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6:巫女と蠍-3

「イーダ、今の声……」

「フィラだ。何のフィラかは分からないけどな。慎重に動けよ……レゲスってのは何でもアリだからな」

 俺とカラジェは部屋の外に出ると、物陰に身を潜めながら音の出所を探るようにする。

 そして音の出所を探りつつも、俺は俺が今居るこの建物がどういう建物なのか、どのようなローカルレゲスがあるのかも探っていく。


「何でもあり?」

「相手を見ただけで燃やすレゲスもあれば、誰かに見られたら、その誰かを強制的に泣かせるレゲスもある。少しでも違和感を感じたら、直ぐに話してくれ」

「分かった」

 この建物は珊瑚と動物の骨を組み合わせて、床も壁も天井も作られている。

 使われている骨の種類については鼠、猫、犬、鳥、魚、牛、豚、猿、人間……まあ、だいたいの動物の骨は含まれている感じだな。

 おかげで床は僅かな凹凸がある程度で抑えられているが、壁と天井には時折大きなでっぱりと言うか、生物の頭骨が彫像のように突き出ている部分もある。


「あれ?」

「ふうん……」

 建物の構造そのものは……コンサートホールと言うか、クラブハウスと言うか、そう言う物が幾つも繋がっている感じか?

 灯りが空に浮かんでいる紅い月だけである都合上、天井は極一部にしか存在していないから、音の出所が分かりづらいのが面倒だな。

 で、ローカルレゲスだが……


「イーダ、手をグー、チョキ、パーで繰り返してる?」

「ああ、繰り返してる。そう言うカラジェも四つの手を順番に開け閉めしているよな」

「うん、なんか落ち着かなくて。でもこれって……」

「ローカルレゲスだろうな。どうやらペアの相手が何をしているのかが分かるらしい」

 例の赤い紐で繋がれている相手の行動内容が、視界内に収まっていなくても見えているように分かる、と言うものであるらしい。

 おかげで、俺とカラジェは現在背中合わせの状態で周囲に注意を払っているのだが、カラジェが何をやっているのかは手に取るように分かる。


「便利……で、いいのかな?」

「便利だろう。ペアの相手が何をしているのかが分かるのは重要だし、急造なら尚更だ」

「そう……かも」

 無くても困らないが、あれば単純に便利というローカルレゲスは珍しく感じるな。

 そして、赤い紐を生じさせるグロバルレゲスが前提となっているのも。

 いや、もしかしたら第7氾濫区域が特別なだけで、こちらのが普通なのかもしれないな。

 他の氾濫区域のローカルレゲスがどういう物なのかは、その氾濫区域がある国の軍の機密情報だとかで殆ど伝わってこないから、判断は付かないが。


「いzそmscs……」

「さて、そろそろだな。まずは俺だけが見るぞ」

「……。分かった」

 そうこうしている間に俺の耳に何かの鳴き声と咀嚼音が聞こえ始めてくる。

 カラジェの話ではカラジェが男たちを殺している間に生きてた人たちは部屋の外に逃げ出したと聞いているが……、少なくともこの声の主が人間である事は無いだろうな。

 第7氾濫区域でも聞いた覚えがある音だし。


「hrっくぃ……」

「……」

 俺は通路の角から顔だけを出して、音の主を見る。

 そこは広いコンサートホールのようになっていて、紅い月の光で照らし出された舞台の上にそいつは……横倒しにしたイソギンチャクとでも称すべきフィラは居た。

 尤も、体高が2メートル近い上に、昆虫の脚を生やして動き回り、人間の腕を束ねて作った触手で人間を捕まえ、貪り食っているイソギンチャクなど氾濫区域以外で見られるものではないが。


「レゲスは……とりあえず距離がある相手に効果がありそうな物ではないか」

 イソギンチャクのフィラに今捕まっている人間は既に死んでいる。

 だから俺は落ち着いてその様子を観察。

 こちらから見る分には大丈夫だと判断する。


「イーダ、どうするの?」

「俺のレゲスを使う。敵対存在である事に間違いはないからな。始末する」

「……。分かった」

 俺はイソギンチャクのフィラを指差し始める。


「mm?」

 するとイソギンチャクのフィラがこちらに気付く事は無く、難なく10秒経過。

 イソギンチャクのフィラの全身に青い紋様が生じる。

 で、今までの俺だとここからがまた大変だったのだが……今の俺ならばそこまでの心配はしなくてもいい。


「じゃ、やりますか」

 俺は背負っていた水鉄砲の先端に付けられたソケットに、小さくした『魔女の黒爪』をセットすると、銃口をイソギンチャクのフィラに向ける。


「何を……」

 俺とイソギンチャクのフィラの間にある距離はおおよそ15メートルほど。

 普通の水鉄砲で届くような距離ではないし、そもそも水鉄砲に殺傷能力などない。

 だが、俺のレゲスを使うなら、そしてこの特注の水鉄砲ならば話は大きく変わる。


「よっ」

 水の弾丸がイソギンチャクのフィラに向けて発射され、着弾する。

 直後。


「mmmsちぃ!?」

「!?」

 イソギンチャクのフィラの全身は黒い液体に変換され、その場に崩れ落ち、そして黒い煙となって気化した。


「これが俺のレゲス。命を奪うためだけにあるようなレゲスだ」

「……」

 そう、俺のレゲスは10秒間指差した相手にマーキングを行い、マーキングしたものと俺の体液が極僅かな量でもいいから接触すれば発動。

 発動すれば、マーキングしたものは揮発性の高い黒い液体に変換され、その液体からは少し触れただけでも全身が黒く染まって崩壊する致死毒のガスが生じる。

 俺含めて一切の例外なく。


「な、危険だろ」

「そ、そう……ですね……」

 そして、俺が使う水鉄砲は、予め貯めておいた俺の体液あるいは『魔女の黒爪』の第3のレゲスである表面が常に湿っていると言うのを利用して、俺の体液が微量に含まれた水の弾丸をおおよそ30メートルほど飛ばす事が出来る。

 これが今の俺の武器。

 俺の破壊力だけはあるレゲスを補うための逸品である。


「さて、煙が晴れるのにどれだけかかるのやら」

「……」

 それにしてもここのローカルレゲス、てっきり便利なだけかと思ったが……不便な面もあったな。

 こうして背中を向けていても、カラジェが震え、怯えているのが分かってしまう。

 俺を恐れているのかが伝わってしまう。

 これが原因で今後の咄嗟の判断に迷いが生じないといいんだけどな……カラジェ自身の為にも。

 だが、こういう事は分かっていても口に出せば、より頑なにさせてしまうだけだろう。

 だから俺は黙る事にした。

 黙って、イソギンチャクのフィラだったものが、周囲の床や天井の骨と珊瑚を巻き込んで崩壊しつつも、完全に気化するのを待った。

01/16誤字訂正

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