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2:新たなる戦場へ-1

「……」

 自衛隊が保有する輸送機が騒々しいなんてレベルじゃない音を鳴らしながら、目的地に向けて洋上を飛行している。

 俺が身に着けているのはいつもの巫女服ではなく最新鋭の防寒服であり、背には三日分の水と食料と最新鋭であるらしい通信機器が入ったリュックと俺専用の水鉄砲が付けられている。

 パラシュートが収納されたバッグと共に。


「では、イーダさん。改めて現地の説明をしましょうか」

「そーですねー……」

 第7氾濫区域の崩壊から二ヶ月が経った。

 その間、人類は氾濫区域を新たに消滅させる事は出来なかったが、新たな氾濫区域が生じる事もなかった。

 そう、二ヶ月だ。

 ツノは家族と再会し、新たな生活を始めていた。

 大多知さんもだいぶ骨が治って来たとかで、近々現場復帰の為の準備を始めるとの事だった。

 他の生存者たちもPTSDに悩まされつつも、社会復帰のための努力を続けている。

 そして俺はと言えば……表向きは第7氾濫区域消滅に貢献した英雄と祀られ、ちょっとしたキャンペーンをこなしつつも、裏では何があっても決して死ぬことが無く、現地で言葉に困る事もなく、強烈な殲滅能力を有する希少な人材と言う売り込みを以って幾つかの訓練を積んでいた。

 『インコーニタの氾濫』とは何なのかと言う、もっと根本的な部分を探るための人材として。

 第7氾濫区域を崩壊させる際に巻き込んでしまった人々に対する身勝手な贖罪として。


「今から約8時間前、赤道直下のリゾート地、カロキソラ島の東側約3分の2と周囲の海を巻き込む形で『インコーニタの氾濫』が起きました。国連はこれを8度目の氾濫と認定。当該区域を第8氾濫区域と認定。現地国と協力して、周囲の閉鎖を行うと共に、第8氾濫区域内部から逃げ出してきた住民の保護とフィラの排除を行う準備を整えています」

「ふうん……」

 とは言え、まさかちょっと眠くなって昼寝をしている間に、起きる気配が無いからと輸送機に放り込まれ、着替えまでさせられるとは思わなかったが。

 まあ、起きた時に見た俺の秘書あるいはオペレーターの彼女……彫埣(ほりそね)シラベさんの表情からして、彼女にとっても予想外の事態のようだったが。


「次にカロキソラ島そのものについてですが、先程も述べた通りリゾート地です。とは言え、島そのものが東西約15キロメートル、南北約4キロメートルと規模が小さい上に、島の中心には活火山であるカロキソラ山が存在。開拓が進んでいる東海岸近辺以外は未開拓の森林が殆どである為、どちらかと言えば隠れ家的なリゾートになります。名物と言えるものも温泉と料理ぐらいでしょうか」

「なんか、リゾートと言うより保養地と言った方が良さそうな感じだな」

「実際、そう言う目的で別荘を構えている富裕層もそれなりに居るようですね」

「そして、運悪く居合わせたのが今回の氾濫に巻き込まれた、と」

「そうなります。まあ、この情報はあまり当てにはなりませんね。氾濫区域の地形は氾濫の前後で大きく変わりますから」

 さて、今は彫埣さんの説明に集中しないとな。

 ここ最近にやった訓練の内容と、今の俺が着ている装備品からしてそういう事だろうし。


「さて、それではそろそろ今回の目的について話しましょうか」

「分かった」

 俺は彫埣さんの言葉に大きく頷く。


「今回、我々は現地当局の要請を受けて第8氾濫区域の調査を行います。第一目標は氾濫に飲み込まれた住民の保護と脱出の手助け。第二目標は第8氾濫区域の核が存在する場所の特定。核の破壊は基本的には許可できません」

「核の破壊は住民の安全確保後に現地当局がやりますってか?」

「そうなります。私たちが核の破壊を行うとすれば、現地当局が泣き付き……コホン、現地当局からの要請があってからになります。なにせ核の破壊には危険を伴う事が分かっていますから」

 なお、彫埣さんだが、大多知さんについて来たのを出会いとして、今までに二月ほどの付き合いがあるのだが、結構裏がある性格をしているようだった。

 後、俺が関わらない部分での業務でストレスがたまっている面もあるのか、時々黒い言動も混じっている。


「それで侵入と脱出についての情報はあるのか?」

「はやまっ……コホン、先行した現地当局の人員は第8氾濫区域に難なく侵入する事が出来ています。これは陸と海、どちらでもです。なので、侵入を阻害する要因は無いと考えられています」

「なるほど」

 侵入そのものに関しては問題なし。


「脱出については、陸路での脱出に成功した例が何件か入って来ています。ただ、相手の体調などを鑑みて、事情聴取の類はまだ行われていません。また、一度侵入した人員が脱出に成功したと言う話もまだ入って来ていません。なので、脱出にあたっては何かしらの条件を満たす必要があると考えられます」

「ふむふむ」

 脱出者そのものは居る。

 で、重要な情報なので何処から脱出したのかも地図で見せて貰ったが、全員、南北の海岸線から脱出したらしい。

 この脱出情報、裏を返せば、そこの二つから侵入すれば、少なくとも短時間の生存が可能な事は確約されている事になるな。

 可能ならば俺もそちらから侵入したい所だが……無理なんだろうなぁ、うん。

 条件については……後から考えるとしよう。


「さて、それではそろそろ時間ですね」

「……やっぱりそう言う方法ですか」

「そう言う方法です。上には私も文句を言ったのですが、通りませんでした」

 輸送機のドアが開き、風を切る音が激しくなると同時に冷たい風が機内に入り込んでくる。


「曰く、『訓練は受けているのだし、素人でも成功させられるような最新鋭の装備があるから大丈夫だろう』だそうです」

「まあ、それは事実なんですけどね」

 ドアから見えるのは多くの島々に、夕日に照らされる空と海。

 そして……氾濫区域の内と外を分ける黒い巨大な球体。


「ご武運を」

「ありがとうございます」

 俺は高度数千メートルを飛行する輸送機から飛び出すと、第8氾濫区域に向かって真っ直ぐに落ちていく。

 落ちて、落ちて、落ちて……黒い球体を突き破ってその内側に入る。

 そうして見る。


「これは……」

 11枚の花弁を揺らめかせる紅い月を。

 噴煙を上げるカロキソラ山の姿を。

 氾濫によって再構築されると共に、情報の数倍まで拡大された広大かつ不気味な姿となったカロキソラ島の姿を。

 そのカロキソラ島の各地から叫び声に爆音、そして火事の煙と思しき黒煙が上がるのを。

 そして、見ていれたのはそこまでだった。


「っつ……これ……は……」

 意識が遠のいていく。

 俺の身体から生命そのものが失われていく。

 この世界で生命を保つための条件を満たしていないと言わんばかりに。


「グロバル……レゲス……か……」

 地表まで残り数百メートルと言う所になり、搭載された機器によってパラシュートが自動で開く中、俺は死んだ。

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