40:邂逅-2
「授ける……物……?」
ずっと圧倒的な神気に晒されたおかげで少しだけ耐性が出来たのだろうか。
普通の人間である俺でも、どうにか口を開くぐらいの事は出来るようになっていた。
だから、目の前の終わりに俺は質問をする。
「そうだ。奴らが仕掛けた限定法則を読み解くことでお前の中に貯まっていった力。あれは本来ならば、力を集めた者に新たなマテリアを与えるために使われる力だ」
「けれど、アンタは第7氾濫区域……奴らが言うところの第7撮影区域を崩壊させているからねぇ。それで奴らは新しいマテリアをアンタに与える事を一瞬ではあるけれど渋ったのさ」
「その一瞬の渋りを私が狙ってハッキング。どういうマテリアにするかと言う権利を分捕ってやったのニャー」
「尤も、全てが自由と言うわけにはいかなかったようじゃがの。だいぶ制限をかけられたようじゃ」
「そこはまあ、向こうも全くの無能と言うわけではありませんから。でなければ、あの方を相手に反旗を翻そうなどと考えるはずもありませんし」
終わり以外の神々も好きに発言しているせいで微妙に分かりづらいが、どうやら本来ならば与えられるべき力が俺には与えられていなかったらしい。
そして、それを利用して、俺の前に居る神々は狙った力を授けようとしている……と言う事でいいのだろうか。
「その認識で問題ない。まあ、本来の仕様通りであっても、ある程度はお前のレゲスや身体能力に沿ったマテリアを授けるだろうが……少なくともゲームマスターを倒す手助けにはならないだろうな。あのゲームマスターの能力に対処するのはただの人間には厳しい」
クライムの能力……犯罪行為を糧にする力、と言うやつか。
確かにあの力は……反則的にも程がある。
ラルガならあの力に対処する方法の一つでも思いつくかもしれないが……少なくとも俺にはどうしようもない。
「そういう訳でな。俺たちはこれをお前に与えることにした」
終わりの右手の上で輝いていた球体が細長くなっていき、更には幾つかの突起が規則正しく出てくる。
そして光が止んだ後に出てきたのは……人のものと思しき背骨だった。
「背骨型マテリア『魔女の裁血』。レゲスはお前の体内に特殊な血液を生成し、血が体外に出て、触れるか嗅ぐかで幾つかの効果を発揮する」
「人が相手ならば全身の力が抜け、場合によっては心の臓すらも止まり、妾の下に招かれるだろう」
「獣が相手ならば貴方に魅入られます。力ずくであなたを自分の物にしようとするか、貴方の僕となるかは分かりませんが」
「神が相手ならば激痛を与えます。死を願って止まない程に。いやー、気を付けないとニャー」
「ひっひっひ、そして相手がその何れでもなければ神憑りとなってしまうほどの興奮を与える。アンタはこれだねぇ」
「……」
俺は呆然としていた。
たった一つのマテリアで四つのレゲスを保有しているなど……いや、背骨型のマテリアと言う事はもしかしなくても……
「そうだ。そしてお前が思っている通り、このマテリアは、この先お前の背骨になる。それはつまり、『月が昇る度に』で復活を遂げた時も、そのままお前の体内に留まることになる」
とんでもない。
それ以外の感想が浮かばなかった。
どう考えても王権兵装と言う分類が与えられている『魔女の黒爪』よりも高性能のマテリアである。
「あの……その……」
俺などがこんな好待遇を受けていいのだろうか……。
いや、そもそもとして、どうしてこんなに良くしてくれるのだろうか……。
訳が分からない。
「俺たちがこんな事をする理由が分からないのが不安か?安心しろ。大した理由は無い。俺は単純に奴らが与える終わりが気に食わないだけだ」
「私はアンタに力を貸した方が楽しいってだけの話だねぇ。バロンのやつが気に食わないってのもあるが」
「妾はあんな連中に妾の取り分が取られるのが辛抱ならぬ。ただそれだけじゃ」
「私は今回の件を旦那様が良くないと言っていたので、調査の一環としてですね」
「え?資源の無駄遣いをする屑紅海月なんて早めに潰して当然じゃないですかニャー?私たちが直接叩いて問題ないサイズになるのはまだ先の話ですしニャー」
あ、はい。
皆さん、自分の都合で助けてくれているというか、俺の事を利用しているだけですね。
うん、その方が逆に安心できるかもしれない。
今の状況だと、神々の善意とか、信用も信頼も出来ないし。
「納得してもらえたようでなによりだ。協力的な方がこちらとしても助かる」
後、今更だけど普通に俺の心が読まれているな。
神様なのだから当然なのかもしれないが。
「さて……」
「っつ!?」
だが、俺が安心していられたのはそこまでだった。
気が付けば終わりが俺の目の前にまで近づいていた。
それもとてつもなく嫌な気配を漂わせながら。
例えるならば歯医者が手術台のライトを背にした状態で高速回転するドリルをこちらに見せつけているような、そんな雰囲気があった。
「『魔女の裁血』を埋め込むための手術を始めるとしようか。何、この程度の痛みならば我慢すればどうにかなる」
「はいはい、固定完了ですニャー。重力を利用した空間そのものへの固定だから、抵抗は無意味ですニャー。おっと、お偉いちゃんのために次のレポートを書いておかないとニャー」
「少しでも痛みが抑えられるように神界騒然、話題の終末系魔法少女七人ユニット、北斗七星のアルバムでも流しますねー」
「ひっひっひ、いい声で啼いてくれそうだねぇ。私特製のダダールグルン共々酒の肴にちょうど良さそうだ」
「妾は先に帰るぞ。イベントの追い込みとしてアマテラス、ツクヨミ、スサノオの育成に、撮り貯めたテレビの消化などやることが色々とあるのでな」
逃げ場はなかった。
それ以上に突っ込みどころが多すぎた。
そして、それらに一瞬でも気を向けてしまったのが失敗だった。
終わりの手は俺の首に伸びていた。
「一つ、助言をしておこう。俺が作った『月が昇る度に』で復活する先は詰みにならない状況を選ぶようになっている。だから復活した瞬間に動き出せば、命の一つを救うくらいは間に合うだろう」
そうして俺が想像を絶するような痛みで泣き叫ぶ中、終わりの手によって手術は行われ、『魔女の裁血』と言う新たなマテリアは俺の背骨として収まった。
02/19誤字訂正