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9:商店街探索-3

「しまったなぁ……」

 俺は拾ったバナナを齧りつつ、商店街を歩く。

 人影はなく、生物が発する音の類も聞こえない。

 どうやらダイ・バロンはこの商店街から去り、ダイ・バロンに襲われていた人たちも商店街を後にしてしまったようだ。

 だが、人が逃げるのは仕方がない事だろう。

 なにせ、あのダイ・バロンと言う変態仮面はこの見た目(少女姿)の俺に対しても、躊躇いなく金槌を振るってきた。

 そして、俺に注意が向く前の流れからして、人間相手ならば……それこそ姿を見つけた瞬間に攻撃を仕掛けていてもおかしくはない。

 つまり、ダイ・バロンは人の姿こそしているものの、中身は獣と大差ない。

 むしろ考える頭に、幾つものレゲスを保有する物質を持っている事からして、下手な異形よりも遥かに異形と言う事だ。

 うん、レゲスの相性を抜きにしても出会いたくない相手だ。


「はしゃがずに、すぐ追いかければよかった」

 で、今は一応ダイ・バロンに襲われていた人たちを探して商店街を歩いているわけだが……やっぱりもう逃げ出した後なんだろうなぁ……。

 例え、まだ逃げ出していなくても、警戒心が凄く高まっているんだろうなぁ……。

 ついでに言ってしまえば、大人と子供とじゃ歩幅にも体力にも差があるから、彼らが全力で逃げた場合、既に追いつこうと思っても追いつけるような距離じゃないんだろうなぁ……。

 うん、色々と悲惨だ。

 自分のレゲスで自爆しなかったのを喜んでいる場合じゃなかった。


「ん?」

 だが、そんな事を考えて歩いていると、月の花弁が2枚ほど落ちた頃、ほんの僅かではあるが、人の声のような物が聞こえ始める。

 それも叫び声や怒鳴り声ではなく、冷静に指示を出している感じの声だ。

 どうやら、人が居るらしい。


「だいたいこんな物か」

「元が何かはともかく、ありがたい地域だ」

「そうだな、おかげで、氾濫以来初めて腹いっぱい食わせてやれそうだ」

「ああ、これで坊やたちも泣き止むよ」

 曲り角から覗いてみると、男女合わせて何人もの人が居た。

 そして彼らの中心には、文字通りの果実の山がある。

 会話の中身からして、どうやら彼らには他にも仲間が居て、ここには果実を集めに来たらしい。

 うん、彼らなら大丈夫そうだ。

 なので俺は彼らに話しかけようと曲がり角から出ようとし……


「動くな。そこで何をしている?」

「っつ!?」

 男性の声と共に後頭部に硬い何かを押し付けられた。


「ゆっくりと前に歩け」

「は、はい」

 撃たれたら死ぬ。

 『月が昇る度に』があるから、復活は出来るだろうが、それでも痛いのは嫌だ。

 だから俺は男性の指示に従って、ゆっくり前に向かって歩き、曲がり角を出て果実の山の周囲に居る人たちの前に出る。


「こ、子供?」

「お、大多知さん!?」

「何をやっているんすか!?何を……」

「銀髪だ。その子銀髪だぞ。しかも自然のだ」

「てことは連中の側って事もありえるわけだな……」

 果実の山の周囲に居た人たちは、それまでの和気あいあいとした空気を一瞬で何処かへやると、俺の事を睨み付けてくる。

 けれどそれは俺を害そうと思っているからではない。

 俺が危険かどうかが分からない不安と警戒心からだった。


「幾つか質問をさせてもらう」

「は、はい」

 硬い何かを後頭部に押し当てている男性……恐らくは大多知と言う名前の男性が俺に話しかけてくる。


「君の名前は?」

「本名は分からないです。け、けれど、イーダと名乗っています」

 押し当てが強くなり、思わず俺の声も大きくなる。


「分からない?」

「は、はい。『インコーニタの氾濫』が起きてこの姿になった時に、自分が何処の誰かと言う記憶だけ無くなっていて……」

「ほう……」

 果実の山の周囲に居た人たちは、何人かはこちらを警戒しているが、残りの面々は果実を小分けにして、何時でも逃げ出せる準備を整えている。


「服が血塗れなのは?」

「血塗れのホテルで転んで付きました」

「怪我は?」

「此処まで歩いて来るのに足の裏を少し傷つけたくらいです」

 男性の声に油断や隙の類は感じられず、俺の事を見極めようと言う意思だけはしっかりと伝わってくる。


「君のレゲスは何だ?」

「幾つかの条件を満たした物を変化させるものです」

「この場で使う事は?」

「絶対に断ります。危険なので」

「身体の何処かを撃たれたとしてもかね?」

「はい、今使えば、少なくとも貴方は確実に巻き込まれて、死にますから」

「ふむ……」

 レゲスを使う気はない。

 マーキングだけであっても駄目だ。

 それをしてしまえば、絶対に交渉の決裂に繋がる。


「君の目的は?」

「その、まずは安全のために誰かと一緒に。それで出来るなら、氾濫区域からの脱出をしたいです」

「なるほど」

 体が震えてくる。

 相手の顔が見えない事もあって、何が間違った答えで、何が正しい答えかも分からないからだ。


「お、大多知さん……その子ってもしかしなくても……」

「そうだな。きちんと人間としての意識を有しているし、報告にあった仮面の化け物と違って、敵対する意思も無さそうだ」

 後頭部に突き付けられていた何かが離れ、ほっとした俺は思わず息を吐く。


「とは言え、全てが見た目通りと言うわけではなさそうだな。君の自意識の年齢と性別について答えたまえ」

「ひうっ!?じゅ、17歳で男です!」

 が、直ぐに再度硬い何かが突き付けられ、背筋をまっすぐに伸ばした俺は思わずありのままに喋ってしまう。


「そうか。質問は以上だ」

 そうして改めて硬い何かは俺の後頭部から離れ、それを突き付けていた警官服姿の男性が俺の前にまで移動する。


「イーダ君。先程までの恫喝を伴う質問、申し訳なかった。そして無礼を承知で君に頼みたい。我々に協力をして貰えないだろうか」

 そして、腰を直角に曲げるような深々と礼をする。

 その動きに対する俺の答えは……


「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 同じように深々とお辞儀をする以外になかった。

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