37:犯罪を愛するもの-4
「イーダ!」
貫かれたのは肝臓の辺り。
より正確に言えば肝動脈の近く。
つまり、素早く止血しなければ出血死する場所である。
「ふんっ!」
「おっ、良い反応だな」
だから俺は即座に自分の腹から生えている刀のような物を左手で掴んで、クライムが引き抜くことを阻止する。
「このっ……」
「動くな、カラジェ。まだな……」
「ふうん、聞きたい事があるって顔だなぁ」
「そりゃあ聞きたいさ……幾らゲームマスターと言えども……復活が早すぎるからな」
俺の背後に立つクライムがどういう顔をしているのかは分からない。
だが声音からして、俺に刺さっている刀を左右に少し揺らし、俺に苦痛を与える事に対して愉悦を感じているようだ。
「それに関しては極めて単純な話さ」
「……」
「俺はクライム=コンプレークス。犯罪行為を愛し、糧とする、この世界の歴史にて語られたことのない外の神」
「犯罪行為を愛し、糧とする……まさか……」
クライムは俺の顔の横に自らの頭を近づけ、こちらの様子をうかがうカラジェたちに視線を向けつつ語る。
その間も当然のように刀が動かされるが……ああくそ、重傷すぎるせいか?なんかもう痛いというより熱いになってきているな……。
って、あれ?なんで左目の視界にクライムの手が……?
「そう、俺が誰かに殺される。それは間違いなく殺人と言う犯罪行為。それも人間のような知的生命体が極めて原始的な社会を構築した時から大罪とされ続けた犯罪」
そう、俺が疑問に覚えた時にはもう遅かった。
「だったら、俺にとっては極上の食事に決まっているよなぁ!それこそ新しい体を即座に作り出せるほどに素晴らしいエネルギー源だあぁ!!」
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
クライムの指が俺の左目の中に入ってきていた。
そして、俺の左目を小ぶりの果実でも潰すように、握り潰していた。
「イーダ!」
「くっ……」
「……」
俺の視界が赤く染まる。
左目があった場所が熱く熱く燃え上がるように熱く、それと同じくらいに痛い。
だが、だがそれでも……
「うううぅぅぅぅんんん……はぁあああぁぁぁぁ……良い悲鳴だああああぁぁぁぁ……やっぱり犯罪被害者の叫び声ってのはこうでないとなぁ……ああ、気持ち良すぎてイっちまいそうだああぁぁ。しかし、これでもまだ刀を掴む手は緩ませないのか。いやぁ、自分の立ち位置をよく理解しているな。コラプスウィッチ」
刀を掴む手を緩ませるわけにはいかない。
この刀を抜かれれば、俺は失血死する。
俺の死はグロバルレゲスによって、そのままカラジェの死を意味する。
そして、俺はどれほど苦しもうとも、痛くても、例え死んだとしても、復活できるが、カラジェに復活はない。
だから……この手は絶対に離せない。
「しかし、コラプスウィッチ。お前は一体何処からそんな規格外のマテリアを入手した」
「はぁはぁ……ぜぇはぁ……ぐっ、ぎっ……」
クライムの左手が俺の首輪……『月が昇る度に』に伸び、俺の首の肉を抉りつつ、俺の首と首輪の間に指を潜り込ませる。
「第7の管理者だったカーストからこう報告を受けているぞ。個体名:イーダはこちらが用意した覚えのないマテリアを所有している。機能停止あるいは没収を試みたが、どちらも上手くいかなかった。明らかに我々より上位の神が干渉をしてきている。ってな」
「上位の……神……ぎっ!?」
「ああ、なんて羨ましい。こっちが定めたルールを一方的にぶち破るなんて犯罪行為が!それをやっても生存に支障のないだけの力が!それほどの神々に認められるのが!羨ましい!妬ましい!そして同時に興奮するううぅぅ!それだけの神々に愛されている者に対して犯罪を行い!傷つけ!甚振るという行為にいいいぃぃ!!」
「あ、が、ぐぎっ!?」
クライムの左手の指が、俺の首を、抉る、何度も何度も何度も抉り、掻き混ぜ、引っ掻き回してくる。
猛烈な痛みが襲ってくる。
頭が回らない。
視界が激しく明滅する。
「イーダを放せええぇぇ!この変態いいぃぃ!!」
「おおっと!そいつは誉め言葉だぞぉ」
だがそれは止む。
カラジェがクライムに殴りかかり、クライムがカラジェの攻撃を避けることによって、刀が抜かれることもなく俺は解放される。
「はぁはぁ……よくもイーダを……」
「ふひ、さあて、クレイジィガールかぁ……まあ、ここで俺を殺してコラプスウィッチの治療をしないと自分の命も危ういもんなぁ……でも、間に合うかなぁ。きひひひひ……」
俺はその場に倒れこむ。
全身から血が流れていて……はっきり言って、そう長いとは思えない。
そしてカラジェは恐らくだが……気づいている。
ギーリもたぶんそうだろう。
ラルガは……分からないな。
まあいい、カラジェとギーリが分かっているなら十分だ。
「で、クレイジィガール?いったいどうやって俺を倒す?倒すという行為は須らく犯罪に繋がるんだぜぇ!!」
「ぐっ……」
そう、クライムに抵抗する手段は現状の俺たちにはない。
倒しても一時しのぎにすらならない。
抵抗する方法を改めて考えるための時間もない。
だからこの場は逃げるしかない。
そして逃げるとなれば……
「ぜぇ……はぁ……」
「……」
「ギーリ!?」
「うん、頼んだ」
「おっ、二人だけ逃亡か。だが、俺が……」
だから俺はギーリに視線で呼びかけた。
ラルガを連れて逃げろ、と。
ギーリは俺の指示に従い、ラルガを連れて逃げ出した。
そしてカラジェは……
「イーダが死ぬまでの間、付き合ってもらうよ」
「ああ、なるほど。マッドガールが対応策を思いつくまでの足止めか。いいぜ、俺にも破る訳にいかないルールが幾つかあるからな。付き合ってやる。だから……」
自らの死を覚悟してくれた。
俺が不意打ちを受けた責を背負って、絶対に倒せない相手の前に立ち塞がる事を選んでくれた。
「精々良い声で哭いてくれよおおぉぉ!クレイジィガール、カーラちゃああぁぁん」
優れた頭脳を持つラルガならばクライムの力の穴を見つけ出してくれると信じて。