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48:核を目指して-4

「すぅ……はぁ……」

 『魔女の裁血』は幾つもの効果を有するレゲスを持った異質なマテリアであり、その効果は相手の種族によって変化する。

 イザナミ様曰く、人が相手ならば力を抜く。

 ペルセポネ様曰く、獣が相手ならば魅了する。

 混沌曰く、神が相手ならば激痛を招く。


「hy……ty……ty……ty……ty……ty……ty……」

「いい感じだ」

 そしてランダ様曰く、その何れでもない自我あるフィラは興奮する。

 心拍数が高まることで、呼吸が早まる。

 集中力が高まることで、普段は感じ取れない微細な動きまで読み取れるようになる。

 筋肉と神経が俺の意思を100%正確に読み取って動けるように過敏になっていく。

 精神が昂ることで、多少の全能感と言う名の自信が付いていく。


「hyty……szyy!」

 俺の血の匂いに惹かれたメカラのフィラが俺に向けて機械の触手を吐き出してくる。

 その数は13本、先端についているのは、いずれも凶器として十分な鋭さを持った代物であり、筒状の物も2本ほど混じっている。

 普段の俺ならば避ける以外に手が無い攻撃である。


「行けるっ!」

 だが、今の俺ならば対応できた。

 『魔女の黒爪』をレイピア程度の長さにし、第7氾濫区域から脱出した後の基本的な訓練の合間に教わった剣術もどきを思い出しつつ、『魔女の黒爪』を振るう。


「mlむ!?」

 振るって、俺の体に先に着くものから順番に機械の触手を叩き払う。

 肉体と精神の限界を一瞬だけ超えて、尋常ならざる剣捌きを見せつけ……同時に『魔女の黒爪』の表面に塗っていた『魔女の裁血』をメカラのフィラの一部である機械の触手に触れさせる。


「ょrす!!」

 すると、『魔女の裁血』の力によって俺の血肉に魅せられたのだろう。

 俺を食い殺したくてたまらなくなったメカラのフィラの姿が筒状の触手の中に流れ込み、俺の間近に出現し始める。


「ylんwty!」

「コイツは……!?」

 メカラのフィラの霧状の体に俺の体が接触する。

 ただそれだけで、俺の視界が一気にぼやけ始め、全てが滲んで見えなくなっていく。

 涙が流れ出るわけでもなく、意識が朦朧とするわけでもなく、ただただ視界のみが影響を受けている。

 つまり、メカラのフィラのレゲスは自分の体に触れた者の視界を不明瞭にするというものであるらしい。


「ぐぎっ!?」

 それと同時に俺の体に一瞬ではあるが激痛が襲い掛かり、極度の集中状態にあったものから、強制的に普段通りの状態に引き戻されていく。

 そう、『魔女の裁血』は確かに俺の全能力を高めてくれる。

 だがそれは一種のトランス状態、日本語で言うならば神憑りの状態でもある。

 神憑り、それは神の位階に近づくという事でもある。

 神の位階に近づくという事は、『魔女の裁血』は俺に興奮ではなく痛みを与えるようになる。

 だからこれでもうトランス状態は終わりとなる。

 そして、これで十分だった。


「づmw!」

 筒から出てきたメカラのフィラは筒の位置の都合上、俺に背を向けている状態だった。

 だから、口から新たに機械の触手を生やしつつ、俺の方を向こうと回転を始める。


「さて……」

 その動きに周囲を警戒する様子は見えない。

 『魔女の裁血』の力で、今のメカラのフィラには俺以外は見えていない。

 そこが狙いどころだった。


「頼むぞ。ラルガ」

「言われなくても」

「sふぉzyy!?」

 銃の発砲音が響く。

 メカラのフィラの口から伸びた機械の触手が撃ち抜かれ、メカラのフィラは衝撃で天を仰ぐ。


「大丈夫かしら?イーダ」

「大丈夫ではないな……目がよく見えない……」

「そう、そう言うレゲスなの」

 メカラのフィラが天を仰いでいる間に、俺はラルガが居るであろう方向に跳躍。

 着地をミスって地面を転がることになったが……問題は無い。


「ういlyじ……」

「とりあえずチェックね」

 そう、何も問題は無い。

 メカラのフィラが多分こっちを向いていて、口から破壊された機械の触手を吐き捨てつつ、次の機械の触手を伸ばし、何時こちらに攻撃を仕掛けようかと考えているであろうかなど、気にする意味もない。

 何故ならば、ラルガの言うとおり、こちらは既に王手に指をかけているのだから。


「ふcり!?」

「で、チェックメイトね」

 メカラのフィラの動きが止まる。

 黒い霧そのものだった身体が多少ではあるが輪郭のようなものをはっきりさせていく。


「んlllmlslszs!」

 そして、一際大きな声を上げて崩れ落ちた。

 あっさりと、呆気なく、霞んだ視界ではよく分からないが、全身を黒く染め上げて崩壊した。


「うん、上手くいったわね」

「みたいだな」

 俺たちが何をしたのか、その答えはそう複雑なものではない。

 事前に『魔女の黒爪』を弾頭部分に利用したラルガ特製の弾丸を『弾倉』で複製しておき、それをメカラのフィラの口内に撃ち込んだ。

 例え複製品であっても『魔女の黒爪』が俺の指として扱われるのはカラジェのレゲスで分かっていたことである。

 だから後は、俺メカラのフィラの口内にある『魔女の黒爪』の複製品の欠片を起点として俺のレゲスを発動。

 体内に発生させた黒い液体と気体によって、外からの攻撃は受け付けないメカラのフィラを撃破したのだった。


「とは言え……ああ、やっぱり。そう上手くはいかないようね」

「どうした?」

 だが、この銃弾は俺たちにとって一つの切り札でもあった。


「露骨な修正が入ったわ。残りの『魔女の黒爪』入りの弾から湿り気が無くなって、普通の弾になってる」

「……」

 そして、クライムと……あの、何もかもが分からない何者かも危険視してきたのだろう。

 容赦なく切り札を潰してきた。


「ま、いいわ。相手の本拠地との情報なら、十分に得だわ。さ、取るものを取ったら逃げるわよ」

「分かった」

 だが、必要な情報は手に入り、危機も脱した。

 だから俺はラルガがメカラのフィラが居た場所で何かをし終えると、手を繋いでもらい、その場を後にした。

02/27誤字訂正

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