24:潮の雨-5
「……」
「ryちう……」
カラジェの鉄材と全身鎧のフィラの剣が何度もぶつかり合う。
金属音と火花が散り、金属鎧のフィラの体に付いている海水も周囲に散る。
海水はこの第8氾濫区域内においては、俺たちペアを組んでいる者にとってはたった一滴でも致命傷になりかねない危険物であるが、カラジェは上手く立ち回ることによって、金属鎧のフィラが撒き散らしている海水を避けている。
「堅い……」
「じゅjlbぅ……」
そして、隙を見る事と手数の差を利用する事で、カラジェは鉄材で金属鎧のフィラの頭部や胸を殴打して見せているが……効いている様子は見えない。
まさかとは思うが、あの金属鎧のフィラのレゲスは物理的な攻撃もレゲスによる攻撃も無効化するのか?
「あり得ない。それはあり得ない」
その中で俺は二人の争いから少し離れた場所に移動し、金属鎧のフィラの背中側に回ろうとする。
俺のこれまでの経験上、強力なレゲスには相応の穴が存在している。
例えば、俺のレゲスが決まれば確実に相手を殺せる代わりに、相応の準備が必要だし、俺の身体能力はフィラとは思えないような見た目相応の身体能力になってしまっている。
例えば、ダイ・バロンのレゲス、あれはレゲスを無効化するレゲスだったが、対象は自分自身のみで、他にも条件があるようだったし、ダイ・バロンの身体能力も普通の人間より少しマシな程度だった。
つまり、仮に金属鎧のフィラが物理攻撃もレゲスも無効化するレゲスの持ち主であると考えるならば、それだけ強力なレゲスに見合った穴が存在していなければ、話が合わない。
「身体能力はカラジェと打ち合えるレベルで、知性の無いフィラとしては低めだが、それでも悪くはない。感知能力も悪くない。となれば……やはりか」
そうして無事に金属鎧のフィラの背後が見える場所にまで移動した俺は、それを見る。
「ぬえぇwrl……」
金属鎧のフィラの背中側は滑らかで、いっそ綺麗と言ってもいい表側や四肢の部分とはまるで別物だった。
一言で言ったら赤い。
人の物とは付き方が違う歪な血管や筋肉、内臓がむき出しになっていて、不気味に脈動している。
そして無数の目と口が、後頭部と背中の各所にあって、瞬きと呼吸をしている。
だがこれで分かった。
「カラジェ!背中だ!こいつは背中からの攻撃は防げない!」
金属鎧のフィラのレゲスによる無効化は金属の鎧部分に限った話。
金属の鎧がない部分の防御能力は皆無であり、それこそ俺でも最低限の武器さえあれば、致命傷を負わせられるレベルである。
これならば、納得も行く。
「背中……!でも、私の位置からじゃ……」
「分かってる!だから俺が仕掛ける!」
そしてこれならば、カラジェが正面から金属鎧のフィラを抑えている間に、背後から俺のレゲスで仕掛ければいい。
そう判断した俺は左手に俺の体液入りのペットボトルを持ち、右手で金属鎧のフィラの剥き出しの背中を指差す。
直後。
「あぁwbぅ……」
「っ!?」
「イーダ!?」
俺の右手首から先が金属鎧のフィラの剣によって切り飛ばされ、宙を舞い、赤い液体を撒き散らす。
剣に付いていた僅かな海水によって俺とカラジェを繋ぐ赤い紐も消失する。
金属鎧のフィラの四肢は……人の構造ではあり得ない方向へと曲がっていて、片腕を振り上げた状態になっていた。
「あうんlry……」
「ぐっ……!」
「させない!!」
右腕が焼けるように熱く、痛く、今すぐにでも叫び声を上げて、その場で蹲ってしまいたいほどに。
だが、そんな暇はない。
それよりもやらなければいけないことがある。
「nyzry……」
「行かせないっ!行かせないから!!」
「ぐっっっ……!」
俺は即座に金属鎧のフィラから距離をとる。
そして距離をとった上で、切断された右手首に向けて左手に持っていたペットボトルの中身をかけることで洗浄。
カラジェと俺の間にある赤い紐を再接続する。
「イーダ!」
「カラジェはフィラに集中しろ!こっちは……むぐん!」
続けてリュックの中から素早く銀製の紐を取り出すと、傷口に布を当てた上で、口と左手を使って右腕を絞り、無理やりに出血を抑える。
そして、その上で緊急用の止血剤も使って、出血を無理やりに止める。
当然、無理やりな措置であるから、長くはもたない。
だがこれで、この場は乗り切れる。
適切な処置を施せば、この傷が治る次の満月までもたせる事は出来る。
「はぁはぁ……」
「ぐっ、この……」
「rwふぃqぅ……」
何とか処置は終わった。
痛みと出血で頭がぼうっとするが、そんなことは言っていられない。
状況を把握しなければいけない。
「完全に見誤ったな……」
現在の状況はカラジェと金属鎧のフィラが一進一退の攻防を続けている。
だが、何時までも一進一退とはいかないだろう。
カラジェが四本の腕に持った鉄材で攻撃を凌いでいるが、隠す必要がなくなったという事なのだろう、金属鎧のフィラの四肢は360度自由に回転させて、変幻自在の攻撃を繰り出している。
そして、俺を守らなければいけないカラジェでは、金属鎧のフィラの弱点である背中側を攻撃することは不可能だと言える。
まさか、金属鎧のフィラの関節があんな風に動くとは……完全に想定外だった。
「イーダ!」
「なんだ……」
「狙える?」
「……。やってみる」
だが、己の失態を悔いている暇も今はない。
カラジェの左手の一つが床を指差す。
だから俺は……階段に向けて右手を抑えた状態で駆け出した。