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18:ジャングル-3

「イーダ」

「分かってる」

 俺たちは蝶たちを始末しつつ、ジャングルの奥へと進んでいく。

 すると途中から蝶たちの姿が無くなり、その代わりに銃声のようなものが聞こえ始める。

 蝶たちの性質も考えると、まず間違いなく蝶たちあるいは本体と誰かが戦っているという事だろう。

 だから、もしも人間が襲われているならば、助けたいところではあった。


「ーーーーー!」

「……」

「これって……」

 その怒号が聞こえるまではそう思っていた。


「カラジェ。無暗に姿を晒すな。そして急ぐな。冷静に状況を判断して、助けるべき相手かどうかを見てから助けろ」

「そう……なるよね」

 土に触れた生命体を分解するローカルレゲスが存在するエリアを間に挟んだ場所にいるカラジェに対して俺はそう言うと、手近な樹の幹の裏に姿を隠す。

 カラジェも少々悩みつつも、腰を屈め、目立たないように行動を開始する。

 その理由は単純。


「馬鹿野郎!逃げ回ってんじゃねえ!!手前らは俺たちの盾だろうがよ!!」

「ああそうだ!銃を持っていないお前らが出来る仕事なんぞ、命を張ってこの化け物の攻撃を止めることだけなんだから、きりきり働きやがれ!」

 怒号には違いない。

 だが、そこに含まれる意思は、自分と仲間が傷つけられる事に対する怒りではなく、仲間が自分たちの思い通りに動かないと言う癇癪。

 そして、先程から聞こえる悲鳴の中には、10秒と言う蝶たちが攻撃行動を起こす間隔に合わないばかりか、銃声と同時に聞こえる悲鳴も混ざっている。


「イーダ……私は……」

「……。助けたくない連中も混ざっているが、それ以上に助けるべき人間も混ざっている。腹立たしいことこの上ないがな」

 まず間違いなくこの怒号の主は味方を撃っている。

 味方ごと敵を撃っているのか、逃げ出そうとした味方を撃っているのか、あるいはただの癇癪で味方を撃っているのかは分からないが、それだけは間違いない。


「「……」」

 やがて俺とカラジェの間にある草木の無いエリアの領域は、エリアが地下に潜ったか、空中に上がったかの結果、俺でも飛び越せるような幅になる。

 それと同時に、高い湿度と温度の結果として濃い靄がかかっているエリアと、微妙に空気が歪んでいるエリアの二つが、マーブル状に混ざり合って壁となる形で、俺とカラジェの前に立ち塞がる。

 そして、壁の向こうには、数十の人影と巨大な機械の頭があった。


「死にたくねえならそいつの口を開かせないか、あるいは閉じさせないかのどちらかをしやがれ!そいつが口を開く度にこの忌々しい歯車の蛾が生み出されるんだからよ!」

「そ、そんなの……ぎゃっ!?」

「やれないじゃなくて!やれ!こいつみたいに死にたくはねえだろうが!!」

 その光景は一言で表すならば惨状。

 無能な指揮官であるショットガンを持ったガラの悪い男の指示で、粗末な手製の盾と槍を持った他の男たちが巨大な機械の頭に突っ込んでいく。

 そうしてある者は機械の頭の巨大な口に見合った大きさの歯で圧し潰され、ある者は機械の頭が口を開く度に生み出される歯車の蝶によって心臓を挽き潰され、少しでも逃げ出そうとする素振りを見せた者は銃を持った男たちによって撃ち殺される。

 そして、肝心の機械の頭の討伐は……まるで進んでいない。

 当然だ、高さ3メートル近い全てが金属で構築された人の頭を模した機械に通用する攻撃など、普通の人間が持ち合わせているはずがないのだから。


「こんなのって……」

「正に無能だな……」

 この光景にカラジェは絶句し、俺は思わず吐き捨てる。

 間違いない。

 奴らは救うべきでない人間、カラジェが決死の思いで殺した連中と同種の人間。

 『インコーニタの氾濫』によって今までの全てが崩壊した世界で、人としての秩序、倫理、あるべき姿を自ら捨てて、獣として堕ちた屑共である。


「だが、助けざるを得ない。カラジェ、本当に悪いが『魔女の黒爪』をあの顔に向かって投げてくれ」

「……。分かった」

 しかし、それでもやるべき事はやらなければならない。

 だから俺は内心でこの上なく申し訳なく思いつつも、カラジェに『魔女の黒爪』の投擲を頼む。


「ふんっ!」

 そうしてカラジェは複製した『魔女の黒爪』の一本を投擲。


「いいから……ひぃっ!?」

 投げ槍のように投げられた『魔女の黒爪』は銃を持った男の側頭部を掠めて飛んでいき……


「wy9d9!?」

 巨大な機械の頭のフィラの右目下に突き刺さる。

 さて、これで後は警告するだけだな。


「死にたくないなら、10秒以内にそのフィラから離れろ!っと」

「……」

「誰だ手前らは!!」

 俺が警告を行うと同時に、男たちがこちらに向かって一斉に発砲してくる。

 そのため、俺は危険なエリアを飛び越えて、カラジェの背後に移動。

 全ての銃弾をカラジェの鋼鉄の甲殻によって弾いてもらう。


「本当に屑……なんでこんな奴らを……」

「悪い……。もう一つ警告しておいてやる!今からでも遅くはない!真っ当な人間になって、外からの救出を待て!」

「俺に意見してんじゃねえよ!この化け物に銀髪!!」

「おいっ!誰かあいつらの場所に行きやがれ!!ぶっ殺すぞ!!」

 俺の声が聞こえなくなる程に多くの銃声が響く。

 だが、危険なエリアが壁となってくれているおかげで、男たちが俺たちに接近することはできない。

 撃たれる銃弾もカラジェの甲殻の前には無力であり、俺はカラジェの背に隠れたまま、男たちから少しずつ離れていく。


「うわあっ!!」

「な、なんだこれは!」

「ぎゃああああああああああ!!」

「た、助けてくれええぇぇ!!」

「っつ!?クソがああぁぁぁ!!」

「許さねえぞ!覚えてやがれ銀髪ううぅぅ!!」

 やがて機械の頭のフィラは黒い液体に変化し、黒い液体が気化して生じる黒い気体が触れた者たちを悉く黒く染め上げ、崩壊させ、命を奪い取っていく。


「カラジェ。本当に悪い。盾にして、『魔女の黒爪』を投げさせて、あんな奴らを助けさせて」

「……。イーダは悪くないよ。悪いのは……人のフリをしているあの悪魔たちなんだから」

「……。そうか」

 そして俺たちは背後から響く阿鼻叫喚を聞きつつも、ジャングルの外を目指して移動を始めた。

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