9:巫女と蠍-6
「ん?」
「あれ?」
地面が揺れた。
ほんの微かにだが、確かに揺れた。
震度にしてみれば1程度ではあるが、地震である。
「カラジェ。カロキソラ島って地震は多いのか?」
「多いよ。火山があるから、その影響だってお父さんが言ってた」
「そうか」
カロキソラ島は火山島である。
なので地震が起きること自体は珍しい事ではない。
「でも、『インコーニタの氾濫』が起きてからは初めてかな」
「……」
問題は元々活発に地震が起きる地域とは言え、氾濫区域となってからも地震と言う外の影響が大きく存在する現象が起きるのか、と言う点だな。
「カラジェ、他のエリアに移動しよう。何か嫌な予感がする」
「あ、うん。分かった」
赤い月の花弁は残り2枚。
新月になった時、第7氾濫区域ではエリアの位置がシャッフルされ、これはグロバルレゲスでも定義されていた。
となれば第8氾濫区域でも新月になるタイミングで何かしらの現象が起きる可能性は高いと思う。
そんな予想に、この地震、それからコーラルホールの底に溜まっていた海水の事を合わせて考えると……一つ、非常に嫌な想像が出来てしまう。
杞憂で済めばそれでいい事だが……休憩も終わったのだから、手早く動いた方が良いだろう。
「でも、他のエリアって一体どうやって行けば……」
「とりあえず上を目指せ。屋上にまで上がれれば、後は『鳥の翼』のレゲスでどうにでもなるはずだ」
「あ、なるほど」
俺はカラジェに背負ってもらい、コーラルホールの中を駆け回る。
上り階段を探し、必要ならば天井に空いた穴を通って上へと移動していく。
「揺れが……」
「やっぱりこれは何か起きるな……」
赤い月の花弁が1枚になる。
すると今までのような散発的なものではなく、常に地面が揺れ始める。
こうなればもう疑いの余地はない。
確実に何かがコーラルホールに起きている。
いや、起きようとしている。
「あ……」
「とりあえず外には出られたな」
そうしていると、やがて俺たちは巨大な屋外スタジアムの観客席のような場所に出る。
尤も、全てが骨と珊瑚で出来ていて、多くの場所に大穴が開いているので、とても何かに使う事が出来るような構造にはなっていない。
だが、今見るべきものはスタジアムではない。
「イーダ、アレって……」
「高速道路……だろうな」
「高速道路?」
「車が高速で走れるように人が出入りできない位置に作った道路、とでも言えばいいのかな。とりあえずカロキソラ島の規模じゃ絶対に必要のない物だ」
「なるほど」
スタジアムの上には巨大な道路のような物が有り、その道路に続く非常階段と柱がスタジアムの観客席にまで伸びて来ていて接合していた。
そして、その道路は何時の間にやら、カロキソラ島の各所に根を張るように、多くのエリアに跨って存在しているようだった。
「っと。急ぐぞカラジェ。本格的に拙そうだし、高速道路に登ってしまおう」
「分かった」
地面が今まで以上に激しく揺れ出す。
どうやら、もう時間は無さそうだ。
だからカラジェに走ってもらい、俺たちは高速道路に繋がる非常階段に入り込む。
その直後だった。
「きゃっ!?」
「新月か」
最後の花弁が散り、新月が訪れる。
第8氾濫区域全域が暗闇に包み込まれると同時に、エリアとエリアの間に黒い壁が生じて、その先の様子が普通の人の目ではまるで分からなくなり、俺の目以外の感覚でも詳細は分からなくなる。
「な、何が……」
「これは……」
だが、異変は確実に起きていた。
黒い壁の向こう側で何かが動いている。
俺たちの立っている階段の床板の直ぐ下でも何かが動いている。
繋がっていた物が引き離され、剥がれ落ちていっている。
「イ、イーダ……」
「逃げて大正解。ってところなんだろうな……」
一体何が起きているのか。
その詳細は新月が明けるまで分からない。
だが一つだけ確かなのは、あのままコーラルホールに留まっていれば、確実に致命的な事態に遭遇していた、と言う事である。
「「……」」
やがて揺れが収まり、新月も明ける。
そして俺たちの前には……
「コーラルホールが……」
「沈んでる……」
赤い月によって染め上げられた真っ赤な海の底にコーラルホールと名付けられたエリアが沈んでいる光景が広がった。
「イーダ。これって……」
「グロバルレゲスだ。新月の度にランダムに選出されたエリアが海に沈むってところだろう」
コーラルホールは完全に海に沈んだ。
観客席の一番高い所までも水面より下に移動し、他のエリアとの境界には切り立った崖が生じていた。
「どうしてそんな事を……」
カラジェが理解できないと言った雰囲気で呟く。
だが俺も方向性は違うが、おかしいと思った。
エリア一つを海に沈めるだけならば、エリアの中に居ても、上手く対応すれば生き残れるからだ。
「……。推測でしかないが……」
それはおかしい。
あれだけの前兆があったのに、巻き込まれても生き残れる現象が起きるなど妙でしかない。
だから俺はこう考えずにはいられなかった。
「もしかしたら海水に触れると何かが起きるのかもしれない」
海水に致命的な何かがあるのかもしれないと。
「何かって何が……」
「分からない。だが、ほんの少しでも駄目な可能性が高そうだ。だから、海水に対しては今後最大限の注意を払っておいた方が良いのかもしれない」
「分かった。そうしておく」
考えてみれば海から脱出できた人間が居ないのも、その何かの影響なのかもしれない。
だから俺はカラジェに気を付けるように言い、カラジェもそれに頷いてくれた。
そして俺たちは何時までもここに留まっているわけにもいかないとして、階段を上り始めた。