやり、終えると俺の傍に戻ってくる。
そして、ホテルに降り注ぐ海水の音が再び聞こえ始め……12時間後、『月が昇る度』の力によって俺の視力は回復した。
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