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33:朧新月-7

「クライム=コンプレークス……」

 ダイ・バロンの復活については……気にしなくてもいい。

 元からダイ・バロンと言うのは本体である神獣バロンから力を分けられて生み出される存在であり、本体が死ななければ何度だって復活するものである。

 今回はあの仮面こそがダイ・バロンであり、身に着けている人間の体のみを自由に操れるレゲスを持っていると言うだけの話だろう。

 問題は……クライム=コンプレークスだ。


「犯罪行為を愛する者……だと……」

 恐らくゲームマスターとしての能力なのだろう。

 俺も、カラジェも、ラルガも、ギーリも、不可視の重石が全身にのしかかり、誰も口以外は身体を動かす事が出来なくなっている。

 そして、体を動かせない中で、クライムは両手を大きく広げる。


「そう、犯罪(クライム)!法によって禁じられ刑罰が科される行為!!私はそれを愛し、糧とする者!傷害!殺人!窃盗!強姦!詐欺!叛乱!エトセトラ!エトセトラアァ!!ああ素晴らしきかな犯罪行為!!あの地では許されなかった全ての行為がこの地では許される!!だから私は奴らを見限って彼らの仲間となってこの地を作り上げた!!」

 恍惚とした表情で、叫び声を上げる。


「さあ!それでは管理者として!プロデューサーとして!為すべき事を為そうじゃありませんかぁ!!今は新月!本来ならば放送の休止期間でございますが!特別にライブ中継をいたしましょう!」

「「「っつ!?」」」

 クライムの声と共に、新月の夜空に無数の紅い星々が浮かび上がり、輝きだす。

 その星々から漂ってくるのは神気としか評しようの無い圧倒的な力の気配。


「な、なにをする気だ……クライム……!」

『やれやれ、ようやくこの筋肉だけの肉体から離れられるか』

「さあさっ!お入りください!お入りください!出資者の皆様!!入場には特別料金が必要でございますが、その代わりに良き見世物になる事だけは保証いたしましょう!!」

 その圧倒的な力の一部がクライムの手に集まっていく。

 赤く、紅く、朱く、それと同時に混沌とした力が太陽のような輝きを伴ってクライムの手に集まっていく。


「この俺を……どうする気だ!!クライム!!」

「はははははっ!どうするか?どうするかだなんて言っていますよ!!このピエロ。失礼、ヴァレンタイン君!この期に及んでまだ自分が選ばれた人間だと……ああこれまた失敬!選ばれた人間であることには間違いありませんねぇ!出資者の皆様の言うとおりだ!!」

 クライムが何をする気なのか、俺には分かった。

 この場に満ちる神気に圧されて脂汗をかいているラルガも、青ざめた様子のカラジェも、何故か注ぎ込まれる力の一つを注視しているギーリも、何をする気なのかは既に気付いているだろう。


「クライム!クラ……むぐっ!?」

『心配しなくてもグロバルレゲスの都合上、意識は奪わないのである。だから安心して、そこで吾輩の操り人形になるといい』

 ダイ・バロンが男の口を閉ざす。


「ヴァレンタイィィン?その足りない頭でちょっとは考えてみてくれよ。お前を助けて、俺自身に何の得がある?確かにお前の行動は出資者様たちにバカ受けだった。頭の足りない人間が、タガが外れた行動をして、愚かな姿を見せてくれるって意味でだけどなぁ」

「!?」

「でもよう。馬鹿な振る舞いでの受けって場持ちがあまりよくないんだよ。簡単に言えば飽きられやすいんだな。てなわけで、ここらが潮時。おまけにお前がこれまでにやってきた数々の犯罪行為は俺にとって心地のいいものではあったが……お前なんぞが国を作ったら犯罪が無くなっちまうじゃねえか。だって、犯罪ってのは秩序と人間味ある社会だからこそのものなんだからなぁ」

「!!?」

「ま、そんなわけでだヴァレンタイン君。君が私に協力をして君の王国を作るという計画は、私が契約を反故にするという素晴らしき犯罪行為と共に終了。そして人体改造と言うこれまた素晴らしき犯罪行為の対象になってくれたまえ」

「ーーーーー!!?」

 その瞬間のクライム=コンプレークスの顔は化け物としか言いようのない顔だった。

 そして、それ以上に理解しがたい言葉が聞こえてきた。

 だが納得もした。

 クライム=コンプレークスは目的を果たすために犯罪行為をするのではない。

 犯罪行為そのものが目的であり、本人が語って見せたとおりに愛し、糧としている。


「はいっ!満員御礼でございます!!出資者の皆様!大変長らくお待たせいたしました!!それではっ、只今より特別ショーの開催と相成ります!!」

「やめっ……助け……」

『はぁ、貴様がそれを言うか。人間』

 ああもう間違いない。

 クライム=コンプレークスはこの世界の歴史上に居ない神性存在。

 異界より来た化け物だ。


「獲物となるは麗しの少女が四人!狩人はダイ・バロン氏がメインオペレーターを務め、出資者様たちの力によってこれより改造されますヴァレンタイン君!」

 クライムの手に集まっていた力が男の体に吸い込まれていく。

 直後。


「ーーーーーーーーーーー!!」

「ああ分かっています!分かっていますとも!!抵抗しない相手に対しての犯罪行為も良きものですが、出資者様たちが求めるものが如何なるものかはよく分かっております!!故に彼女たちの拘束はきちんと解きますとも!!」

 男の体から黒い混沌があふれ出し、周囲にあったクライム以外の物を飲み込んでいく。

 そして十分に広がり、様々な物を飲み込んだところで収縮を開始、身長3メートル近い人型のシルエットを形成する。


『さて、魔女よ。覚悟はいいか……』

「悪いに決まっているだろうが。ダイ・バロン」

 頭はダイ・バロンの仮面を付けた男のままで、肉体のサイズに見合っていない大きさだった。


「何よこれ……」

「お嬢様、下がってて……」

 肉体は筋骨隆々で、所々に銃に由来していそうな金属製の部品が融合しており、普通の人間の胴体よりも太い両腕の手首からは10メートル以上はありそうな長い鎖が垂れ下がっている。

 そしてよく見れば、手首の鎖が垂れ下がっている部分には穴が開いていて、両手の掌にも銃口のような穴が幾つも開いているようだった。

 いや、実際銃なのだろう。

 こいつは銃のフィラなのだ。

 だから、あそこから何かを撃ち出す気なのだ。


「敢えて名付けますならば、ガトリング・ヴァレンタイン!季節もちょうどよいですから、チョコではなく死をプレゼント!リア充共は死に晒せええぇぇ!!そんなわけで弾丸は……」

 問題は何を撃ち出すか、そこまで俺が思った時だった。

 クライムが手を上げると同時に、銃のフィラの鎖につながれる形で何かが転移してきた。


「ヴァレンタイン君がハーレム要員として高台に集めていた女共です」

「「「!?」」」

 それは何十人と言う生きた女性。

 既に両腕の鎖は巻き上げられ始めていて、先頭の女性二人は悲鳴を上げる暇もなく銃のフィラの手首の穴に飲み込まれていく。


「では、開演です!どうぞお楽しみを!!」

「全員、物陰に隠れろおおおおぉぉぉ!!」

「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 クライムの宣言と同時に俺は叫ぶ。

 俺たちが物陰に隠れると同時に女性の悲鳴と生きたまま肉と骨が砕かれる音が周囲に響く。

 そして、銃のフィラの咆哮と共に、弾丸と化した女性たちの骨、肉、臓物が俺たちが一瞬前まで立っていた地面を大きく穿った。

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