13:ハイウェイ-3
「先に言っておくわ。私様がいいと言うまでに動いたら、その時点で敵と判断し、撃たせてもらう」
「……」
俺とカラジェに声をかけている少女は、俺たちの背後に居る。
そのためにこちらから姿を確認することはできない。
まあ、それについては別に構わない。
氾濫区域と言う危険がそこら中に転がっている空間で、俺とカラジェと言う見た目からして純粋な人間ではない二人に話しかけるのだ。
それならば、最大限の警戒と優位な位置取りを心がけるのは当然と言える。
そして、わざわざ警告する点からして、レゲスに関わらない限りは、交渉の余地があるということでもある。
「特にそっちの銀髪。貴方については私様に向けて指を向けた時点で敵対行為と見なさせてもらうわ」
「……。分かった」
で、どういう経緯かは分からないが、相手は俺のレゲスについての知識がある、と。
先程までのダイ・バロンとの戦いで見られたか、第7氾濫区域について書かれたレポートを読んで読み取ったのかは分からないが……まあ、バレているならバレているでいいか。
「嘘……でも、この声は……そんな……」
カラジェは……横目で見る限り、目を大きく見開いて、何か呟き続けているな。
どうやら、何かしらの信じがたい現象が起きているらしい。
「貴方たちの名前は?」
「俺は辰砂イーダだ。こっちはカラジェ。カラジェは言葉は聞けるが、話すことは出来ない。だから、そっちの質問には俺が答えよう」
「そう、話せないの。まあいいわ。紐があるなら理性の証明には十分。何も問題はないわ。イーダ、貴方が私様に嘘を吐かなければだけど」
「……」
なんとなくだが気配が重くなる。
これは返答を間違えたら撃たれるな。
そうなるとカラジェが死ぬ。
うん、可能な限り誠意をもって答えるべきだな。
「二人ともこちらを向きなさい」
「分かった」
「は、はい……」
俺とカラジェは声の主のほうを向く。
そこに居たのは、タイヤを空転させている車に乗った二人の少女。
一人はスナイパーライフルと呼ばれるようなものを背中にかけ、手には切り詰められたショットガンを持ってこちらに向け、元は白系統の色合いだったであろうワンピースを着た金髪碧眼の白人の少女であり、微妙に濁った瞳でこちらを見ている。
どうやら、こちらが俺たちに声をかけてきていた方のようだ。
そしてもう一人は青い髪をポニーテールでまとめ、二本の曲がった角を生やした褐色の肌の少女だが、こちらはメイド服に革の眼帯という少々独特な恰好をしている。
こちらは車の中から微妙に怯えた目で俺たちを見ている。
で、二人の間にはペアを組んでいる証拠である赤い紐がきちんとある。
「逆じゃないのか、って目ね」
「まあな。ま、話が通じるなら問題はない」
声をかけてきたほうの少女はおそらく人間。
青髪メイドのほうはフィラで間違いない。
普通ならばフィラであるメイドのほうがレゲスもあって、主導権を握りそうなものだが……まあ、気にすることではないか。
戦闘でも交渉でも使い物にならないレゲスだってあるしな。
「で、用件は?即座に撃たずに声をかけてきたということは、何かしらの要件があるんだろう」
「ええ、あるわ。けれどその前に一つ。貴方が辰砂イーダであると証明する方法は?」
「許してもらえるなら、適当な対象に対して俺のレゲスを使うが?」
「却下ね。公表されているレポート通りなら貴方のレゲスは危険極まりない。『崩壊の魔女』なんて呼び方をネットの一部でされているのにも納得がいくわ」
「『崩壊の魔女』って名前は初めて聞いたな……」
「今の反応で本物って分かったわね。本物でなければ、そう言う意図で話したけれど、世界のどこにもない言語で話した言葉なんて分かる訳がないもの」
「……」
どうやら俺は上手く嵌められたらしい。
いやまあ、確かに俺の目と耳はきちんと意思をもって書いたり話したりした言葉については自動で日本語に翻訳されるし、こちらから相手に伝える時も言葉に限っては勝手に翻訳されるようになっているし、この事は第7氾濫区域の一件が終わった後の会見だなんだで世間にもバレているが……それを利用して、俺の本人証明がされるとは思わなかった。
「さて、こちらの要件だけど、簡単に言ってしまえば情報交換ね。外の様子や救助の有無、それに外へ出るための条件。いろいろと聞きたいことがあるわ」
「交換ね。そっちが払う対価は?」
「脱出のための足と戦力。ああ、私様の頭と技術を以ってすれば、他にも色々と出来るわよ。それじゃあ駄目かしら?」
「足と戦力……ね」
そう言うと少女は自分が乗っている車を踵で叩く。
今更な話だが、どうやら、少女の乗る車は、このモーターやエンジンが勝手に回ってしまう高速道路でも使えるように改造された特別製であるらしい。
それならば確かに足として使えるだろう。
そして戦力として使えるのは、気づかれていなかったとはいえ、空中を移動している最中のダイ・バロンの頭部を一発で射貫いて見せたことから証明済み。
と言うかぶっちゃけた話として、相手が特殊なレゲス持ちでない限りは俺よりも彼女のほうが多分強い。
「分かった。応じよう。そう言うわけだからカラジェ……」
結論、情報交換に応じない理由がない。
と言うわけで、俺は少女の話に応じることにした。
だが、今の俺は一人で行動しているわけではない。
だから一応ではあるが、カラジェに交渉に応じることを伝えようとして……
「お、お嬢様!?それになんで私の顔が!?」
「は?」
「?」
カラジェの叫びに大きく首を傾げることになった。
「本当に喋れないのね。でも、意図はありそうだし、これなら材料さえあれば翻訳機とかも作れるかしら」
だがこれだけは確かだろう。
この少女こそがカラジェが時々言っていたお嬢様なのだ。