6:少女になって-5
「はっ!?」
意識が戻ってくる。
「か、身体は……」
そして、直ぐに身体の状態を確かめる。
だが、俺の身体は傷一つ無いどころか、床の上で転がっている間に付いたであろうものを除けば、汚れ一つ無かった。
あれほどまでにだるくて、完全に熱中症や脱水症にもなっていたはずなのに、その痕跡もない。
万全としか評しようのない状態に俺の身体はなっていた。
あの異形の攻撃と俺自身のレゲスによって、俺は間違いなく死んだはずなのにだ。
「……」
だが現実として俺の身体は元通りになっている。
であるならば、この現象にも原因と言うか、レゲスが関わっていると見るのが妥当だろう。
そして、俺自身のレゲスが現状自爆率100%のアレである以上、この復活の根幹にあるのは……
「着用者を不死にする首輪とは……また大それた代物だな……」
安息の間で手に入れた鎖付きの首輪、『月が昇る度に』以外に無いだろう。
「けれど、ありがたい限りだ。これを身に付けている限り、死ぬ心配はないんだからな」
俺は首にある『月が昇る度に』に触れると、もう一度しっかりとその姿を確かめておこうと思い、外そうとしてみる。
「あれ?」
だがしかし。
「あれ、えっ、ちょっと待って」
だがしかしだ。
「……」
『月が昇る度に』は外せなかった。
と言うよりも……
「外すためのパーツが消えてる……だと……」
外すための仕掛けが存在しない。
昔のゲームで言う所の呪いの装備品だった。
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺は直ぐに絶叫した。
外せない不死化の装備など碌でもない諸々を招きよせる未来しか見えてこないからだ。
「くっ、それでも……それでも、もう二回も、コイツには救われているんだ……だったら……受け入れるしか……ない……」
だが『月が昇る度に』に救われているのもまた事実。
そう思ったら……外せないくらいのデメリットは受け入れるしかない。
いずれ、厄介な未来は招くかもしれないが、もしかしたら世界の何処かにはこういうのを外すための道具だってあるかもしれないのだから。
「はぁ……うん、行こう。準備を整えて、何処か安全な場所を見つけないと……」
いずれにしても、今の俺が死ぬ事は無い。
これは好意的に捉えるべき事柄。
俺はそう心の中で踏ん切りをつけると、ホテルの中を歩き回り始めた。
まずは食料に飲み物を、それに可能なら俺のレゲスについて幾つかの検証を。
そして、それが出来たならばホテルの外に出て、氾濫区域からの脱出あるいは安全な場所を探す。
これが今の俺がやるべき事である。
「何と言うか……ツラい」
現状がどれほど厳しくて、泣き叫びたい状況であっても、だ。
----------
「さてと」
俺はそれから、どうしてかまた花弁が12枚になっていた紅い月の花弁が、2枚落ちて消えるほどの時間をかけてホテルの中を探索。
どうしてか倒れる前までは大量にあったはずの血が消失して、入れるようになった一階の調理場までやって来ていた。
その結果は……まあ、今、テーブルの上に載っている品々からして、上々と言っていいのではないかと思う。
「不味いけど、水よし」
まず水と言うか飲料はホテルの各部屋の冷蔵庫に入っている物を頂いてきた。
『インコーニタの氾濫』の影響か、大半は駄目になっていたが、何本かは器も中身も大丈夫そうだったのだ。
万が一毒物が混ざっていても……まあ、一度死ぬだけで済むだろう。
「食料も良し」
食料についてもほぼ同様。
ホテルの調理場と思しき場所にお菓子があった。
こちらも大半は駄目になっていたが、幾つかは食べられそうだったのだ。
「リュックよし」
リュックについては……本当に運が良かったとしか言いようがない。
色んなデザインのリュックや服が混ざったためか、持ち手の長さが左右で違ったり、よく言えばパッチワークな見た目だったりするが、レゲスを持たない普通のリュックが手に入ったのだ。
しかも、このリュック、ベルト付きなのでそこまで安定性は悪くないし、ベルトにハンガーと洗濯ばさみでちょっとした仕掛けを作れたのだから、むしろ普通のよりも良いくらいかもしれない。
「仕掛けも……よし」
で、その仕掛けとやらだが……まあ、早い話が丸めたタオルをハンガーと洗濯ばさみで、緩く止めて、簡単に取り出せるようにしてあるだけだ。
実験済みなので、これで効果がある事は分かっている。
「さて……」
そして、他にもホテルの探索を行った結果として分かっている事がある。
「『此処は流血ホテル。ローカルレゲス:水は液体から気体にならない』」
まず、例の文字は発見した。
で、読んでみたのだが……特に何も起きなかった。
もう既に誰かが読んでいたのかもしれない。
それでも俺の中に何かが蓄積する気配は有ったので、読む意味はあったのだろう。
「と言うか、水が気体にならないってあんなに厄介なんだな……」
なお、言うまでもなくあの異形から逃げている時に熱中症になったのはこのローカルレゲスが原因である。
気化熱と言うのが、体温調節においてどれほど重要な物なのかが、よく分かるな。
「後、水がどうして引いたのかは分からないままなんだよなぁ……まあ、別にいいけど」
一階の水が引いた原因は……よく分からない。
普通に考えれば水を溜める原因になっていた何かが無くなったからなのだろうけど、氾濫区域ではそんな常識が通じるとは限らないと言うのは既に身に染みている。
それこそ、俺が死んでいる間に水ならいくらでも呑み込めるレゲスを持った異形が、ホテル一階に溜まっていた水を全て呑み込んでいった可能性だってあるし、もっと単純に俺が死んでいる間に地形が大きく変化した可能性だって否定は出来ないだろう。
「さて、そろそろ行くか」
いずれにしても此処で悩んでいても仕方がない。
と言うわけで、俺はリュックを背負うと、ホテルの正面玄関から外に出ようとする。
外は商店街のような場所であり、石畳の道にはホテルに溜まっていた血の沈殿物の一部なのか、赤黒い何かがこびりついている。
「おっ、丁度三枚目か」
空に浮かぶ紅い月からは丁度三枚目の花弁が落ちるところだった。
そして、花弁が落ちた瞬間。
「は?」
俺の足元はリンゴにバナナ、ブドウと言った果実で溢れかえった。
以降は一日一話12時更新となります。