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39:邂逅-1

「此処は……」

 気が付けばそこは真っ暗闇の世界だった。

 上も下も、右も左も、正面も後ろもただただ闇が広がる世界だった。

 普段ならば気が付けば既に復活が完了しているのだが……今回は違うらしい。


「ひっひっひ、アンタもカラジェもいい足掻き方だったねぇ。やっぱり見ていて楽しいのはこういう流れだ」

「ランダ様……」

 長い牙が生え、大きく目を見開いた黒髪の仮面が真っ赤な炎を纏う形で現れる。

 顔だけだがこの力の気配……間違いなく、俺に力を授けてくれている神の一柱、魔女ランダ様だ。


「あ、仮面だけなのは気にするんじゃないよ。こんな場所に一々、本体やそれに匹敵する分体を寄越すなんざ無駄以外の何ものでも無いからね。時代はエコなのさ」

「あ、はい」

 どうやら、現在俺の前に居るランダ様は会話をするためだけの分身……いや、分体であるらしい。

 尤も、そんなサイズであってもなお俺は全身から力を抜く事が出来ないのだが。


「それでランダ様は……」

 そして力を抜く事が出来ない相手ではあるが、今の状況がどうなっているのかについてはランダ様に聞くほかない。

 そう判断した俺がランダ様に声をかけた時だった。


「エコか。気持ちは分かるが威厳と言うものも大事であろう?」

 背後から聞こえてきた女性の声に俺は全身が凍り付き、心臓が止まるかと思った。


「特に今の人間は妾たちに対する畏怖と言うものがまるで足りていない。世界の全てを自分たちが握っていると勘違いしている者ばかりじゃ」

 声の主を一言で表すならば『死』。

 それも並の死ではない。

 恐らくは冥界の主として扱われるクラスの神が俺の背後に居る。

 しかもフィラではなく人間だった頃の俺と繋がりがある死神である。


「っつ……あっ……」

「ふふふ、苦しいか?苦しいだろうなぁ……」

 呼吸が出来ない。

 格が違いすぎる。

 幾重にも包帯が巻かれ、かすかに肉が焼けた臭いと肉が腐ったような臭いが合わさって漂う手が俺の顎に伸びてきているが、それだけで魂が潰れそうになる。


「それまでにしてあげては?彼女を傷つけるのがこの場での目的ではないでしょう」

「娘の友人その1か。そうだな。遊びはこれまでにしておくか。この場においても時間が無限にあるわけではない」

 三人目の女性の声が俺の右手側から響いてくる。

 それと同時に背後の御方の手も引かれる。


「はぁはぁはぁ……」

「まったく、彼女は巫女としての訓練を一切積んでいないのですよ。その点についてはもう少し考慮するべきかと」

「ファーストインプレッション、というのは重要だろう?神らしい姿の一つぐらいは見せつけておかねばな。それに遊びだと言っているだろう。妾が本気ならとっくに跡形もなく消し飛んでいる」

「ひひひ、だろうねぇ。と言うより今のコイツじゃ、私らの誰も直視なんて出来やしないだろう」

 呼吸を整えている俺の左右から、ザクロをモチーフにした紋章と、包帯でぐるぐる巻きにされた人形が現れ、ランダ様の両隣に立つ。

 包帯の方があの御方だろう。

 圧倒的な死の気配と先程の臭いを感じる。

 ザクロの方は……全体的に爽やかと言うか、春の陽気のようなものを感じるが、それと同じくらい死の気配と冬の冷たさのような物を感じる。

 恐らくだがこちらも死や冥府に関わる御方だ。

 間違っても優しいだけの方ではない。


「お、みんなもう集まっているのかニャー?」

「あ、着いたんだ。あれ、旦那さんは……」

「アレを旦那呼ばわりは止めて」

「アレを見て夫婦じゃないってのは無理があるねぇ……」

「まったくだ。妾とイザナギよりよほど仲がいいではないか」

「まだ居るのか……」

 何処からともなく黄色い角が生えたオッドアイの黒猫が現れる。

 こちらは一言で称すならば『混沌』か。

 それも、何もかも飲み込んで己の糧とするような、『インコーニタの氾濫』など鼻で笑えるような濃さを持つ混沌だ。


「最後か」

「っつ!?」

 再び身体が動かなくなる。

 先程、あの御方が俺の背後に現れた時と同じように、圧倒的な神気によって身じろぎ一つ出来なくなる。


「遅いのにゃ。いったい、なーにをやっているのにゃ」

「頼まれた品を作っていただけだ。まったく、仕様を決めるのに時間をかけすぎだぞ」

「ふん、知ったこっちゃないね」

「まったくだ。それにこの程度なら誤差だろう」

「すみませんが、この件に関しては時間がかかっても仕方がないと思いますよ。今後が大きく変わりますから」

 そこには真っ暗闇であるはずのこの世界においてもなお暗く、黒く、深き虚無、すべての終わりが人の形を成して立っていた。

 他の方々も十分ヤバいが……この終わりは……桁違いにヤバい。

 何があっても復活できるはずの『月が昇る度に』が一切通用しない感じしかしない。

 その気になれば、本当に文字通り、全てを終わらせられる気配がしている。


「さて、辰砂(たつすな)イーダ。一応の説明をしておこうか」

 終わりが俺に話しかけてくる。


「この場に居るのはお前に力を貸している神々の中でも、特に主要なメンバーだ。名乗る気はないが、魔女ランダ、それと他二柱の名前については既に察しがついているようだな。俺とそっちのについては……」

「分かるはずが無いのニャ。私たちがこの世界の歴史において語られたことは無いしニャー。そして話す気も今は無いのニャ」

「ああそうだったな。まあ、外の神を普通の人間が知っている方が問題か」

 どうやら終わりと混沌はクライムと同じで外の世界の神と言うやつであるらしい。


「では、話を進めるとしよう。授けるべき物を授けなければいけないからな」

 そうして、終わりの右手の上に光り輝く球体が現れる。

02/19誤字訂正

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