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23:潮の雨-4

「この道は完全に駄目だな……」

「吹き曝しって……」

 やはりと言うべきか、氾濫区域内に建っているマンションだけあって、このマンションの中もまた微妙に空間が歪んでいるらしい。

 その事実を示すように、俺たちの目の前の通路は外からの雨風を、上からも横からもそのまま受け止める吹き曝しの形になっている。

 外から見た限りではそうなっている場所自体はあっても、その通路が100メートル近く伸びるだけの空間はなかったはずなのにだ。


「此処は別の意味で駄目だな」

「うっ、気持ち悪い……」

「「「ーーーーーーー!!」」」

 装飾も相変わらず悪趣味である。

 壁に埋め込まれている人間たちがレコードの回転に合わせて苦悶の声を上げて音楽を奏でている部屋もあれば、人の腸でハンモックが組まれている部屋もあり、生物の目玉を落とす目標にしたビリヤード台なんて物もあった。

 とりあえず、鉄材の類は武器としても使えるので、持てる範囲で持っておく。


「さっきより明らかに地面が近いんだけど……」

「氾濫区域ではよくあることだ……」

 さて、その手の物を見せられると、もはや窓の外から見える光景から推測できる地面からの高さが、階段を上る前よりも階段を上った後の方が近い程度では驚くにも値しない感じである。

 たぶん、ローカルレゲスも関わっていないだろうしな。


「ん?」

「音……?」

 そうして雨漏りに対して細心の注意を払いつつマンションの中を歩き回る事一時間。

 そろそろ高速道路がある高さにまで来れたと思いたい頃。

 俺とカラジェの耳は聞き慣れない音を捉える。


「金属音……だよね?」

「ああ、そのはずだ。これは……動き回っているな」

 音は……金属製の靴底を持った靴を履いた長身の人間が、俺たちが居る階の上の階で動き回っている感じだな。

 問題は……


「音が一つしかないよね」

「一つしかないな。ペアの相手がその場から動いていないか……」

「人を襲うフィラか、だね」

「ああ。どうしてか、自我とでも言うべきものがないフィラはペアを組まなくても行動できる仕様になっているからな。その可能性も十分にあり得る」

 俺たちと敵対関係にあるフィラである可能性があるという事である。


「ペアを組まなくてもいいなら、雨の効果もないよね……」

「ないな」

「どうしてこんな仕様になっているんだろう」

「さあな。自分たちが一方的に有利になるレゲスは第7氾濫区域でもあったし……まあ、敵の趣味だな。なんにしても音の主は敵と考えて今は動こう」

「分かった」

 俺とカラジェは周囲を警戒しつつ、マンションの探索を進める。

 するとこの階には階段以外には特に何もないようだった。

 また、他の階よりも少しだけ作りがしっかりとしているようで、雨漏りをしている場所も少なかった。

 この分ならば雨が止むまでこの階まで留まるのもありかもしれない。

 上の階から音が聞こえなければだが。


「行くぞ」

「うん」

 この階の探索が終わったところで、俺とカラジェは次の階に上がる。

 そして通路の角や物陰に身を潜め、些細な違和感も見逃さないように気を付けつつ進んでいく。


「高速道路が……」

「ああ、どうやらこの階から移動できるみたいだな。雨が止めばだが」

 この階は高速道路がマンションの中心を貫き、階全体を二分しているようだった。

 高速道路を挟んだ先のマンション部分に移動することは、階段が見当たらなかったことと、このマンションの空間がおかしくなっていることを考えると、そう簡単には行けないだろう。

 で、肝心の高速道路への移動だが……雨風に晒されている庭園に、高速道路の防音壁に付けられた扉が見つかった。

 うん、これでは移動できないな。

 海水によるペア解除がグロバルレゲスである以上、マンションから高速道路に移動してもペアが解除されたままで、海水を真水によって落とすのが制限時間までに出来るとは思えない。

 なお、雨が止んでも地面が乾くまで移動する事は出来ない。

 地面についても海水は海水のままだろうしな。


「それだけじゃなくて、アレも排除しないといけない相手だよね」

「そうだな」

 さて、俺たちのマンションからの移動を阻むものは雨だけではない。

 そして、それは現時点で最も脅威となるものでもある。


「rwじゅ……じぇえybぇl……」

 そいつは全身に金属製の鎧を着けていて、両手には金属の両刃剣を一本ずつ持っている。

 赤い紐は見えず、雨の中で俺たちが居る方を見て、武器を構えている。

 うん、確実に敵だな。

 雨そのものは鎧で完全に防ぐ事が出来るのかもしれないが、赤い紐がないということはそういう事だ。


「どうやって攻める?」

「とりあえず俺のレゲスを使う。俺たちの場所はバレているが、俺の指差しが攻撃と分かるのはマーキング出来てからになるはずだ。そもそも相手が全身海水まみれである限り、迂闊に触ることも出来ないからな」

「分かった」

 俺はカラジェに適当な鉄材を持ってもらって、相手が接近してきた時に備えてもらいつつ、物陰から指差しを始める。

 だが……


「10秒経ったよ?」

「……。レゲス無効化のレゲスか……」

「ありなのそれ……」

「アリです。第7氾濫区域のダイ・バロンがそうでした。泣きたい……」

「うんまあ、レゲスが効かないとイーダはね……」

 全身鎧のフィラに俺のレゲスは効かなかった。

 間違いなく10秒以上指差しているはずなのに、マーキングは行われなかった。


「あうえう……yjwrl……」

「動き出した……」

「相手に触れるなよ……」

「分かっている」

 そして何故か全身鎧のフィラは俺たちの方へと向かってくる。

 どうやら、攻撃を仕掛けてくるらしい。

 雨が降っていない場所にまで入ってくる。


「じえいあy!」

「させない!」

 そうして全身鎧のフィラの剣とカラジェの持った鉄材がぶつかり合った。

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