26:幕間-3
『ああ、生まれてしまった……隠さないと……捨てないと……』
私と先程まで繋がっていた女性が、私を見て最初に言った言葉がこれだった。
そう、小さな家の中、不浄が集まる場所で私は産まれた。
誰にも望まれない形で。
『でないと私が……私が……』
女性の手が私の首に向けて伸びる。
虚ろな目で、浅い呼吸で、自分がしようとしていることの意味も深く考えずに。
けれど女性の手が私の首に届くことはなかった。
『え?』
その前に女性も私も真っ黒な何かに呑み込まれてしまったから。
『『『ーーーーーーーーー!!』』』
真っ黒な何かの中を私は流れ続けていた。
流されて、流されて、何処かへと向かっていた。
そして、誰かにぶつかった。
『ふむ。次のテーマは『裏切りと反抗』と言うところか。まあ、奴ら自身は別の名前を付けているだろうが……ん?ほう、これは面白いな』
『パオ?』
その誰かは……鼻の長いとても大きな生物に乗った、とても大きな誰かだった。
『赤子。それも本当に生まれたばかりの赤子。文字通りに無垢なる魂か。ふふふふふ……』
『パオー……』
『なあに、大口のスポンサーとして連中に少々注文を付けてやるだけだ』
『パオパオ』
『奴らは反対などせんよ。奴らは少しでも多くの力を集めなければいけない立場だ。その為にこんな邪神、悪神のための番組だって作っているのだからな』
『パオー』
『あり得ないと言っているだろう。そもそも俺様の注文など、この魂を汚さず、壊さず、肉体と力を与えた上で、俺様の娘と名前の繋がりがある人間の娘の近くに置け。と言うだけの話よ。そういう訳でな。俺様の乗騎らしく力をこの魂に与えろ』
『パオ!?』
『俺様の力では最小単位でも強すぎるし、先が読めてしまう。それでは面白くないからな。くくく、見物だぞ。力を与えられた無垢なる魂が煩悩塗れの混沌とした世界でどんな生き様を見せてくれる事やら』
『パ、パオーン……』
鼻の長い生物から光る何かが私に流れ込んでくる。
それは私と言う存在を包み込み、この真っ黒な世界で私と言う存在を守ってくれる揺り籠のようだった。
『しかし、こんな番組が成り立つとは……アイツやソイツ、それに奴も何をやっているのやら……。あるいは、俺様の行動も掌の上か?ま、どうでもいい。今回の件で俺様を叱りつけることなどアイツには出来んからな。何せ俺様は罪なき魂が無為かつ無意味に消費されるだけだった魂を救っただけだからな』
『パオパ(本当にどうなっても知りませんからね)』
鼻の長い生物が何を言っているのかが分かるようになると共に、私は再び真っ黒な世界を流れ始める。
今までと違って私と言う存在がどんな存在なのかも分からないような流れではなく、何処かへ向けて明確な意図を持った流れで流されていく。
『では、無垢なる魂よ。改めて俺様の言葉を伝えておこう。足掻け。死が決定するその瞬間まで足掻き続けろ。俺様は何ものも楽しむが、貴様に限っては生きることに執着し、足掻き続ける姿こそが一番俺様を楽しませると思っている。故に足掻け。足掻いて足掻いて、その末の姿を俺様に見せろ。では、俺様はゆっくりと視聴させてもらうとしよう。行くぞ。ギリメカラ』
『パオーン(分かりました)。パオパー(では、我が主を楽しませてくださいね)』
流されていく中で私の体が変わっていく。
私が生きるために必要な知識も流れ込んでくる。
それはまるで私の体を守る鎧のようであり、剣のようでもあった。
「感謝……します。ギリメカラ様、---様。私を救ってくださってありがとうございます」
暗闇が少しずつ晴れていく。
私の生が始まろうとしている。
生き続けるために足掻けと望まれた生が始まる。
始まって……
「起きなさい。ギーリ」
「!?」
そこで目が覚めた。
「寝ていたところ悪いけれど、状況が動いたわ。充電をして」
「……」
ラルガが遠くの方を……真っ黒な煙が上がっている方を見ている。
火事?と言うものの煙かと思ったけれど、その煙からはもっと悍ましい……---様に似た力を感じた。
たぶんだけれど、あそこにはイーダと名乗った化け物とカーラさんが居るのだと思う。
「良い子ね。充電が終わったらあちらに向かうわ」
本音を言えばあの煙には近寄りたくはない。
あれは死そのものだから。
寒い、暗い、臭い、何もかもが混ざって、何もなくて、この世そのものへの怨み、妬み、嫉み、呪いだから。
けれどラルガの判断は何時だって的確で、何も分からない私の事を見捨てたりもせず、此処までも、これからも守ってくれると分かっている。
だから私はラルガの言うとおりに、車の充電装置に手を当てて、車を動かすために必要な電気をため込んでいく。
「「「ーーーーーー!!」」」
「ちっ、来たわね」
怖い人たちが来た。
人なのに沢山の人を殺している人たちが来た。
だから充電はまだ終わってないけど、ラルガが車を走らせ始める。
「さ、新装置のお披露目よ」
車を走らせて、防音壁の向こう側に跳んで、そこから高速道路の外側にくっついて、走り始める。
「……。ゲームマスター程度が相手ならまだ何とかなる。なんとしてでも逃げ切らないと……待ってなさい。カーラ」
私は足掻く。
この生を与えてくれたギリメカラ様と---様のためにも。
私を生かしてくれようとしているラルガのためにも。
私は足掻いて、生き延びて……それからどうすればいいのだろう。
そこから先は……私には分かりそうになかった。