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29:朧新月-3

「意識しないと体が引っ張られるって面倒ね」

「まったくだ……」

 さて、ローカルレゲスによって体が引き寄せあうという少々理解しがたい状況に陥った俺たちだが、どうやらそこまで拘束力が強いローカルレゲスではないようで、意識して相手から体を引き剥がそうとすれば、普通に離れて行動できるようだった。


「おまけにどうしてか私様とカーラ、私様とギーリ、カーラとギーリって組み合わせだと、むしろ反発するように仕組まれているのよねぇ……」

「不思議ですよねぇ……」

「……」

「あー……」

 また、今ラルガが言った通りに、俺以外との組み合わせだと磁石の同じ極を触れさせようとするかのような反発力が発生し、相手に触ることが難しいようになっている。

 と言うか、この組み合わせだともしかしなくても……


「もしかしなくても精神の性別で判別されているか?」

「え゛っ」

「……」

「まあ、そう見るのが妥当よね」

 精神の性別で、異性だと引き寄せあって、同性だと反発しあう、と言う風になっているだろう。


「イ、イーダって男だったの……」

「そういえばカラジェには言ってなかったか……」

 俺の精神の性別が男であるという事実に対してショックを受けているカラジェに、俺は一通りの説明……第7氾濫区域でフィラになる前は男だったこと、現在の体は完全に少女の物である事を話す。

 で、その話をしたところ、カラジェが微妙にこちらの事を憐れむ目をしているが……。


「カーラ。イーダに対する憐れみは不要よ。一般に公表されているレポートにそのことが書かれていなかったことと言い、世間一般には世界で初めて氾濫区域を破壊した巫女として通しているあたり、イーダは自分の性別を利用できるだけ利用する気だから」

「ふえっ!?」

「うんまあ、それはその通りなんだけどな。元男なおかげで、普通の男がどういう所作を俺みたいな少女に求めるのかとか嫌なぐらいに分かるし。この見た目で激励の言葉をかけると、分かり易いぐらいに乗ってくれるからな」

