11:ハイウェイ-1
「ん?」
高速道路を目指して階段を上る俺たちだが、異常は直ぐに始まった。
「イーダ、スマホが……」
「鳴っているな」
リュックに入れておいたスマホがバイブによって突然震え、鳴り始めたのだ。
普通の通信手段が使えない氾濫区域の中である上に、トラブルの原因になっても困ると言う事で電源も切ってあるはずのスマホがだ。
「「……」」
俺は一応リュックからスマホを取り出して見てみる。
すると確かにスマホは鳴っていたし、震えていた。
そして電源もきちんと切れていた。
「これって……」
「ローカルレゲスだろうな。高速道路の」
「幽霊とかの仕業……ではないんだよね」
「違うと思うぞ。ちゃんと電源も切れているし、バイブ部分だけが勝手に動いている感じだ」
「なるほど」
うん、間違いない。
これはローカルレゲスだ。
具体的にどういう物なのか分からないが、俺たちの身体に影響が生じていない事からして、機械にのみ影響を与えるものと考えていいだろう。
「とりあえず、警戒はしていこう。既に高速道路のエリア内ではあるようだしな」
「分かった」
俺たちは階段を上がり続ける。
すると俺たちの前に見るからに厳重そうな鉄の扉が現れ、その向こうからは……まあ、色々と妙な音が鳴り響いている。
「あの……イーダ……」
「行くぞ」
「あ、うん」
何となくだが、扉の先に何があるのかを俺は察した。
カラジェは不気味な音に対して微妙に腰が引けているが、これについては慣れてもらうしかないだろう。
氾濫区域で生き残るためには避けては通れない道である。
そして俺は扉を開けた。
「「「ーーーーーーーーー!!」」」
「うっ……」
「ああうん、こういう光景を見ると氾濫区域って思うな……」
扉の先には冒涜的な光景が広がっていた。
片側三車線の高速道路に、立派な防音壁、ヤシの木を混ぜて構築された中央分離帯までは良い。
冒涜的なのは……様々な車種の車と人間が融合させられ、その状態で車のタイヤなどが高速回転し、融合した人間が叫び声と殴打音を鳴り響かせる音楽が、ガソリンに引火して燃え盛る炎をバックコーラスとして高速道路中で響いている点である。
正に氾濫区域。
第7氾濫区域での流血ホテルを思わせる光景である。
「うぷっ……」
「吐くなよ。食った飯が勿体無い」
視覚と聴覚の両方から攻めてくる光景に耐えきれなくなったのか、カラジェがその場でうずくまり、吐き気を催す。
気持ちは分かるが……うん、やっぱり慣れてもらうしかないな。
きっとこの先にもこんな光景は続いているだろうし、よく見れば中央分離帯のヤシの木に付いている木の実も
目の前の光景で心が折れていたら、命が幾つあっても足りないだろう。
「イ、イーダは……」
「悪い。第7氾濫区域で慣れた」
「そう、何だ……うぷっ」
しかし、こういう光景を見ると、やはり『インコーニタの氾濫』が何者かの悪意によって作られた物だと言うのが良く分かるな。
そして、生き残った人間を苦しめる事で、これを見ている者たちを楽しませるためにも存在しているのだと言う事も。
「ローカルレゲスは……エンジンにモーターと言った回転できるものが回転し続ける、と言う所か?」
「だからタイヤが回り続けているの……?」
「たぶんな。こりゃあ、何時何処で限界を超えたエンジンが爆発なり暴走なりをしてもおかしくは……」
とりあえずローカルレゲスについては、燃料や電源が既に無くなっているはずのタイヤでも回り続けている事からして、特定の物体を回転させ続けるレゲスでいいだろう。
そうして俺が高速道路のローカルレゲスを特定した所だった。
「「!?」」
俺たちから幾らか離れたところから衝突音と爆発音が鳴り響いた。
「無いみたいだな……」
「だね……」
どうやら限界を超えた何かが防音壁にぶつかり、爆発したらしい。
そして、音の感じからして、爆発が連鎖する事は無かったようだ。
「早いところもう一度地上に戻った方が良さそうだな。長居をするには危険すぎる」
「分かった」
俺は左右に延びる道路の先を見る。
右はその先に海が見える事からして、元の世界で言えば東側に伸びている事になる。
左はその先に火山が見える事からして、元の世界で言えば西側に伸びている事になる。
どちらも途中にジャンクションの類があるのが見えるし、地上に降りる為の階段付きの柱もあるだろう。
となればだ。
「左だな」
「海は危険だから?」
「ああ。エリア一つを沈めてまで海水に触れさせようとしたと俺は思っているからな」
「分かった」
向かうべきは左、火山の方角だろう。
地上ルートで脱出できた人間が居る事を考えれば、そちらの方が多少は生存率が高くなるはずだ。
だから俺たちは火山の方角に向けて、周囲に注意を払いつつ進んでいく。
「イーダ」
「分かってる」
そうして一時間ほど道なりに進んだ時だった。
「この先で何かが起きてる」
俺たちの行く先、カーブの向こう側で何度も爆発音がするようになっていた。
その爆発音がする辺りからは、非常に嫌な気配もしていた。
「構えろ。何が来ても避け切れるようにな」
「分かった」
俺は水鉄砲を構え、カラジェは適当な鉄材を握った。
そして俺たちは爆発音の元が見える場所に飛び込んで見た。
「……」
「た、助け……ギャアアアアアアアアアァァァァァァァ!?」
手製の盾らしき物体を持った男が爆発四散する光景を。
バイクに跨り、朱い穂先の槍を手にし、振るう、獣の仮面を付けた、縮れた黒髪の男の姿を。
そのバイクが空を地面とするように自由自在に飛び回るその姿を。
そして……
「来たか……魔女ランダ……いや、魔女イーダ!」
「ダイ・バロン……!」
その男……ダイ・バロンは俺たちに向けてバイクを全速力で走らせ始めた。