3:新たなる戦場へ-2
「はははははっ!見たか今のカップル!」
此処は地獄だ。
地獄に間違いない。
何故私が地獄に落ちてしまったのかは分からないけれど、それだけは間違いなかった。
いや、地獄でなければならない。
そうでなければ私の前にこんな光景が広がるはずがない。
「ああ、見た!見たぜ!ペアが切れてんのに走り続けて!その挙句に仲良く死んじまった!」
「さっきの親子も良かったよなぁ!どっちか片方が死んだらお終いだってのに、どうかこの子だけは!馬鹿の一つ覚えみたいによう!」
「俺はその前の彼女を見捨てて逃げようとしたクズ男が受けたわ!彼女が犯されている間に逃げようとして、挙句の果てに揃って逝っちまったんだからよ!」
そう、己の快楽の為に物を壊し、奪い、他人を傷つけ、犯し、殺す人間たちが、酒と肉を食らいつつ笑い合い光景なんてありえるはずが無かった。
「で、次はどうするよ。ちゃーんと実験をしないと俺らの命にも関わるしよ」
「じゃ、耐久試験なんてどうよ。こうやってさ!」
「「「ーーーーー!?」」」
発砲音がサンゴと人骨で出来たホールに響く。
そして、一拍遅れて運悪く銃口の先に居た少女の左手が弾け飛んだ。
「おっ、いいねぇ。確かにそいつは知るべきだ」
「人間がどれぐらい撃たれたら死ぬとか、ぜんりょーな俺らには分からねえもんな」
「「「ーーーーー!?」」」
それから何度も何度も、男たちの下品な笑い声と共に銃声と少女とその父親の慟哭が鳴り響く。
鳴り響いて、鳴り響いて……。
「あ、いつの間にか死んでら」
「あららー、実験失敗じゃねえか」
「ま、胴体は残っているんだし、遊ぶぐらいには使えるんじゃね」
「ぎゃははは!そりゃあそうだ!」
「お前らそう言う趣味だったのかよードン引きー」
いつの間にか少女も、少女の父親も死んでいた。
少女は手足に何十発と弾丸を撃ち込まれて、綺麗な金色の髪に赤い斑模様を付けた苦悶の表情で、父親は深い嘆きと怒りに彩られた表情のまま傷一つ無く。
無意味に死んだ。
「おい、蠍野郎。とっとと冷蔵庫から酒を持ってこいよ」
そう、此処は地獄だ。
でも普通の地獄じゃない。
5人居る悪魔が、もう十数人も罪のない人を殺めているクソッタレな地獄だ。
「おいっ!蠍野郎!!聞いてんのか!!酒を……」
我慢の限界だった。
「もぎゃっ!?」
「「「!?」」」
こんなの間違っている。
地獄で悪魔に責められるべきは、コイツ等と直ぐに止められなかった私の方だ。
あんな少女でも、父親でも、カップルでも、家族でもない。
「てめっ、なぎゃっ!?」
「こ、殺……」
「ばっ、そいつのから……ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
だから私は暴れた。
暴れて奴らを殺した。
鉄のような拳と尾で奴らを捕まえて、銃弾を撃ち込まれても構わずに殴り飛ばし続けた。
奴らが、悪魔が動かなくなるまでひたすらに殴り続けてやった。
悪い事はいけない事だと、特に殺人なんて絶対に許されないと、父さんからも母さんからも牧師様からだって教わった。
それでも許せなかった。
コイツ等は意味もなく人を殺した。
コイツ等は嘘を吐いて、慈悲を願う言葉も聞かず、ただ自分が気持ちいいからという理由で人を殺した、傷つけた。
私は自分が地獄に落ちたとしても、もう二度とお嬢様に出会えなくなったとしても、コイツ等だけはこのままにしておくことは出来なかった。
「でめぇ……わがっでんのが……」
「……」
リーダー格だった男が歯が何本も折れ、流血した顔を私の方に向けながら、おかしくなった声で話しかけてくる。
「おれがちんだら……おめぇだっで……」
リーダー格の男が左手を上げる。
左手の手首からは赤い紐のような物が出ていて、それは私の左手の手首に繋がっていた。
「ぢぬんだぞ!!」
それはこの地獄に掛けられた呪い。
生きている者同士を繋いで、紐が切れれば死ぬ呪い。
紐で繋がっている相手が何をしているのかが直ぐに分かる呪い。
この地獄で目覚めた時、私の紐はどうしてかこの男と繋がっていて、死ぬのを恐れた私はこの男がする事を見ている事しか出来なかった。
そのせいで多くの人がこの男たちによって殺された。
そう、私のせいでだ。
それが私の罪だ。
「い、いまなら……まだ……」
罪は償わないといけない。
父さんも母さんもそう言っていた。
だから私は罪を償わないといけない。
他の四人の男を殺して、この男も殺して、呪いによって私も死ななければいけない。
「ゆるじ……べぎょっ!?」
だから私は殺した。
四本ある腕で男の首をねじ切ってやった。
そして顔を踏み潰してやった。
するとそれだけで私と男の間にあった紐が切れた。
「父さん……母さん……」
呪いが始まる。
私の命が失われていく。
紐で繋がっていない者同士が近くに居れば、新しく紐は繋がれるけれど、助かりたいとは思えなかった。
だって、この呪いで命を落とす事こそが、私の贖罪だと思ったから。
「えっ」
そう、そのはずだった。
「紐が……」
気が付けば私の左手の紐は何処かに向けて結ばれていた。
「空?」
いつの間にか紅い月の周りに12枚の光が揺らめいていて、まるで綺麗な花のようになっていた。
「女の子?」
そして、紅い月の光を遮るように、銀色の髪の女の子がゆっくりと、私の前へと舞い降りてきた。