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10:幕間-1

「これでよし、と」

 正直な気持ちを言わせてもらうのであれば。

 私は両親だったものを撃ち殺してしまった後、直ぐに後を追うべく自殺するつもりだった。

 化け物になってしまっていたからと、正気を失って私を殺そうとしていたからと、自分の手に在るものが水鉄砲ではなくショットガンに変わっていたのに気付いていなかったと、自分の行為を正当化する理由そのものは幾らでも思いついたが、そんな理由如きで私は私の罪を無かった事にするなど出来なかった。

 けれど私は生きる事を選んだ。


「……」

「心配しなくてもいい。私様は天才だからな」

 私のような矮小で醜い存在と赤い紐で繋がれてしまった彼女の為に。


「不安か?まあ、その気持ちは分からなくもない。けれど心配しなくていい」

 だから私は彼女を不安にさせないために、彼女を生き残らせるために、自分の知識と記憶を総動員することにした。

 まず第一に『インコーニタの氾濫』が起きた以上、ここはもうカロキソラ島ではない。

 ここは第8氾濫区域だ。


「私様は自他ともに認める天才だからな。安心して、私様の言うとおりにしてくれれば大丈夫だ」

 氾濫区域内部の情報は私も殆ど知らない。

 何処の国も自分の国の中に発生した不穏な現象の公表を控えているからだ。

 けれど去年の年末に発生して、一人のフィラの手によって、たった数日で破壊された第7氾濫区域については破壊済みである事と日本政府の方針なのか、報告書が一般向けにまで公開されていた。

 だから、私はその報告書の内容を思い出し、現在の状況に当て嵌められる点は当て嵌め、どうすれば生き残れるかを考える。


「……」

「これからか?これからは……とりあえず食料集めだ。後は水も必要だな」

 勿論、報告書の全てを当て嵌める事は出来ない。

 第7氾濫区域にあったレゲスを持たないものはレゲスを持つものを傷つけられないと言うグロバルレゲスが無い事は既に確定しているし、赤い紐を出現させるグロバルレゲスは第8氾濫区域独自のものだから。


「……」

「海水は駄目。人は飲めない。たぶん、貴方も」

 そう、赤い紐だ。


「……」

「人の肉は……出来れば食べたくない。倫理観や心理的にキツイと言うのもあるが、同族食いは色々とリスクが大きい」

 この赤い紐のせいで彼女は私と命を共有することになっている。

 青い髪をポニーテールにまとめ、二本の角を頭から生やし、脚の膝から先が犬のそれになっていて、私よりも頭一つ分は大きく、黒い目の片方を眼帯のマテリアで覆った褐色肌の彼女。

 フィラではあるけれど、自我を持っていて、本来ならばこんな血なまぐさい場で生き残る事ではなく、周囲の全てから祝福されるべき生命。


「食べるなら……こっち。鉄の味はするが、それだけだ」

「……。ーーー!」

 彼女は助かるべきだ。

 少なくとも、両親を殺した私よりは優先して生き残るべきだ。

 彼女は言葉が話せないし、見た目は立派な成人女性だが、少し触れ合えば誰だってそう思うだろう。


「さて、そろそろ高台とやらに……隠れて」

「……」

 物音がした。

 話し声も聞こえた。

 だから私は彼女と一緒に近くの物陰に身を潜める。


「……だから気を付けろって言ってんだろ。レゲスってのは何でもアリなんだからよ」

「みたいだな。空を飛ぶバイクなんて初めて見たぜ」

「「「……」」」

 現れたのは銃を持った二人と、その二人の周囲を手製の盾と槍を持って歩く人たちの姿。


「おっ、死体発見ー。ようし、めぼしい物を持ってないか調べろ。優先するのは弾に水に食料だが、金目の物も逃すなよ。どうせ、この中は無法地帯なんだ。死体漁りぐらいは咎められねえ。死体の再利用だってな」

「「「……」」」

 彼らは死体を見つけると、その懐を探り、自分たちに必要なものを回収していく。

 その中で盾を持っていた男性が死体からドル紙幣を抜き取り、自らの懐に収め……


「あ、何やってんだよテメエは」

「「「!?」」」

 銃を持った男に撃ち殺された。


「ーーーーー!?」

 そして撃ち殺された男と赤い紐で繋がっていたのだろう。

 直ぐにもう一人苦しみ出して、そちらも動かなくなる。


「言ったよなぁ。金目の物は俺の懐に。ネコババは許さねえって」

「「「……」」」

「おうおう、分かってりゃあいいんだ。おら、探れ。それがテメエらの仕事なんだからよ」

 彼らはそれからも周囲の探索を行い、やがて去っていく。


「ちっ、シケてやがる。あーあ、このままじゃホテルに居るリーダーにどやされちまうぜ。どっかに上手い具合に反抗してくれる謎の肉とか居ないかねぇ」

 こんな捨て台詞を残しながら。


「……」

「どうやら高台は死地になったらしい」

「……」

「ああ、絶対に行っては駄目だ。私様でなくても、今のを見たらそう判断するに違いない」

 どうやら『インコーニタの氾濫』の発生に伴って、倫理観が崩壊した連中が相当数出てしまったらしい。

 しかも、そいつらが徒党を組んで、高台と呼ばれる比較的安全な場所を占領すると言うオプション付きで。

 第7氾濫区域では生き残りは秩序だった集団を組むことでフィラに抗うと共にエリアの探索も進めてみせたらしいが……やはりあれは日本人特有の現象だったらしい。

 この第8氾濫区域では同様の集団構築はもう不可能だろう。

 なにせ、先程の集団では、盾を持った男たちの表情が恐怖であるのに対して、銃を持った男が浮かべていた表情は愉悦だったのだから。

 あんな表情を浮かべる奴が小集団のリーダーを務めているのであれば……集団の本体がどうなっているかは簡単に察する事が出来る。


「行くぞギーリ。奴らに見つからない為にも高速道路に上がってみよう。私様なら、そこで足も確保できるはずだ」

「……」

 私は不便だからとあげた彼女の仮の名前を呼びつつ、先程の集団が向かったのとは別の方向に向けて移動を始めた。

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