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44:第7氾濫区域中枢塔-4

「死ねい!」

「っつ!?」

 ダイ・バロンが金槌を振り下ろす。

 ツノはそれを避けると、反撃で殴り飛ばそうとする。


「ふんっ!」

「ツノ!」

「包丁!」

 だがいつの間にかダイ・バロンの左手には包丁が握られており、それを突き出されたためにツノは斜め後方に跳んでそれを回避する。


「その包丁は……」

「鮒釣のオッサンの……」

「ただの拾い物だが、思わぬところで役に立つものだ」

 ツノが十分に距離を取ったところで、俺はダイ・バロンの持っている包丁を改めて見る。

 するとそれはただの包丁ではなく、唐傘のフィラに殺された鮒釣のオッサンが持っていた包丁型のマテリアだった。


「ツノ、どんなレゲスかは分かるか?」

「ごめん、私も教えてもらってない」

「ふふふふふ」

 どんなレゲスが含まれているかは……分からない。

 お互いが所有するマテリアのレゲスと言うのは、場合によっては俺たち自身が保有するレゲスよりも強く生死に関わる場合があるからだ。

 俺の『月が昇る度に』のように、ツノの手袋のように。


「形勢逆転だな!」

「くっ……」

「ぐっ……」

 ダイ・バロンがツノに迫り、両手の武器を振り回す。

 右手の金槌は言わずもがな、左手の包丁もどんなレゲスを持っているか分からない以上、ツノは迂闊に反撃する事も出来ず、逃げ回り、避け続けるしかなかった。

 そしてこの状況下において俺が出来る事は……ない。

 身体能力が見た目通りに少女並の俺ではツノとダイ・バロンのやり取りに割り込んでもツノの足を引っ張るのみであり、俺のレゲスはダイ・バロンには通じず、それでも無理に使おうとすればツノを巻き込みかねない。

 おまけに、二人の動きと入れ替わりが速すぎて、牽制目的のマーキングすら出来ない。


「だったら……」

 だから俺は、俺に出来る事として、氾濫区域の核を制御するための制御コンソールと思しき球体に向けて走り出す。

 俺たちの勝利は氾濫区域を崩壊させる事であって、ダイ・バロンを殺す事ではないからだ。


「むっ!」

「行かせないよ!」

 ダイ・バロンが俺の方に向かおうとする。

 だが、そんなダイ・バロンをツノは右手に持った『我が傘の腕』の持ち手部分でダイ・バロンの首を引っ掻けようとした。

 ダイ・バロンはそれを回避しようとして、その場から跳び、結果として俺を追う事は不可能となる。


「よし、後は……」

 そうしている間に俺は制御コンソールに辿り着く。

 制御コンソールの球体は手を当て、力を流し込むことによって、第7氾濫区域の核に干渉する構造となっているようだった。

 いや、違う。

 この制御コンソールも含めて第7氾濫区域の核なのだ。

 偽装や扱いやすさの観点から分かれているように見えているだけで、これも核には違いない。

 だから、この制御コンソールを破壊するだけでも、その破壊が伝わって第7氾濫区域の核は破壊され、第7氾濫区域の壁も破壊される。

 少し触っただけでも、それは伝わってきた。

 問題は……


「核を破壊するための条件……だと……」

「っつ!?」

「ははは!流石と言うべきか。きちんと対策済みとはな!!」

 核を破壊するためには、『ローカルレゲス4:核は当エリアのローカルレゲス1~3と、当氾濫区域のグロバルレゲス1~3を読み解いてからでなければ、破壊できない』と言う防衛機構を打ち破らなければいけないと言う事だ。


「これならば吾輩は安心して使い魔との戦いに専念出来ると言う物よ!」

「このっ……」

 ダイ・バロンの攻め手が激しくなる。

 ツノの方が身体能力が高いからまだ避け切れているが、何時まで避けられるかは分からない。

 だから俺は一刻も早くこの防衛機構を打ち破らなければならない。

 だが……だが!