「えええぇぇぇ……何それ。詐欺じゃないの……」

 うん、ラルガの一言で簡単に反転したな。

 当然の反応とも言えるが。

 まあ、ラルガの言うとおり、俺は俺の性別をこれでもかと利用している。

 具体的に言えば一般民衆に対する演説だ。

 一般民衆を奮起させる、あるいは『インコーニタの氾濫』の恐ろしさを伝える、もしくは大衆でも知るべき情報を伝える時などは、この少女のような姿はとても役に立つ。

 少なくとも元の男子高校生の姿で伝えるよりは、よほど聴衆に話を聞いてもらえる。

 この少女の姿で駄目な相手は……まあ、権威ある学者か、最初から自分が聞きたくない事は聞かない人間だからな、どうでもいいな。


「心配しなくても、上は俺の性別と言うか経歴を知ってる。そして、これは一般民衆にとっては知る必要の無い情報だ」

「そうね。確かに一般人が知る必要は無い情報だわ。貴女の国だと、クールジャパン的に経歴がバレても問題はなさそうだけど」

「止めてくれ。割と冗談にならないから」

「イーダの中身って、イーダの爪みたいに真っ黒だったんだね……」

「……」

 なお、俺の経歴だが、各国政府や軍の上層部、それから俺と直接の面識がある面々は当然ながら知っている。

 知っていて、彼らは利用している。

 ま、政治家ならこの程度の隠し事と利用ぐらいは出来なければ困るのだが。

 特に今は『インコーニタの氾濫』と言う悪意ある第三者によって起こされる未曽有の大災害が起きている世界なのだから。


「で、さっきからラルガは何をやっているんだ?」

「当然、この後の準備よ」

 さて、雑談はこれぐらいにしておくとして、そろそろ話を進めるとしよう。

 ラルガは車を運転して、ダウンタウンとしか言いようのない雑多な街中を移動。

 周囲にこちらを確認している敵の影がないことを確かめた上で、コンクリート製と思しき建物の中に車を隠した。

 そして車のトランクと思しき場所から工具を取り出すと、手早く何かを作り上げ、それを建物に唯一存在する出入り口にセットする。

 で、更には現地当局の基地がある方角の壁に穴を開け、何かの観測機器を開けた穴に差し込む。

 それに伴って、俺たちも必要な準備は進めていく。


「これでよし、と」

 そうして最後にはなんだかよく分からない機器が無数につけられたヘルメットを装着して、手元の資料を読み取れるかを確認することで準備完了を宣言する。


「一体何をセットしたんだ?」

「そうね。高速道路から降りたこと含めて、一通り説明しておきましょうか」

 そう言うと、ラルガはスナイパーライフルを建物の入り口に向けた上で、ローカルレゲスに抵抗するのが面倒と言う事で俺の体にくっつく。

 で、外の様子を伺いながら説明を始める。


「まず、高速道路から降りた理由は明白。あの高速道路は極めて広大なエリアであり、多数のフィラと私様たちと敵対的な人間が徘徊している。となると、新月の間に敵が仕掛けてくる可能性は当然考えておくべきでしょう」

「ま、そうだな。その点に関しては俺も異論はない」

「流石はお嬢様……」

 新月の間に敵に襲われる可能性については普通にあり得る。

 他の氾濫区域からもたらされたレポートによれば、新月の時にエリア間に生じる黒い壁は氾濫区域の内と外を分ける境界と同じ性質を持っているらしく、迂闊に触れれば混沌に取り込まれることになる。

 だから、新月の間はエリア間の移動は出来ない。

 だが、同じエリア内ならば移動は可能であり、おまけにフィラと言うのは獣に近い個体ほど目に頼っていないことが多く、新月の暗闇をものともしない場合が殆どである。

 なので、エリアが広大で、どこに何が居て、新月の間にどれほど移動してくるか分かったものではない高速道路よりも、高速道路下のエリアの方が対処が簡単と言うのは分かる。

 それでも下りる時はもう少し慎重に行ってもらいたかったものであるが。


「入口に仕掛けたのは外から敵が来たかを調べるための赤外線センサー。向こうの壁に仕掛けたのはエリア沈没がどう進むのかを調べるための観測機器ね」

「ふむふむ」

 建物にセットしたのはセンサーと観測用の機器か。

 センサーはともかく観測機器の方は……以前にカラジェが『分からないからって流すのは駄目だとラルガが言っていた』とか言ってた気がするし、まあ、ラルガの技術力なら、何かを掴む可能性はあるか。


「他にも車の方には元々幾つかのレーダーや観測機器を積んであるわね」

「ああ、この辺がそうか」

 周囲の敵影観測も問題なしか。

 原理は一切分からないが、液晶画面には俺たちを示すものと思しき光点が幾つも灯っている他、周囲の建物の中を動き回っているとフィラを示すと思しき光点が2つだけ灯っていて、ゆっくりと動いている。


「ついでにイーダの水鉄砲も改修しておいたわ。飛距離が30メートルほど伸びた分だけ、反動とか撃てる間隔が開いたりしているから、気を付けなさい」

「お、おう……」

 ラルガが指差した先には、確かに修理が行われた俺の水鉄砲があった。

 飛距離などが伸びている件については……うん、気を付けておこう。


「で、最後にこれが対暗用セットね。さすがに時間と資材がなかったから私様用しか無いわ。中身については……熱赤外線に、光増幅に、音波の可視化まではしているから、大体の物は捉えられると思ってもらって問題ないわ」

「なるほど」

 ゴーグルについては……とりあえず暗闇でも全く問題なく行動できるようになると理解した。

 と言うか音波の可視化ってなんだそれは……ラルガはコウモリか。


「さて、そろそろ新月よ。レーダーには特に反応は見られないけど、全員、細心の注意を払いなさい」

「「「……」」」

 そうして新月が始まった。

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