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34:犯罪を愛するもの-1

「はぁはぁ……」

「な、何て無茶苦茶な……」

「ヒドイ……」

「……」

 銃のフィラの咆哮が途切れた後。

 その銃口の先では地面が深く抉れると共に、赤と白を主体とした絵の具をぶちまけたような状態になっていた。

 その場から素早く逃げ出した俺たち四人以外に生存者はいない。

 カラジェに殴られるなどして倒れていた男たちはただの肉片となり、弾丸にされた女性たちも当然生きてなどいない。


「ブゥゥゥラボオオオォォォ!流石は此処まで第8氾濫区域で生き残ってきた少女たち!不意打ち程度で死んだりはしません!!」

「こっ……」

「どの……」

「落ち着け!ラルガ、カラジェ!ここで怒ればそれこそ奴の思う壺だぞ!!」

「「ぐっ……」」

 クライムの言葉にラルガとカラジェが思わず反応する。

 それどころか、そのまま飛び出しそうになったため、俺は即座に声を上げて二人を押し留める。


「今は奴を倒すことだけを考えろ。他人を助けるために自分が死ぬのが許されるのは、俺のように復活できる奴だけだ」

「でも……」

「受け入れろ。これが現実だ」

 銃のフィラはこちらに向かってゆっくりと動いている。

 鎖を巻き上げる音、女性たちの悲鳴に助けを求める声、生きたまま骨肉が砕かれていく音を伴う形で。


「さあ、走るぞ。奴のレゲスはほぼ間違いなく『腕に取り込んだものを弾丸として発射する』だ。正面から挑んで勝てる相手じゃない。正面から挑めば、一瞬でハチの巣だ。鋼鉄の甲殻を持っているカラジェであってもな」

「くっ……」

「分かった……」

「……」

 俺たちは音の下から離れる方向で次の曲がり角まで移動すると、揃って走る姿勢を取る。

 それから、それまで俺たちが居た方の曲がり角の先に銃のフィラが現れた瞬間。


「走れええええぇぇぇぇ!!」

「ーーーーーーー!!」

 俺たちは再び走り出す。

 銃のフィラの咆哮が先程よりもはるかに大きな音で轟く。

 土で覆われた路地が抉れていく。

 木製の建物どころか、コンクリート製の建物までもが紙を引き裂くような容易さで食い破られていく。


「ああくそ!声が大きくなればそのまま威力まで上がるのかよ!!」

「イーダ!正面!!」

「rzpmpls?」

 後ろから破壊の嵐が迫ってくる。

 そんな中で、これまでの戦闘音に惹かれたのか、俺たちの行く先にサメの頭、人間の脚、海亀の前脚、船の胴体を持った正体不明のフィラが現れる。


「lptp……」

 当然、相手をしている暇などない。

 だから俺たちは危険な攻撃をされる覚悟をしつつも、そのフィラの横をすり抜けた。

 そして、この行動はそのフィラにとっても予想外だったのだろう。

 俺たちは難なくそのフィラの横をすり抜ける事が出来た。

 直後。


「jr?ほうssscyscscs!?」」

 銃のフィラの弾丸によって正体不明のフィラは全身を撃ち抜かれ、幾百幾千の破片になって死んだ。


「敵も味方も無いの!?」

「そりゃあ、ないだろう。アッチにとってみれば、俺たちは使い捨ての道具と一緒なんだからな」

「ぐっ……本気でむかつくわ……きゃっ!?」

「ごめん!お嬢様!イーダ!運ぶよ!!」

 カラジェが俺とラルガを掴み上げ、走り出す。

 するとそれまでよりも明らかにスピードが上がる。

 ギーリもきちんとカラジェに付いてきている。

 うん、やはり俺とラルガの二人が足を引っ張ってたか。


「はぁはぁ……」

「止まったみたいだな」

「息切れ……と言うところじゃないかしら。銃を撃つのに咆哮を上げる必要があるみたいだし」

 やがて、破壊の嵐が止まる。

 弾切れは……あり得ないだろう。

 恐らくだが、高台で生き残っている人間全員が弾丸になるだろうから。

 となれば、ラルガの言う通り息切れの方がありそうだな。


「素晴らしい!素晴らしい逃げ足だ!ほんっとうにすうぅぅばらしいぃぃ!!弾丸として使われようとしている同族の女性たちを躊躇いなく見捨てている!素晴らしいドライさだ!!」

 で、それを隠す……と言うよりは出資者たちが暇を持て余さないようにするためだろう。

 クライムの声が再び響き渡る。


「だがこれも当然なのかもしれませんねぇ!何せ、今の獲物である四人の少女は全員、私が感動を覚えるような犯罪歴の持ち主だ!!」

「さて、問題はどうやって奴を倒すかだな……」

「少女カーラは自分が動けば十人以上人間を助けられる中で、我が身可愛さに彼らを見捨てた挙句、自分のペアの相手を含めた五人の人間を撲殺したクレイジィガールだ!!」

「っつ!?」

「少女ラルガは氾濫発生直後に両親だったものを撃ち殺し!その後も多くの人間を銃殺し!爆殺し!死体から情報を抜き取るという冒涜的な行動を取ったマッドガールだ!!」

「なっ!?」

「『崩壊の魔女』イーダは第7撮影区域を崩壊させて見せた!一時的に世界と同化した際に知覚していたはずの100を遥かに超える人命を無視して!目的を達成したコラプスウィッチだ!!」

「耳を貸すな。ただの挑発だ」

 クライムの言葉は無視した方がいい。

 こちらにとって、現状で必要な情報をうっかりで零してくれるほどに甘い相手とは思えない。

 そして、冷静さを失って勝てる相手ではない。


「名も無き少女に至っては凄いぞ!!産まれてきた事そのものが罪だ!悪だ!実の親に自分を殺させるという犯罪行為をさせようとした!!そして高名なるお方の寵愛を受けた!!ああなんて羨ましい人生だろうかぁ!!ネエェムレスベイビイィィ!?」

「……」

「このっ……」

「それって……」

「なるほど、喋れない理由、か」

 だがこの状況、そしてクライムの言葉で一番怒っているのは俺でもカラジェでもラルガでもなかったらしい。

 この状況で一番怒っているのは……


「……」

「ギーリ?」

「へ?」

 ギーリだった。


「ギーリ、正面から敵の攻撃を無傷で捌けるってなら右腕を上げてくれ。それなら止める理由はないからな」

 ギーリがクライムの声がする方……銃のフィラが居る方に向けてゆっくりと歩きだす。

 右腕を上げ、両手の掌の間に稲妻を走らせながら。


「だそうだ。カラジェ。俺たちは別方向から狙うぞ。ラルガ、ラルガは死なない事だけを考えて立ち回れ。お前の死はそのままギーリの死だ」

「ちょっ、まっ、イーダ!?」

 だから俺もカラジェを連れて移動を始める。

 他の二人の説得は出来ても、ギーリの説得は無理だと直感できてしまったから。

 ラルガと言う良き親を馬鹿にされて我慢できるような自分ではないとギーリの発する稲妻が言っているのが分かったから。

 だったら……、そう、それならまだ銃のフィラを倒すことに全精力を傾けた方が、全員が生き残れる目がある。


「待ってギーリ!私は……」

「……」

「まずは奴を黙らせる。話はそれからだ。だとさ」

「ーーーーーーーーー!!」

 そうして再び銃のフィラの咆哮が響き渡り始めた。

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