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25:潮の雨-6

「はぁはぁ……」

 俺はどうにか階段に辿り着くと、階段の手すりに背中を預ける。

 しかし……やはりと言うべきか出血がひどい。

 次の満月まで保てばいいとして、長期的な害悪を気にせず短期的な効果だけを考えた止血剤のおかげで意識は保てているが、油断しているとあっという間に気絶してしまいそうである。


「すぅ……はぁ……」

 俺のレゲスは10秒間指差したものをマーキングし、マーキングした物に俺の体液が触れると黒い液体に変化する。

 そして、揮発性の高いこの黒い液体が気化すると黒い気体になり、黒い気体に生物が触れれば、レゲス無効化のレゲスでも持っていなければ、全身が黒く染まり、崩壊し、確実に死に至る。

 そう言うレゲスだ。

 だから、金属鎧のフィラを直接黒い液体に変える事は出来なくても、鎧に覆われていない背中側を黒い気体に触れさせる事が出来れば、金属鎧のフィラを倒す事が出来るだろう。


「jlrぅ……」

「ふん、せいっ!」

 しかし、俺のレゲスにはいくつかの問題がある。

 俺自身も容赦なく巻き込むというのも問題の一つだが、この状況で問題になるのは……マーキングの範囲。

 俺のレゲスのマーキング範囲については、どうにも微妙な判定が行われているようなのだ。


「……。上手く狙え……」

 分かり易い例を挙げれば建物をマーキングの対象に取った場合か。

 ドアや窓と言った分かり易いパーツをマーキングの対象に取った場合には、ドアや窓と言ったパーツだけを狙った通りにマーキングする事が出来る。

 この場合には、何も問題はない。

 問題は建物全体を対象に取ろうとした場合。

 この場合、対象とする建物のサイズや構造、それに加えて俺自身の認識までもがマーキングの範囲に影響を与え、同一構造の建物を相手にした場合でも、マーキングできる範囲に違いが出るのである。

 これは第7氾濫区域が崩壊した後、日本政府と共に俺のレゲスについて調査した結果分かったことだが……要するに、建物のような巨大なものを対象に取ると、思わぬ場所までマーキングが及ぶ危険性があるという事である。


「10……」

「blぶいあうrうえy……」

 今回の場合に限っては……このマンションの様々な材質が入り乱れているという構造上、マーキングの範囲はかなり絞れるだろう。

 代わりに構造上、重要な部分にまでマーキングが及んでしまい、レゲス発動後にマンション全体が倒壊する危険性を孕んでいる。

 だが……金属鎧のフィラのレゲスを考えたら、その危険性は受け入れるしかない。


「9……8……」

 だから俺は指差す。

 金属鎧のフィラとカラジェが戦っている場所の足元を。

 木造、コンクリート、よく分からない材質の三つが入り混じった床を。


「7……6……」

「あいゆy……bうぇぅjl……」

「退きたければどうぞ。どこまで退けば助かるかは分からないけどね」

 金属鎧のフィラとカラジェの攻防は激しさを増している。

 金属鎧のフィラに付いていた海水は既に無くなっているようで、赤い紐が消える心配はなくなっている。

 だが、少しずつ少しずつカラジェは押し込まれ、金属鎧のフィラは俺の方に近づいてきている。


「5……4……」

「sぇwfl……ぐjyにびjl……」

「だろうね」

 カラジェのレゲスに武器切れの心配はない。

 武器が破壊されても、それが本物でなければ、破壊された武器を手放すことで、直ぐに次の武器が複製されるからだ。

 金属鎧のフィラのレゲスについても少し見えてきたことがある。

 金属鎧のフィラのレゲスは、金属の鎧を対象としたレゲスを無効化し……物理攻撃による損傷を無くす。

 正確な内容はこっちだろう。

 その証拠に先程からカラジェの攻撃によって何度か金属鎧のフィラの腕が弾き飛ばされていたり、たたらを踏ませたりしている。

 まあ、分かり易くまとめてしまえば、やはりレゲスと物理攻撃の無効化になってしまうのだが。


「3……2……」

 いずれにせよ、現状の俺とカラジェが金属鎧のフィラを倒す方法は俺のレゲスを利用する以外にない。

 だから俺は意識を保ち続けて、床を指差し続ける。


「カラジェ!」

「うんっ!」

 俺がカラジェの名を叫んだ瞬間。

 カラジェは俺が居る階段まで、着地を考えない動きで一気に跳ぶ。

 それと同時に金属鎧のフィラも俺のレゲスから逃れようと後方に跳ぶ。


「zry!?」

 そして、マーキングが行われる。

 俺の視界に収まっている廊下全てを対象として。

 俺とカラジェが居る階段を除いて。


「伏せとけっ!?」

「広すぎ!?」

「bbblzry!?」

 マーキングが行われた廊下と、金属鎧のフィラが切り飛ばした俺の右手から流れた血が反応する。

 廊下全てが黒い液体に変化する。

 当然、液体化すれば重力に引かれて、黒い液体もその上に乗っていたものも下の階に落ちていく。

 だが、ただ落ちるのではなく、落ちる途中で黒い液体は一気に気化して、黒い気体になっていき、金属鎧のフィラを巻き込んで、その命を奪う。


「イ、イーダ!?これって……」

「どうにもあの金属鎧のフィラは俺のレゲスを知っている感じがあったからな。確実に始末する方法を取らせてもらった。一つの素材だけ狙うと駄目そうな感じもあったしな」

「いや、それ以上にこれって大丈夫なの?構造的に!私たちの巻き込み的に!」

「あー、たぶん大丈夫だろう。俺のレゲスで発生する黒い気体は普通の空気より軽いしな。それに……」

「それに?っ!?」

 階段部分に黒い気体が入ってくることはない。

 黒い気体は屋外、あるいは……生物素材によって作られた部分を侵食しつつ抜け出ていく。

 だが、マンションが大きく揺れる。

 どうやら、生物素材部分の崩壊による影響が出て来たらしい。


「カラジェの『鳥の翼』を上手く使えば、構造崩壊と落下はどうにかなるはずだ。たぶん。そんなわけで……」

 と、意識がぐらつき始める。

 どうやら、金属鎧のフィラが死んだせいで、微妙に気が抜けてしまったらしい。

 そして、意識のレベルを戻すことは……難しそうだな。


「後は……頼んだ……」

「イイィダァァ!?」

 そうして俺は意識を失った。

02/04誤字訂正

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