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5:巫女と蠍-2

「呪い?」

「はい、呪いです」

 カラジェは元になった少女が『インコーニタの氾濫』について知らなかったためだろう。

 この二ヶ月の間に世界中の知識層ではだいぶ一般的となってきたレゲス、フィラ、マテリアと言う単語はおろか、『インコーニタの氾濫』と言う災害についての知識も殆ど無かった。

 だがそれでも、カラジェの呪いと言う表現については的確だと言わざるを得なかった。


「この赤い紐が切れれば死ぬ、か」

 俺の左手手首から出た赤い紐はカラジェの左手手首に繋がっていた。

 この赤い紐に実体はなく、壁や机などを普通に貫通し、限界付近になるまでは二人の手首の間を緩やかな弧を描く形で繋いでいる。

 で、この赤い紐の性質だが……


 赤い紐が切れれば死ぬ、と言うよりは、一定時間赤い紐で繋がっている相手がいない者は死ぬ、というのが正解だろう。


 また、カラジェが殺した男たちの実験……うん、非常にむかつくが、それでも実験としか言いようのない行為によればだ。


・赤い紐は20メートルまで伸びる

・赤い紐が切れた者同士が近くにいると、新たに繋がれる


 と言う性質も有しているようだった。

 まあ、早い話がペアを組んだ相手とは一蓮托生、絶対に離れるなと言う事だ。


「私はあの男を殺した時、一緒に死ぬ気でした。でも……」

「俺が近くに居たから死なずに済んだ、か」

「はい」

 とりあえずカラジェの運の良さは相当な物だろう。

 男を殺したタイミングで俺が近くに降って来ただけでなく、丁度満月になって俺が復活したのだから。

 あるいは……俺の根源であるあのお方が力を貸した可能性は……考えるだけ無駄か。

 証拠もないし、干渉も出来ないし、性格的にやるのか微妙な所だし、そうだったとしても感謝の念を捧げる事しか出来ない訳だしな。


「なるほどな。じゃ、こっちからの情報なんだが……」

 さて、赤い紐……恐らくは第8氾濫区域のグロバルレゲスについては一通り聞けた。

 では、次はこちらからの情報と言うか……まずは『インコーニタの氾濫』についての基本的な情報だな。

 レゲスやフィラも知らないと言うのは問題だ。


「レゲ……ス?」

「ああそうだ。例えば……そうだな。この簪だが、こうしてこの部分を回すと大きくなる」

「っつ!?」

 俺はカラジェにレゲスやフィラについて、一通りの知識を教える。

 その過程で水鉄砲の先端に付けておいた『魔女の黒爪』を一度外し、珠の部分を回す事で俺の身長を越える長さにまで巨大化させて見せる。

 そんな物理法則を明らかに無視した巨大化にカラジェは幾つもある目を大きく見開き、驚く。


「で、こういう力がカラジェにもあると思うんだが……どうだ?」

「……」

 俺の言葉にカラジェは少し悩んだ様子を見せる。

 この様子から察するに、どうやらカラジェは自分のレゲスを把握出来ていないらしい。

 これはカラジェが銃を持った大人五人を一方的になぐり殺せる程に優れた身体能力を持つ分だけ、自分のレゲスが何かを知ると言った能力が弱くなっているのかもしれないな。

 まあ、これはおかしなことではない。

 俺も自分のレゲスが自分にも効果があると知らずに、最初は自爆したし。


「たぶん、こうです?」

 やがてカラジェが近くにあった一本の血塗れの包丁を四本ある手の内の一つで取る。

 すると……


「へえ……」

 他の三本の手に血が付いていない綺麗な包丁が現れた。


「複製、増殖、と言う所か」

「そう、みたいです?」

 カラジェがオリジナルでない包丁を手放す。

 すると、複製品の包丁は少しの間だけならば手放していても残っていたが、おおよそ15秒ほど経ったところで消えてなくなってしまう。

 そしてカラジェがオリジナルの包丁を手放すと、それだけで残り二つの複製品も消えてなくなる。

 うん、もう少し細かい所まで詰めてみないと分からないが、基本的にはシンプルで使い勝手が良さそうなレゲスだな。

 ちょっと羨ましい。


「カラジェ、ちょっと俺のマテリアを持ってみてもらってもいいか?」

「あ、はい」

 では、少し詰めてみよう。

 と言うわけで、俺はカラジェが剣として持つのに都合が良い大きさにまで巨大化させた『魔女の黒爪』を渡して、持ってもらう。


「えーと?」

「ふうん……」

 カラジェのレゲスによって『魔女の黒爪』が複製され、四本に増える。

 見た目としてはただそれだけだ。

 だが、俺からしてみれば、とても興味深い現象が起きている。


「イーダ、もう手放しても大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとうな」

「うん」

 『魔女の黒爪』が保有するレゲスの中には、俺の11本目の指と言うものがある。

 そのため、『魔女の黒爪』と俺の間にどれほどの距離があっても、その位置を把握できるし、何を指差しているのかが何となくではあるが、分かる様になっている。

 そしてカラジェが複製した『魔女の黒爪』だが……複製された三本の『魔女の黒爪』も俺の指として認識出来るようになっている。

 つまり、カラジェのレゲスはマテリアを複製した場合には、そのマテリアが持っているレゲスも複製することが出来る、という事である。

 これは色々と有効活用できる情報だろう。

 そしてもう一つ重要な感覚が生じてもいるが……こちらについては安全圏を見つけてから確定させておこう。

 今この場で確かめるには少々リスクが高い。


「そう言えば、この杭が大きくなるレゲスは、イーダのレゲスじゃなくて、この杭のマテリアのレゲスだよね。イーダ自身のレゲスは何なの?」

「あー、俺自身のレゲスな……とりあえずかなり危険だから、効果を発揮しはじめたら、直ぐに逃げろとは言っておく」

「危険?」

「ああ、危険だ。実際に見せるのは……」

 さて、カラジェのレゲスが分かったところで俺のレゲスについても話すべきだな。

 どの程度教えるかは微妙な所だが……少なくとも、その危険さだけは教えるべきだろう。


「ーーーーーーーーーー!!」

「いzそmscs……」

「直ぐになりそうだな……」

 そして、その機会だが、部屋の外から聞こえてきた咆哮からして、直ぐに訪れそうだった。

 非常に残念な事に。

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