14:ハイウェイ-4
「待って、本当に待って。どうしてお嬢様がここに居るの。どうしてお嬢様の隣に私の顔をしたフィラが居るの。私は間違いなくカーラなのに。私には姉妹なんて居ないのに。なんでどうして!?お嬢様はこの事に気付いているの?もしも気が付いていないなら教えなくちゃ、そこに居る私は私の顔をした別人だって教えないと。でないと……ああでも、お嬢様が警戒をしていないから、少なくとも表面上はrwじゅhtl……」
「……」
カラジェはかなり混乱しているようだった。
口を噛まないのが不思議な速さで言葉を呟き続けている。
と言うか、俺ですらカラジェの言葉が聞き取りづらくなってきているな。
止めないと拙そうだ。
「落ち着け」
「んごっ!?」
と言うわけで、俺はお嬢様とやらにアイコンタクトで許可をもらった上で、ある程度大きくした『魔女の黒爪』をカラジェの頭部に向けて回転するように投擲。
その衝撃によってカラジェの思考を一度強制的に途切れさせ、落ち着かせる。
「イーダ。そこの蠍……カラジェと言ったかしら、カラジェが何を言っていたのかを私様に教えなさい」
「あー、色々と呟いてはいたんだが……要点をまとめるなら二つだな。一つはカラジェが人間だった時に仕えていた相手がアンタらしい」
「ふうん、私に仕えていた、ね」
「もう一つは人間だったころの自分の顔をしたフィラがアンタの隣に居る、だそうだ」
「!?」
痛みで頭を抱えているカラジェに代わって、俺がお嬢様とやらにカラジェの言葉を伝える。
そして俺の言葉にお嬢様は明らかに驚いた様子を見せる。
「そ、その蠍の精神がカーラだって言うの……そんな……確率的にあり得ないわ……『インコーニタの氾濫』に巻き込まれて生き残っているだけでも奇跡的、顔がそのままだっていうのもあり得ないレベルなのに……精神が別の肉体の中でちゃんと存在しているだなんてそんな……天文学的な確率に……誰かの意思だとでも……」
お嬢様は口を何度も開け閉めし、見るからに動揺している。
その様子を青髪眼帯のメイド……カラジェ曰く、人間だったころの自分の顔を持っている少女は不安そうに見ている。
当然ながらカラジェもまだ復帰していない。
これは……俺が場を進めるべきだな。
「ようし、とりあえずカラジェもお嬢様も落ち着け。まずは色々と確認しないといけないことがある」
「「「!?」」」
とりあえずは全力で手を打ち鳴らして、全員の混乱を途切れさせる。
「まず第一にお嬢様、名前は?」
「ラ、ラルガ。ラルガ・キーテイクよ」
「そっちのメイドさんの名前は?」
「こっちはギーリよ。顔は私の幼馴染で、よくしてくれていたカーラの顔をしているけど、中身は全く違うから、私がそう名前を付けたの」
「名前を付けた?」
「この子は殆ど喋る事が出来ないし、文字も書けないの。意識自体は確固としたものだけど、たぶんだけど、元々名前もなかったんじゃないかしら。あ、悪い子でないことは保証するわ」
「なるほど」
「ほっ……」
「……」
はい、とりあえずこれでカラジェの懸念事項は解消、と。
ラルガお嬢様はギーリがカーラの顔をした別人である事を分かって連れている。
そして、これまでのやり取りからして、ラルガお嬢様は相当賢い。
その彼女が悪い子でない事を保証するのであれば、信用しても大丈夫だろう。
これまでのところ、妙な動きを見せたりもしていないしな。
「はい第二、お嬢様。アンタはさっきカーラの顔と精神が、『インコーニタの氾濫』に巻き込まれたにも関わらず、元の状態を保ったまま、それぞれ別に存在しているなどありえない。そう言ったな」
「え、ええ。確かに言ったわ」
「俺はとある情報からそれがあり得ると言える」
「……」
俺はラルガお嬢様が先程放ったあり得ないと言う言葉を否定する。
その根拠はとてもシンプルだ。
「『インコーニタの氾濫』という現象は悪意ある何者かによって起こされている。それも無数の悲劇を生み出して撮影するというクソったれな理由でもってな」
「えっ!?」
「?」
「……」
俺の言葉にカラジェは驚きの声を上げ、ギーリは首を傾げ、ラルガお嬢様は眉根を顰める。
「そんな話聞いたことも見たこともないわ。一体どういうこと」
「だろうな。この情報は第7氾濫区域の生き残りの中でも直接知っているのは俺ともう一人だけ。それ以外にしても一般向けや軍向け程度のレポートには記載されなかった話で、データ化も厳禁とされた情報だ。知っているのは氾濫に関わる政府、軍、研究者の人間の中でも更に一握りに限られている話だ」
秘匿された理由は……まあ、色々だ。
相手の正体や規模が分からないというのもあるが、単純に知ってしまうと、それだけでさらなる悲劇を生み出しかねない情報だからである。
「そして、誰が何と言おうとも、これが事実だ。奴らは悲劇を生み出すために『インコーニタの氾濫』を起こす。だから……」
「両親だったものを娘に殺させる。それくらいのことはさせるってことね……」
「そういう事だ。友人の顔を自我の無い獣に貼り付けるくらいの事はしてくるぞ」
「そんな……」
俺とカラジェはラルガお嬢様の言葉に、氾濫が起きてから、これまで彼女の身に起きた、悪意に満ちた出来事を察する。
そして、彼女の両親に内心で哀悼の意を捧げ、申し訳なさを感じつつも、俺は彼女との協力関係を築くための言葉を紡ぐ。
「そんなわけでな。確率的にはあり得ない現象であっても、それが趣味の悪い見世物としてよさそうだと判断したら、奴らは仕込んでくる。カラジェの顔と精神を分けてきちんと存在させるぐらいの真似はお手の物ってことだ」
「胸糞悪いわね」
「まったくだ。そんなわけで、協力関係を築くためにも……」
だが、そこまで俺が言った時だった。
「イイイイイイィィィィィダアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!」
「「「!?」」」
高速道路の下から頭を撃ち抜かれたはずのダイ・バロンが現れ、その一撃によって高速道路が崩壊し、俺とカラジェの体が宙を舞い始めた。