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48:エピローグ

『12月22日の午後に突如として発生した『インコーニタの氾濫』は、一昨日の……』

 テレビから流れてくるニュースの音に俺は目を覚ます。


「ふわっ……よく寝た」

「あ、ようやく起きたんだ。イーダ。もう8時だよ」

「もうそんな時間なのか……」

 俺は上半身を起こすと、周囲を見渡す。

 白を主体とした部屋に、清潔なシーツにベッド、誰が飾ったのかは分からないが、綺麗な花も花瓶に入った状態で飾られている。

 そして、俺が寝ていたベッドの隣のベッドでは、俺が着ている物と同じ病院着を着たツノが、何処か悲しげな表情でテレビのニュースを見ている。


「推定被災者は直接巻き込まれた人だけを見ても5万人超。その内死者行方不明者は約5万人で、生存者は100名と少し……か」

「死亡率は99%オーバー。文字通りの大災害……いや、天変地異と言う他ない結果だな」

 此処は都内の病院。

 ダイ・バロンを倒した後、俺たちは自衛隊の人たちに保護あるいは確保され、治療あるいは隔離の為にこの病室に入れられた。


「もっと……助けられなかったのかな……」

「……」

 病室に尋ねてくるのは検査のための医者か、事情聴取を行うための自衛隊のどちらかであり、ツノの身内や友人と言った面々が面会に来た事は無い。

 だがまあ、仕方がない事だろう。

 フィラとなった俺とツノの身体にどんな不具合があるのか、あるいは疫病の類を持っていないかどうかは絶対に調べなければいけない事である。

 そして俺に限って言えば……第7氾濫区域を崩壊させると言う名目の下、崩壊時に第7氾濫区域に残っていた全ての人間を殺し、氾濫区域の周囲に展開していた自衛隊の隊員を始めとした様々な業種の人間に甚大な被害を与えた大犯罪者の魔女でもある。

 こうしてツノと一緒の部屋で隔離されているされているだけでも、随分と温情ある措置と言えるだろう。


「ごめん、イーダ。イーダは精いっぱいやったんだよね」

「こればかりは仕方がないさ。あんな状況から生き残ったのなら、どうしたって思い残しの一つや二つは出てくる。それが人間ってものだろ」

「そう……なのかもね」

「そうだろうさ」

 問題はこの後どうなるのか。

 俺については殺したくても殺せない、死にたくても死ねない状態であるから、それを利用するような形に落ち着く気がしなくともないが……ツノには日常と言うか、普通の生活に戻って欲しくはある。

 それが叶わないのであれば……こちらも相応の対応は取らざるを得ないだろう。


「失礼する」

 病室に人が入ってくる。


「さて、今日の事情聴取は……ん?」

「大多知さん!?」

 それは全身包帯だらけの状態で車いすに乗せられた大多知さんとスーツ姿の女性だった。


「無事で何よりだ。三連君、イーダ君」

「どうしてここに……いや、それよりも身体は……」

「身体については骨が大小合わせて十数本砕けたが、医者から会話くらいなら大丈夫だと言われているから安心してくれ」

「それ、全然安心できないです……」

「うんうん」

「ははは……まあ、上もそれだけ君たちの扱いに頭を悩ませていると言う事だ。君たちの顔見知りかつ立場のある人間が他に居ないらしい。非常に残念な事に……ね」

 大多知さんの骨は銃型のマテリアを発砲する時の代償によって砕かれた物である。

 その数は本人の申告通り十数本。

 五体満足である俺とツノと違って、絶対安静であるべき人物である。


「……」

「ああ分かっている。だがこれだけはまず言わせてほしい」

 スーツの女性が大多知さんに何か耳打ちをする。

 だが、それを遮った上で大多知さんは俺とツノの顔を真っ直ぐに見つめてくる。


「国を代表して、君たちに救われた人間の一人として、礼を言わせてもらいたい。ありがとう。君たちのおかげで多くの命が救われた」

 大多知さんが感謝の言葉を紡ぎ、不自由な体で少しだけ頭を下げる。


「ありがとうって……俺は崩壊させて……」

「多くって……そんな……私たちは……」

 けれど、俺たちには困惑しかなかった。

 確かに俺とツノは氾濫区域を崩壊させた。

 だが、それは夥しい数の犠牲を伴った上であり、俺に至っては直接的に何百人と殺したかもしれないのにだ。


「多くだとも。もしも君たちが居なければ、私たちは誰も助からなかったし、そもそも氾濫区域を消滅させる事も出来なかった。そして、『インコーニタの氾濫』を収束させることが出来ると言う事実を得る事も出来なかった。これは誰も咎める事が出来ない偉業だとも」

「「……」」

「だから改めて言わせてもらいたい。我々を助けてくれてありがとう。そして、君たちだけに重荷を背負わせるつもりはない、と」

 しかし、その事実を知った上で大多知さんはなお頭を下げて俺たちに礼を言った。

 そして断言をした。

 俺たちは英雄であり、その事を誇っていいのだと。


「はは、ははははは、なんか……涙が出てきたね……イーダ……」

「そう……だな……」

 大声を上げて泣くようなことはしなかった。

 けれど、その日だけは一日中俺もツノも静かに泣き続けた。

 生き残った安堵に、俺たちの行いを肯定してもらえた安心感に、暖かな食事に、命が脅かされる事のない安心感に、生きていられる幸運に。

 平穏な世界だからこそ味わえる全てを噛み締めながら泣いて、泣き続けて、泣き疲れて眠った。

 確かな幸福感と共に。

これにて1章終了となります。

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