「クソッタレが……グロバルレゲス1:氾濫区域の外に出られる者は自分の名が言える者だけである!グロバルレゲス1:レゲスを有さないものの攻撃は……」

 分からない。

 ローカルレゲスは勿論の事、グロバルレゲスも分からない。

 レゲスを読み解けと言うのは意味を当てるだけでは駄目なのだ。

 複数のレゲスが存在しているならば、冒頭の数字まで当てなければ読み解いたことにならないのだ。

 そして番号が合っていたとしても、細かい言い回しまで当てなければ駄目なのだ。

 レゲスとはそう言う物なのだから。


「グロバルレゲス3:新月が訪れる度に高台と……安息の間以外の位置関係は変化する!」

 カチリ、そんな音が何処かからか聞こえてきた気がする。


「よしっ!」

 一つ防衛機構が外れた。

 やはりグロバルレゲス……第7氾濫区域全域に影響が及ぶレゲスは分かる。

 何故ならばそれは、黒い壁を抜けるための条件、レゲスを持つものと持たないものの格差、新月と同時に起きる変化、この三つの事だからだ。


「何……ぐっ!?」

「せいやっ!」

 そうして俺がレゲスを読み解いている間にもツノとダイ・バロンの戦いは進行し、一瞬の隙を突く形で ダイ・バロンの持っていた包丁を『我が傘の腕』で弾き飛ばす事に成功する。


「これなら……なっ……!?」

 これならばグロバルレゲスを読み解いた後に、このエリアの何処かに刻まれているローカルレゲスを探せばいける。

 俺がそう思った時だった。


「ローカルレゲス4:核は当エリアのローカルレゲス1~3および5~6、10、25……なんだ……これは……」

 制御コンソールに刻まれていたローカルレゲス4、そこに書かれていたこのエリアに存在するローカルレゲスの数はいつの間にかその数を増やし……否、今も俺の目の前で増え続けている。

 増え続けて今や100を超えようとしている。

 まるで破壊などさせないと言わんばかりに。


「あぐっ!?」

「ツノ!?」

「はぁはぁ……流石は鬼と言うべきか。手こずらせてくれる」

 そして俺が唖然としている間にツノとダイ・バロンの戦いは決着を迎えようとしていた。

 ダイ・バロンの金槌の先端を叩き折るのと引き換えに、ツノの左手の手袋が爆散し、黒こげになった左手と大やけどを負っている右手を抱える形でツノはうずくまっていた。


「だが、戦闘経験の差、そして人を殺すための覚悟の差と言う物が出たな。吾輩の勝ちだ」

「あ、ぐ……あ……」

 鮒釣のオッサンの包丁を拾ったダイ・バロンがツノに近づいていく。


「何か……何か出来る事は……」

 このままではツノが殺される。

 それは絶対に嫌だった。

 第7氾濫区域では既に多くの人間が死んでいるが、ツノをその内の一人にするのは嫌だった。

 理由など俺自身にも分からないが、嫌だった。


「破壊できないのなら……」

 けれど俺の身体能力とレゲスではダイ・バロンには決して勝てない。

 だから新たな力を、この場を自由に出来るような力を俺は得なければいけなかった。


「ああ、やってやる。やってやるとも」

 自分でも自分がおかしくなったと思う。

 だが、これが正解であると俺は直感した。


「ん?魔女め、何を……?」

 そう、第7氾濫区域の核は破壊出来ない。

 それはレゲスでそう定められている以上、絶対に揺るがす事が出来ない法だ。

 だが破壊する事は出来ずとも、変化させることは出来る。

 だから俺は制御コンソールの球体を両手で掴み、マーキングを行う。


「地獄すら呑み込んで見せようとも」

 そして口づけを行い、核を黒い液体に変化させ、そのまま飲み干した。

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