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32:朧新月-6

「相手はたった四人!しかも全員ガキだろうが!!銃を持ってようが!レゲスを持ってようが!そんな苦戦をするような相手じゃねえだろうか!!」

 その言葉を聞いただけで俺は理解する。

 相手のリーダーであろうこの男は本当の愚か者であると。

 勿論、ブラフである可能性や、仲間に奮起を促すための言葉である可能性もある。

 だが、俺の耳で聞く限り、この男は本気で今の言葉を言っている。

 俺たち四人を大した力を持たない子供だと思っている。

 本当に愚かだ、愚か極まりない。


「銃声……まさか……」

「正気を疑うわね……いや、高台の状況を考えればマトモなんて有り得なかったか。うん、私様が馬鹿だったわ」

 確かにこちらは四人だ。

 だが、その内情を正確に述べるのであれば、


・発動すれば必ず致命傷になるレゲスを保有する俺

・アサルトライフルを至近距離から撃たれても効果がないカラジェ

・レゲスと言われても疑えないような技術力を有するラルガ

・明らかに出資者から手厚い支援を受けているギーリ


 であり、しかも全員が敵対している人間を殺すのならば躊躇いの無い人間である。

 俺以外は間違っても、銃を持っただけの一般人が勝てる相手ではないし、俺相手でも一般人が勝てるかどうかは怪しいところである。


「おらぁ!とっとと行って……」

「まあいい。行くぞ、カラジェ」

「うん」

 いずれにしても敵に変わりない。

 だから俺はカラジェと繋がっている赤い紐が切れないように前に出て、カラジェは俺以上の勢いで曲がり角の向こうへと突撃する。


「来い……うぐおっ!」

「せいっ!!」

「じゅ、銃が!?」

「ヒギヤアァ!?」

「こ、こんなの……」

 俺の視界に入ってきた時点で、曲がり角の向こうは既に一方的な展開になっていた。

 『魔女の黒爪』を握ったカラジェが銃弾を気にせずに暴れまわり、男たちはカラジェに殴られたことによって、あるいはカラジェの甲殻による跳弾で傷を負い、次々に倒れていっている。

 残るは……リーダー格と思しきショットガンを持った金髪の白人系の男が一人、跳弾で撃ち抜かれたであろう右腕を抑えて立っているだけ。

 赤い紐は……見えない?


「お、俺は王なんだぞ……神から……アイツから……啓示を受けて、この第8氾濫区域の王になることを認められた男なんだぞ……」

「酷い匂いがするね……腐った人間の……私が最初に殺した男たちと同じ匂いだ……」

「どうなっている……」

 あの男については既に殺す以外の選択肢はない。

 こちらに攻撃を仕掛けている敵のリーダーであり、これまでの言動を見る限り、生かしておけばそれだけで他の生存者を減らすタイプだと予想出来るからだ。

 だが、赤い紐が見えないだと?

 幾らゲームマスターから色々と便宜を図られているにしても、ここまであからさまな真似をするものだろうか?

 それに、あの男の背後からは……何か嫌な気配がしてきている。

 とてもとても嫌な気配が……存在そのものを認めがたいような気配がしてしょうがない。


「お嬢様、イーダ。悪いけど、こいつは殺すよ。生かしておいてもしょうがないから」

「殺しなさい。カーラ。そいつは殺しておくべき人間よ」

「……」

「この気配は……」

「ひ、ひあっ……」

 カラジェが男にとどめを刺すべく近づいていく。

 このまま行けば、もう数秒ほどで男は殺せるだろう。


「死ねっ!」

「あああぁぁぁぁぁ!!」

 そうしてカラジェが『魔女の黒爪』を振り上げ、男が情けない叫び声を上げた瞬間だった。


『はあ……、クライムよ。いい加減にこの男の子守をするのは、吾輩であっても苦痛なのだが』

「「「っつ!?」」」

「その男を殺せええぇぇ!カラジェ!!」

 男の背中から、俺にだけ不愉快極まりない気配を伴う形で声が響く。

 俺は即座にその意味を理解した。

 だからカラジェに殺せと叫んだ。


「みたいだなぁ。ま、率は十分に取れたから問題ねえわ」

「「「!?」」」

 だがカラジェの腕は振り下ろされるよりも早く、男の姿はカラジェの前から掻き消え、俺たちの後方にいつの間にか立っていた一人の男の横に移動していた。


「アレは……」

 その男は毛先だけが紅い水色の髪をした青年だった。

 目の色は紫色で、それ以外には見た目に異常はない。

 事前にゲームマスターであるかもしれないとラルガに聞いていなければ、フィラとすら思えなかったかもしれない。

 武器らしい武器も、腰に鉈、銃、鉄の杭と言った道具類が提げられているぐらいである。

 だが、俺から見れば……


「ゲームマスターだ。あそこにいるのは間違いなくゲームマスターだ……」

「おっ、流石は『崩壊の魔女』イーダ。直接、こっちの姿を見れば、それぐらいは分かるか」

 普通の人間と同じサイズの肉体にばかげた量のエネルギーを収めている、俺たちとは全く別の次元の化け物であり、間違ってもフィラではない。


『クライム……』

「はいはい、分かってますよー」

「そっちはダイ・バロンか……」

 転移させられた男が真っ青な顔のまま、自分の意志とは無関係と言った様子で立ち上がる。

 そして、背中に手を回し、獣をモチーフとした仮面を手に取り、男の顔に被せる。

 それだけで、男の体の所有権は自分に移ったと言わんばかりに、男は自分の頭を呆れた様子で掻く。


「では、一つ自己紹介を。私の名前はクライム=コンプレークス。此処、第8撮影区域『信用(フィーデム)信頼(スペーラ)』の管理担当者であり、犯罪行為をこの上なく愛する者であります」

『では吾輩も。吾輩の名はダイ・バロン。畏敬を忘れた愚かな人間に鉄槌を下すものである』

「「「……」」」

 そうして、二人の男は自分たちの名を名乗った。

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