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7:巫女と蠍-4

「見事に大穴が開いたな……」

「拙いの?」

「ドロップ品の回収が確実に不可能になったという意味では拙いな。まあ、仕方がないか」

 イソギンチャクのフィラが完全に気化した後。

 イソギンチャクのフィラが居た場所には大きな穴が開いていた。

 どうやら、珊瑚も骨も、既に死んでいるとはいえ元生物だったと言う事で、俺のレゲスの影響を受けてしまったらしい。

 深さは10メートルほどで、穴の底には水が溜まっているのだが、磯の臭いが漂ってくる事からして、どうやら溜まっているのは海水であるらしい。


「んー、カラジェ。この辺りって地面を掘ると海水が湧くのか?」

「分かんない」

「じゃあ、普段の飲み水ってどうしてたんだ?」

「雨水と水道だよ。私の家では家に降ってきた雨を共同のタンクで貯めてた。お嬢様の家は上下水道がしっかりしてたから何時でも使えたけど」

「ふうん……」

 雨水と水道を利用してた、か。

 まあ、この辺りのインフラ事情なら別におかしくはないし、地面を掘っても出てくるのが海水ってのはカロキソラ島ぐらいの大きさの島なら別におかしくはないのかもな。

 俺の知識が足りないから判断しきれないが。


「って、こんな事を確認する必要があるの?」

「あるな。もしも元から島の地下水が海水でないって言うなら、何かしらの仕込みがあってもおかしくはないからな。ついでに言えば海上ルートでの脱出者が居たって話も……」

「脱出者!?」

「うおっ!?」

 と、脱出者の話を出したところで、カラジェが俺の服の首の辺りを掴み、顔を寄せてくる。

 これはまずったな、脱出者が居ると言う話をすれば当然の反応だったか。


「イーダ、脱出者ってどういう……」

「落ち着け。カラジェ。俺が知っているのは氾濫発生直後に運良く外との境界線付近に居た人間が脱出出来たと言う事までだ。それ以上は何も知らない」

「あ、うん。ごめん……なさい……」

「別に謝らなくてもいい。家族や親しい友人なんかが無事に逃げだしているかどうかってのは重要な情報だからな。気にするのは当然の事だ」

 カラジェが手を離す。

 しかし、やっぱりカラジェの中身は声相応の年齢の少女みたいだな。

 何と言うか、反応がそれっぽい。


「そう言えばイーダの目的って……」

「第一目標は生存者を保護し、脱出方法を調査、確定させる事だな。俺はその為に日本政府から派遣されたんだ」

「そうだったんだ。それじゃあ……」

「言っておくが、俺は一次調査員の上に色々と事情があって単独行動だからな。現地で直接協力してくれる仲間は……現状だとカラジェだけだ。たぶん、正規の救助隊は別のルートで入ってくる」

「そうなんだ……」

 見るからに……ああいや、背中を向けていて、ローカルレゲスで把握しているから分かっているのだし、感じ取るだけと言っておこう。

 とりあえず感じ取る限り、カラジェは落ち込んでいるらしい。


「と、目標の話で思い出した」

「イーダ?」

 と、此処で俺は一つのやるべき仕事を思い出したので、背中のリュックの中身を取り出すと、付属の説明書に従ってそれの組み立てと設置を始める。


「何これ?」

「自称魔法使いゾクター・グリスィナと自称オカルト研究家のエクリプス・ゴドイタが共同で作成した次元跳躍式通信装置……らしい」

「なんだかすごく怪しいんだけど……」

「俺もそう思う……」

 組み上がったそれは小型の四角い箱に、山羊の角を模した脚が四つ、蛇をモチーフとした折り畳み式のアンテナを三つ、正円状の水晶のレンズを一つ付いている物であり、箱の中には銀色の縄で箱の側面と繋がれたスマートフォンが一つ入っている。

 何と言うか怪しさしかない。

 製作者含めて。

 だが、わざわざ国が俺に持たせたものだから、使い物にはなるのだろうと思い、紅い月に向けてアンテナを立てた俺はレンズを軽く指で弾く。


『ようやく繋がりましたか。イーダさん』

「おおっ!」

「!?」

 次の瞬間、レンズから光が漏れ出て、空中に像が結ばれる。

 そして結ばれた像には彫埣さんと何人もの軍人、それも制服を着た見るからに偉そうな軍人さんたちが並んでいる光景が写っていた。



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『つまり、こういう事ですね。内部では強制的にペアを組まされ、ペアの片方が死んだり、ペアの相手と離れすぎたりすれば死ぬ、と』

「ええそうです。実証方法については……」

「……」

「聞かずに察してください」

『分かりました』

 彫埣さんとの通信に成功した俺は、最重要事項としてまずは内部に存在するグロバルレゲスについて報告する。

 もしもこれを知らずに中に入ってしまうと、その人数が奇数だった場合には問答無用でまずは一人、偶数であったとしてもグロバルレゲスの内容を知らずに行動してしまえば、不測の事態を招くことになるからだ。

 また、可能性程度の話ではあるが、獣と同レベルの自我しか持たないものはこのグロバルレゲスを逃れているかもしれないとも伝えておく。

 さっきのイソギンチャクのフィラに赤い紐は見当たらなかったしな。


「それで外の状況は?」

『正確な脱出条件は未だに不明です。必ず偶数人数で脱出している謎もグロバルレゲスが原因であると今判明しましたから。ただ、脱出者の数そのものは幾らか増えましたので、落ち着き次第、事情聴取を行っていきます』

「分かりました。後は高台や救助隊についてですけど……」

『高台は不明、救助隊については未定です。脱出できた先遣隊がまだ存在しないそうですから』

「そうですか」

 外の方は殆ど情報を掴んでいない、と。

 しかし、脱出できている人間が居る中で、先遣隊が脱出出来ていないとなると……中で何かしらの条件を満たさないと脱出できないと言う事か。

 しかも、その条件は一般人ならば極自然に満たせるが、先遣隊のような立場の人間だと逆に満たせない……ふーむ、まあ、これは外の情報待ちでいいか。


「後は……」

『カラジェさん、でしたね』

「は、はい!」

 と、ここで彫埣さんがカラジェに話しかける。


『申し訳ありませんが、私には貴方が何と喋っているのか分かりません。貴方が意図を以って喋っている事は察する事が出来ますが、意味までは分かりません』

「そんな……」

「……」

 カラジェが目を大きく開く。

 どうやら、カラジェの言葉はカラジェ自身を除くと、俺のような一部例外にしか分からないようになってしまっているらしい。

 これは恐らくカラジェの身体構造が人間とは大きく異なっていて、人の言葉を話せるような構造になっていないからだろう。


『それでも、その挙動から貴方が誠実な人間である事は分かります。ですからどうかイーダさんと一緒に生き残ってください。私たちはその為の協力を惜しみません』

「あ……ありがとうございます!!」

 それでもカラジェが信用できる人間(フィラ)であることに疑いの余地はない。

 だから彫埣さんは協力すると言い、カラジェはそれに対して礼を言い、俺は口パクと微笑みで彫埣さんにその意図を伝えたのだった。


「では、私、イーダ……あー、辰砂(たつすな)イーダはこれより第8氾濫区域の本格的な調査を始めます。特に問題が無ければ、次の満月か、高台を発見するかで連絡をさせていただきます」

『了解しました。ご武運を』

 そして俺は通信を終え、通信機を分解して回収すると、カラジェと共にこの場の調査を始めた。

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