17:ジャングル-2
「はぁはぁ……」
カラジェと合流するどころではなくなった。
とんでもない奴らに絡まれた。
俺は引き潰された左手の指をタオルで抑え込みつつ、それらの位置と動きを確認。
「来る!」
そして、それらが動き出した瞬間に俺は横に跳躍。
直後、植物の幹を抉る音が幾つも周囲から響き渡り、音源の幾つかはそこから更に他の木々を押しのけて倒れる音へと変化する。
「はぁはぁ……クソ、なんなんだこいつらは……」
立ち上がった俺は再びそれらを見る。
「フィラなのか、マテリアなのか……本当になんなんだこいつらは……」
俺が襲われているそれらとは……簡単に表してしまえば、人の耳朶を翅とし、複数の歯車を噛み合わせて作った胴体を持つ蝶。
正確な数字はわからないが、おそらく9秒ほどかけてその場で周囲の探索を行い、目標するものの位置を探索。
それから1秒間目標がある位置に向けて、途中にあるもの一切を歯車の胴で引き潰しながら飛行すると言う行動パターンを有する化け物。
そして、その数は……俺の周囲にいるものだけでも30は確実に超えていた。
「来るっ!」
再び蝶たちが突っ込んでくる。
俺の胸めがけて、蝶特有の飛行方法として微妙に上下左右にぶれながら、木々の破砕音だけを響かせて、突っ込んでくる。
だから俺はもう一度脇へ向かって跳び、すれ違いざまに何匹かの蝶に俺の体液を含む水を浴びせ、指差しも始める。
「俺のレゲスは有効……っと!」
10秒間の指差しにより、水を浴びた蝶が俺のすぐ近くで黒い液体に変化し、黒い液体から発生した黒い煙は俺に向かって突っ込もうとした他の蝶たちを巻き込んでいく。
「ただし、有効なのは変化させることだけってか……」
だが、周囲の木々が黒く染まり、崩壊していく中で、黒い煙に巻き込まれただけの蝶たちは普通に煙を超えて突っ込み続けてきた。
だから俺は再び跳躍して、攻撃を回避する。
「生物ではない。だが、マテリアにしては数が多すぎる。こいつらは本体となるマテリアかフィラの子機と見るほうが正解なのかもな……」
俺は蝶たちが周囲の状況を探査している間に、踏み入っても大丈夫なエリアを確認。
その上で走って蝶たちから距離を取る。
するとそれだけで、蝶たちは探査を終えると同時に俺のほうへと向かってくるが、1秒経った時点で、まだまだ距離があるにも関わらず追いかけることをやめて、再び探査を始める。
「はぁはぁ。移動する距離は固定。完璧に機械だな。となると、移動も必ず俺の胸めがけてだったし……心臓の鼓動でも感知しているのか?」
だいぶ分かってきた。
こいつらは本体ではなく、特定の命令に従って行動する機械。
恐らくは人の心臓の音に反応し、殺害するためだけに存在し、活動している。
「となれば、本体はフィラはフィラでも、心臓がない機械のようなフィラなのかもな。とりあえず使い手が人間じゃないことは確かだ」
レゲスに自身だけを対象外にするような器用さは、そう記されていない限りはない。
つまり、この蝶たちを使役している何かは、こいつらが反応するための音を発しないフィラと言うことになる。
そして、これまでにこんな蝶の姿を見なかったということは……ほぼ間違いなく、このジャングルのどこかに本体となるフィラが居ると見ていいだろう。
「カラジェも遭遇し始めたか……」
この場にない俺の指たち……カラジェのレゲスによって複製された『魔女の黒爪』が何かを刺し貫いたり、叩き壊したり、レゲスによって何かを黒い液体に変化させる感覚が伝わってくる。
距離もだいぶ近い。
どうやら、カラジェもこの蝶たちに遭遇し、応戦を始めたらしい。
「逃げ場を失わないように気を付けないとな……」
カラジェの動きに淀みや焦りの類は見られない。
ただ、壊すペースからして、向こうにいるであろう蝶の数も同じ程度のはずである。
となると……カラジェの甲殻をこの蝶たちの力では破壊できないのかもしれないな。
それならば嬉しい話である。
「イーダ!」
「カラジェ!」
と、ここで木々が無くなることによって視界が開け、カラジェの姿が俺の視界に入ってくる。
カラジェは四本の腕にそれぞれ『魔女の黒爪』を持ち、突進してくる蝶を片っ端から壊していっている。
ラルガたちの姿はない。
あの二人と合流できないのは残念ではあるが……現状を考えたら、居ないのはむしろ好都合なものかもしれない。
「カラジェ!こいつらの本体がどこかにあると思うんだが、それは分かるか!?」
「ごめん!分からない!でも、あっちの方から来ている数が多いから、そっちに何かあるとは思う!」
「分かった!もう一つ言っておくが……」
「分かってる!このジャングルには幾つもローカルレゲスがあって、その草木がないエリアは絶対に入っちゃダメだって事も!」
「ならよし!」
カラジェが『魔女の黒爪』で指した先は、森の奥の方だった。
だが、土に触れた生命体を分解するというローカルレゲスを持つエリアが俺とカラジェの間に広がっていて、そのエリアを通らずに合流するためには、その蝶が来る方向に向かう方が早そうではあった。
となればだ。
「本体を潰すぞ!こいつらを放置したら、どこまで追ってくるか分かったものじゃない!」
「分かった!」
この蝶たちの本体へ向かい、本体を潰し、その上で合流するのが良い。
俺たちはそう判断した。