36:犯罪を愛するもの-3
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……私が弱かったから……力がなかったから……技術がなかったら……」
「……」
「お嬢様……」
「あー、うん。はい」
二人と合流した時。
ラルガはギーリに抱き着き、両目から涙を流し、ずっと謝っていた。
「貴方にこんな事をさせてはいけなかったのに……貴方は穢れなくあるべきだったのに……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「自称トリガーハッピーの件からしてそうじゃないかと思っていたが……やっぱり、精神の方に限界が来ていたか」
「限界……」
「……」
まあ、こうなるのも分からなくはない。
クライムの言葉通りなら、ラルガは自分の両親を基にして作られたフィラを自分の手で撃ち殺してしまっている。
本来ならば生きるか死ぬかなどと言う状況とは無縁の少女が、だ。
恐らくだが、ギーリが自分のペアの相手となり、ギーリの命を危険に晒さないことを使命とすることで、今まで自分の精神状態を平常の範囲内に収めていたのだろう。
だが、今回ギーリは自ら銃のフィラの前に姿を晒し、その命を危険に晒した。
罪など知らない赤ん坊が中身のギーリに、危険を冒させ、他人を傷つけさせてしまった。
その結果として、精神状態が一気に悪化してしまったのだろう。
「イーダ。お嬢様が……」
「分かってる。が、とりあえず適当な建物の中に入るぞ。新月が明けるのと、俺のレゲスの煙が晴れるのを待たないといけない」
「分かった」
「……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
さらに言えば、俺たち四人の中にあって、ラルガだけが人間である。
肉体の面でも、精神の面でも。
俺は既に死など見慣れてしまっている。
カラジェも自分の手で人を殺しても平気な程度には精神の構造が変質している。
ギーリは赤子だからだろう、悲しいことだが、経験がないが故に死と殺しに対する忌避感がない。
そして薄々感じていたことでもあるが……フィラとなった俺たちは、フィラとなったことで人間を同族と感じる意識が多少ではあるが薄まっている感じがある。
まあ、この点については仲間や協力体制にある相手はきちんと身内と捉えられるので問題はないだろうが。
「それでイーダ。これからどうするの?ゲームマスターは死んだけど、それで氾濫区域が無くなるって感じじゃないよね」
「そうだな……」
さて、今やるべきことはこれからどうするかについての話し合いだな。
「まずは俺のレゲスの煙が晴れるのを待って、ダイ・バロンを潰す」
「へ?ダイ・バロンは死んだんじゃ……」
「今回のダイ・バロンは仮面の形をしたフィラだ。普通の生物としての体組織を持っているかも怪しい。だから、俺のレゲスの中でもたぶん生きてる。グロバルレゲスも……憑く相手がいない時は物のふりをするとかで誤魔化しているんだろうな」
「な、なるほど……」
とりあえず今回のダイ・バロンにトドメを刺すのは必須だろう。
まあ、トドメを刺したところでどうせまた復活するのだが。
「……?」
「あれ?今回?今回ってどういう事?」
「ああ、言ってなかったか」
俺はカラジェたちに第7氾濫区域でもダイ・バロンと戦ったことがあること、その時に間違いなく殺している事、そして本体と言うものが存在する関係上、俺たちの前に姿を現しているダイ・バロンを倒しても一時しのぎにしかならず、いずれ次のダイ・バロンが現れることを伝える。
「待って、イーダ。ダイ・バロンを倒しても一時しのぎにしかならないってことは、クライム=コンプレークスももしかして……」
「そうだな。その可能性は普通にあると思う」
そしてだ。
ダイ・バロンが復活するのであれば、そのダイ・バロンを配下として扱っているクライム=コンプレークスに同じ事が出来る可能性は当然存在するだろう。
それならば、俺のレゲスによって呆気なくクライムが黒い液体化して、死んだことにも納得がいく。
「そ、そんな相手どうすればいいのさ……」
「氾濫区域の核を破壊してしまえば、氾濫区域は潰せる。そうすれば奴らの目論見も潰せる。が、奴ら本体を仕留めるとなると……現状だと手段がないな。それこそゾクター・グリスィナとエクリプス・ゴドイタの二人に任せるしかないかもな。あの二人が何も知らない、または出来ないとは思えないし」
「えええぇぇぇ……」
だが、納得がいってもそれ以上できることがない。
俺たちが現状出来るのは何処までいっても対処療法のみである。
根本的にどうにかする方法を考えるのは……後ろに居るお偉い学者様に、軍の上層部に、政治家の先生たちだ。
「ひぐっ……うぐっ……」
「……」
「そうね……うん……ちょっと落ち着いてきたわ……大丈夫……大丈夫だから……ごめんなさい……でも、大丈夫だから……」
「……」
さて、ラルガもだいぶ落ち着いてきたか。
「ま、完全に無意味ってわけじゃない。幾ら相手が神を名乗れるだけの存在であっても、無資源で自分の分身を作れるはずがないからな。倒せば倒しただけ、分身を作るのに必要な時間や資源を消費させる事が出来るはずだからな」
「それは……まあ、そうだろうけど……」
「……」
「すぅ……はぁ……ええ、ちゃんと落ち着いてきたわ……」
それに、そろそろ俺のレゲスの煙も晴れるし、新月も明けるだろう。
そうなったら、ダイ・バロンへのトドメと第8氾濫区域からの脱出だな。
核の捜索と破壊はもっと準備を整えてからでいい。
「それじゃあ……」
赤い月の花弁が増え、周囲が幾らか明るくなっていく。
俺のレゲスによって発生した黒い気体も薄れていく。
それに合わせて、俺たち四人は立ち上がり、行動を開始しようとした。
「分身じゃなくて分体って言うのが正解なんだぜ?コラプスウィッチ」
その時だった。
「いごっなっ……」
俺の背後に水色の髪に紫色の目を持った男、クライム=コンプレークスが何の前触れもなく現れ、俺の腹を背中側から刀のようなもので貫いたのは。