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28:朧新月-2

「やっぱり、距離を弄られてたわね」

「みたいだな……」

 高速道路の防音壁の外側を走ること2時間。

 ようやく俺たちの視界に第8氾濫区域南西部に橋頭保として築かれたという、現地当局の前線基地が見えてくる。

 うん、明らかに時間がかかりすぎだ。

 防音壁の外側を走るなんて無茶の影響で多少スピードは落ちていたが、それでも普通にいけば合流してから1時間程で着いていたはずである。


「……」

「ギーリは悪くないから安心しなさい。悪いのは公正さ公平さの欠片もないゲームマスターよ」

 なお、少々今更な話であるが、ギーリのレゲスは片眼を瞑った状態で、両手で触れている物に高圧の電流を流す、と言うものである。

 その威力と言うか性能は電気自動車を普通に動かせる程であり、ラルガ曰く『生物相手に使わせる気はないけれど、普通の人間なら確実に焼き殺せる』だそうだ。

 それと……このレゲス、どうしてかギーリ自身は電流を流す対象に含まれていない。

 事故防止なのだろうが、俺含めて普通のレゲスにそんなものが付いていない事を考えると……ギーリに力を与えた神の力の入れ込みようがよく分かるな。


「それよりも気になるのは、このまま脱出出来るか否か、と言うわけでよろしく」

「分かった。そうだな……」

 俺はラルガから双眼鏡を受け取ると、視線の先にある現地当局の基地を観察する。

 人影は……ない。

 戦闘があった痕跡はあるが、それは何時間も前の物であり、しかも人側が勝利した感じである。

 物見台と思しき櫓の上の旗は……大きく揺れている。

 風ではなく、地面からの振動でもって。


「見事に次の沈没エリアに選定されているな。地面がかなり激しく揺れてきている」

「なるほどね。境界までの距離は?」

「1キロメートルあるかどうか、と言うところだな。見た目は」

「……」

 うん、完璧にあれだな。

 現地当局は基地の設置に成功した。

 だが、人間側の基地が出来てしまったが故に、ゲームマスターに目を付けられて、沈められることになったという流れだな。

 で、本当ならば基地の人間が多数沈没に巻き込まれる予定だったのだろうが……


「イーダからの情報は間に合ったみたいだね」

「みたいだな。でなければ、今頃は基地の人間も普通に居ただろうし、基地の人間を逃がさないために無数のフィラが基地に襲い掛かっていただろう」

 それは俺からの情報で無くなった、と。

 仮に今も基地に残っている人間が居たとしても……、まあ、人の話を聞かない人間だし、気にしなくていいだろう。


「外との通信手段か……まったく、私様にも作れないものを素人が組み立てるだけでいいレベルで作れるだなんて……そいつら、本物の化け物ね」

「……」

「俺からは何ともだ」

「お嬢様以上の技術者なんて居るんだ……」

 なお、エクリプス・ゴドイタとゾクター・グリスィナの二人については俺もラルガと同意見だが、口には出さない。

 あの二人は核を破壊したらどうなるかについても正確な予測をしていたからな。

 人間側の手助けをしてくれていることからして敵ではないのだろうが……だからと言って味方と考えるのは早計に過ぎる。

 なにせ、その行動内容からして、『インコーニタの氾濫』を引き起こしている黒幕たちと同レベルか、それ以上か、仮に格下であっても黒幕たちがおいそれとは手を出せない程度には強大な存在なはずなのだから。

 故に味方とは思わず、助けてくれる期待もせず、敵として立ち塞がらないことを祈る、これくらいが妥当だろう。


「ま、それはそれとして。結局のところ、新月を迎えるまでに境界を超えられるかよね」

「見た目は1キロメートルだ。繰り返しになるけどな」

「つまり、実際の距離はその数倍であってもおかしくはない。と言う事ね」

「そうなるな」

 見た目の距離は当てにならない。

 高速道路だけが距離がおかしくなっているのか、それとも他のエリアもおかしくなっているのか、あるいはゲームマスターが悪意を以って一時的に距離を引き延ばしているのか、ラルガの想定外の行動にペナルティが課せられた結果なのか……原因がどれかは分からないが、目の前に脱出口があっても無理に急げば、碌なことにならない事は間違いない。


「素直に新月明けまで待つに一票」

「そうね。ここで無理をするよりは、新月が明けてから、沈んだエリア沿いに移動していった方が確実だし、安全だと思うわ」

「あ、お嬢様がそうなら、私もそれで」

「……」

 喋れないギーリも頷いているし、これは満場一致で良さそうだな。

 うん、ラルガが慎重な性格で良かった。


「じゃ、一度高速道路から降りるわよ」

「うおっ!?」

「きゃっ!」

「……」

 ラルガが車の操作をして、防音壁から車を引きはがし、下のリゾート地にはふさわしくないダウンタウンとしか呼びようがないエリアに着地させる。


「ちょっと待て!下が生物生存に適さないローカルレゲスだったら……は?」

 そして着地と同時に……


「心配しなくても。下が短期的に安全かどうかぐらいは調べているわよ。これは予想外だけど」

「これは、えーと……どうなっているんですか?お嬢様?」

「……」

 何故かラルガ、カラジェ、ギーリの三人の身体と俺の身体が磁石の両極のように引き付けあい、くっつく。


「いや本当になんだこれ……」

 ローカルレゲスなのは間違いない。

 だが、どのようなローカルレゲスなのかはまるで理解できない状況に俺たちは陥ってしまっていた。

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