8:巫女と蠍-5
「イーダ、さっきの辰砂と言うのは……」
「俺の苗字だ」
通信を終えた俺とカラジェは珊瑚と骨で出来た建物の探索を順調に進めていく。
そう、順調に……生存者にもフィラにも出会わずに探索は進んでいった。
あまりにも順調すぎて、この場にはもう俺たち以外には誰も居ないと言う雰囲気を感じるほどだった。
「と言っても書類の上にだけあるような苗字だけどな」
「そうなの?」
「上が面倒だからと勝手に決めた苗字なんだよ。ま、実の所を言ってしまえば、イーダって名前も俺の本当の名前じゃない」
「え!?」
俺の言葉にカラジェが驚いた様子を見せる。
「俺が今の俺になったのは第7氾濫区域で『インコーニタの氾濫』に巻き込まれた時でな。その時に俺は自分の名前を失ったんだ」
「名前を……」
「おまけに名前に関係する記録と記憶が氾濫に飲み込まれていないはずの人間や資料からも失われていてな。今も政府が八方に手を回して俺の名前を探ってみてくれているんだが、それでも分かってない」
「イーダも大変なんだね……」
「普通の人間と話が出来なくなったカラジェほどじゃない。俺の変化は慣れてしまえばある程度はどうにかなるものだからな」
「……」
実際、俺の身の上とカラジェの身の上を比べたならば、百人が百人カラジェの方がツラいと言うだろう。
俺は高校生男子から少女になっただけだが、カラジェは少女から蠍人間になってしまった上に人と話す事も出来なくなってしまった。
元の姿に戻る方法があるならばまた話も変わってくるだろうが、現状では見当もつかないし、そう言う話は生き残ってからするべき話だろう。
「さて……ああ、アレがそうだな」
「アレは……文字?」
と、ここで俺はようやく目的の物を見つける。
それは珊瑚と骨で出来た建物の中、装飾のように壁から突き出た恐竜の頭骨のような物に刻み込まれていた。
「そうだ。カラジェ、読んでみろ」
「あ、はい。えーと……『此処はコーラルホール。ローカルレゲス:ペアを組んだ相手の行動が常に把握できる』……きゃっ!?」
カラジェがローカルレゲスを読み上げた瞬間。
カラジェの目の前に光が現れ、宝箱が出現する。
「こ、これは……」
「マテリアが入った宝箱だ。開けてみろ」
「あ、はい」
俺もカラジェが読んだ文章を読んでみる。
すると、いつも通りに俺の内側に何かが貯まる感覚がする。
この貯まっている物の正体は掴めないが、既に相当な量が貯まっている感覚はある。
なので、何かは起きて欲しいのだが……まだ駄目らしい。
と言うか、本当に何なんだこの感覚は。
「これは……マント?」
まあ、俺についてはこれくらいにしておくとしてだ。
今はカラジェが手に入れたマテリアについてだな。
「何処かに銘が刻まれているはずだ。なんて書いてある?」
カラジェが宝箱から手に入れたのは、カラジェの大柄な体でも十分に覆える大きさを持つフード付きのマント。
色は灰っぽい茶で、材質はよく分からない。
何となく動物っぽい印象は受けるが、化学繊維と植物繊維も混じっている感じがある。
「えーと……『
「鳥の翼ねぇ……」
銘は『鳥の翼』。
危険はないと判断したカラジェが身に着けて、動き回ってみているが……
「ん?」
「あれ?」
カラジェがその場で跳び上がり、着地したしたところで俺もカラジェも違和感を覚えた。
僅かにだが、カラジェの挙動が軽くなったように感じた。
そして俺はカラジェにどういう違和感を感じたのかを尋ねる。
「着地をする瞬間に体重が軽くなる感じがして、何だかスムーズに着地できました?んー……?」
「なるほど」
どうやら『鳥の翼』は着地の瞬間に着用者の体重を軽くする、あるいは着地の衝撃を軽減するような効果があるらしい。
カラジェの誤解を招きやすい見た目をカバーできるだけでなく、どういう状況下であっても損にはならない便利なレゲスを持ったマテリアだな。
「ねえイーダ。レゲスってどうやってこんな事をしているんだろ?」
「どうって言われてもなぁ……俺は学者でも何でもないからちょっと分からないな……。正直、レゲスってそう言う物だと思っていたし」
「お嬢様が言っていたけど、そう言うものだからで納得するのはよくない。だそうよ」
「……」
俺は思わず顔を逸らす。
それと同時にこういう疑問を素直に抱けるのは強いなとも思う。
レゲスだから、で、納得してしまっていたら……まあ、確かに駄目だろう。
レゲスにだってレゲスなりの理屈があると言うのは、第7氾濫区域でも分かっていた話であるはずなのだから。
「あ……」
「ん?」
そうしていると、不意にカラジェの腹から音が鳴る。
「えーと……」
「そうだな。いい加減に飯にしてもいい時間か。それから一度睡眠もとるべきだろうな」
気が付けば紅い月の花弁は9枚になっていた。
新月になった時に何か起こる事を考えると、ここら辺で一度食事と睡眠を取っておくべきだろう。
「でも……」
「誰かを助けるのにも、まずは俺たち自身が生き残らないと話にならない。そのお嬢様とやらを助けるためにも」
「……。はい」
俺はリュックの中から二人分の食事を取り出すとカラジェと分け合って食べる。
それから安全そうな場所を見つけて、片方が見張りに立ちつつ、もう片方が寝る形で花弁が残り2枚になるまで休憩した。
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