21:潮の雨-2
「これは……」
「……」
堀埣さんとの通信終了後。
俺たちは第8氾濫区域の南西部を目指して移動を再開した。
そうしてジャングルを抜けた俺たちが目にしたのは……
「マンションでいいのか?」
「たぶん、そうだと思う」
様々な材質の建物を積み木のように重ね合わせ、組み合わせ、絡み合わせていき、他のエリアの上を走っていた高速道路も飲み込むほどに高くなった巨大な建造物だった。
「でもイーダ。私が知る限り、カロキソラ島にこんなマンションはなかったはずだよ。建物で一番大きいのはホテルだけど、そのホテル以外の建物は高くても、みんな二階建てまでだったはずだもの」
「まあ、カロキソラ島はリゾート地。それもどちらかと言えば隠れた高級リゾート地って話だもんな。だったら縦よりも横に大きい方が普通か」
さて、このマンションについてだが、カラジェには部分的な見覚えもないと言う。
つまり、この建物はカロキソラ島が第8氾濫区域となってから、様々な建物や建物でないものを材料として作り上げられた建造物であるらしい。
そして、よく見てみれば、コンクリート、金属、木材だけでなく、石材を使っている部分もあるし、生物の肉、骨、皮を使っている部分もある。
当然、窓やベランダ、一階ごとの高さも安定していないし、この分では雨漏りなども相当しそうだ。
総評するならば……混沌としていて、いまにも崩れそうで、出来ることなら入りたくない建物、となる。
「とりあえず、中に入ろう。他のルートを進むのは無謀そうだしな」
「分かった」
なお、他のルートは俺が流された川が伸びていて通れなかったり、様々なローカルレゲスが入り乱れるマルメルフータンが壁のように伸びてきていたり、地面が異臭を放つ黒い何かに覆われている上に立っている生物が誰も居ないという、進むのが極めて難しいあるいは不可能なルートばかりである。
なので、第8氾濫区域から脱出するならば、このマンションを上り、高速道路に移動する、と言うのが最も現実的で安全なルートだった。
「中は……あー、大丈夫か?」
「うっ……」
マンションの中はおおよそ外見通りだった。
ただ、生物素材の部分で生物の内臓にしか見えない何かが脈打っている光景はカラジェに効いたらしい。
嫌悪感と吐き気を催しているようだ。
「さて、可能ならローカルレゲスの見極めをしたいところだが……カラジェ、違和感とかはあるか?」
「吐き気ならあるけど、違和感はないよ」
俺たちはマンションの中を進んでいく。
高速道路を利用して電気を得ているのか、微妙に暗いが黄色い照明が点いている。
また、天井の穴が上手いこと、あるいはワザと繋げたのか、時々赤い月の光が差し込んでいる場所もある。
なお、照明のデザインがエビぞりになった人間の口から照明を生やしているものだったり、妊婦の腹を光らせていたり、様々な動物の顔同士を融合させた物の目を光らせているものだったりする件については、俺が突っ込んだり、驚いたりすることはない。
氾濫区域ではよくある事だからだ。
「はぁはぁ……」
「大丈夫か?カラジェ」
「大丈夫じゃない……。イーダが何で大丈夫なのかも分からない……」
「慣れということにしておいてくれ。後、カラジェが無理に慣れる必要は別にないからな」
「うん……」
その代わりにカラジェは心底疲れているようだった。
まあ、こればかりは慣れ、あるいは元々の素養次第な面があるからしょうがないだろう。
俺が大丈夫なのは……きっと慣れだけではなく、俺の根源の一つが魔女ランダである影響もあるだろうな。
「少し休むぞ」
「うん……」
俺は第7氾濫区域から脱出した後に暇を見て、魔女ランダについて調べてみている。
その結果として分かったが……魔女ランダは人の死や災厄に対して深い関わりを持っている神性存在。
ランダが関わる神話や宗教では、悪を象徴し、神獣バロンと対を為して終わりのない戦いを繰り広げる存在。
信仰されている地域は……おおよそで言うなら東南アジア、つまりはこの辺。
ダイ・バロンとの反りの合わなさに、俺が少女の姿をしていることも、魔女ランダの力の影響を受けているからだろう。
「……」
実のところ、俺に力を授けている存在は魔女ランダだけではない。
魔女ランダが一番メインで力を授けているのは間違いないが、他にも俺に力を授けている存在自体は居るし、その中には魔女ランダと比較して木っ端のような存在も居れば、同じかそれ以上に力を持っているのではないかと思う存在も居る。
では、彼らは何故、俺にレゲスやマテリアと言う形で力を授けてくれているのか。
「イーダ?」
理由は様々だ。
魔女ランダのように氾濫区域を作っている連中が気に入らないと言う存在も居れば、なんとなく程度の気持ちの者もいるだろうし、俺に力を授けた方が氾濫区域内部で起きている出来事が面白くなると考えている者もいるだろう。
そして、俺を通じて新たな信仰を得ることを目的としている者も居るはずだ。
だからこそ、氾濫区域を作っている連中……ダイ・バロンは、そうした力を授けている者たちの事を、自分たちが作る何かのために力を出してくれたものとして、出資者と呼んでいるのだろう。
「いや、何でもない」
「そう、ならいいんだけど」
ダイ・バロンとその仲間に関する手掛かり。
俺自身のためにも、この世界のためにも何時かは手に入れなければいけない手掛かりだが……やはり今は脱出を目指すべきだな。
何せ、今の俺の死は俺だけで済む話ではないのだから。
俺と違ってカラジェに復活する手段はないのだから。
「雨が降ってきたね」
「みたいだな」
どうにも磯臭い雨が降ってくる中、俺とカラジェはマンションの奥へと進んでいく。