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43:第7氾濫区域中枢塔-3

「ほう、あまり驚いていないようで」

「そりゃあそうだろ。氾濫区域を作った奴は空間を操れるんだ。なら、バックドアの一つや二つくらいは用意していても驚くには値しない……」

「……」

 ダイ・バロンは叩いたものを超高温にまで加熱する金槌を右手に持って、少しだけ腰を落として構える。

 対する俺は残り三つとなった丸めたタオルの一つを手に持ち、ツノはダイ・バロンを睨み付けながら徒手空拳で戦う構えを見せる。


「さ!」

 ダイ・バロンの懐中時計が鳩の鳴き声を上げ、それに合わせて俺はダイ・バロンに向けてタオルを投げつける。


「ふんっ!」

 そのタオルはまだ10秒経っていないし、そもそも俺の体液も付いていない。

 だがそれでも俺のレゲスによって黒い液体に変化し、そこから気化して致死性の黒い煙になる可能性をダイ・バロンは考えたのだろう。

 自分に向かって飛んできたタオルを金槌で殴りつけ、爆散させる。


「すぅ……」

 ダイ・バロンの動きは俺一人だけを相手にするなら正しい。

 今のようにタオルが爆散してしまえば、俺のレゲスの対象にする事は出来ないのだから。

 だが、今ここに居るのは俺とダイ・バロンの二人だけではない。


「潰れろ」

「っつ!?」

 ツノは俺とダイ・バロンがそれぞれ一動作する間に、距離を詰め、その身体の横にまで移動していた。

 左腕を引き、脚を開き、隙だらけの姿を晒しているダイ・バロンの顔を真正面から睨み付けていた。


「ふんっ!」

「ーーー!?」

「うおっ!?」

 部屋中に金属同士がぶつかる様な轟音が鳴り響き、空気の振動によって身体まで震えるような感覚を覚える。


「くっ!」

「ちいっ!」

 だが、当たれば間違いなく必殺の一撃となっていたであろうツノの攻撃をダイ・バロンは紙一重で避けていた。

 そして、崩れた体勢ではあったが、ダイ・バロンが金槌を振った為、ツノはその場から跳び退いて離脱。

 十分に距離を取る。


「はぁはぁ……なんと危ない。これだから鬼と言うのは……。必ず1キロの重さがあるだけの手袋ですら、必殺の凶器にしてみせるとは……」

「……」

「へえ……」

 ダイ・バロンは息を荒くしつつも、立ち上がり、再び構えを取る。

 ツノと俺も次の攻撃に備えての体勢を整える。

 それと、今のやり取りからでも幾つかの情報が読み取れるな。


「イーダ……」

「落ち着け。此処に居る三人とも必殺の一撃持ちなんだ。死ぬのは油断した奴、逸った奴からだ」

 ダイ・バロンの言っていた1キロの重さがある手袋と言うのはツノが左手にだけ着けている手袋の事であるが、この手袋のレゲスが具体的にどんな物であるかは俺も知らなかった。

 つまり、ダイ・バロンはマテリアの保有するレゲスを読み取れるレゲスを持っていると言う事になる。

 まあ、まず間違いなくあの獣の仮面当たりのレゲスだろう。


「うん、分かってる。それは分かってる。でも……」

「勝ちの条件を見誤るな。見誤れば、付け入られるぞ。そう言う付け入りは、あのいけ好かない変態仮面獣の得意技だ」

「おやおや、手厳しいですな。レディ」

 そしてダイ・バロンの身体能力はやはり他のフィラに比べると低めであるらしい。

 だからツノの攻撃をギリギリで避けたり、反撃する事は出来ても、自分から攻める事は出来ない。

 今、俺が二本の指でダイ・バロンの事を指さしているにも関わらず、攻めに出てくる気配が無いのも、その証拠の一つと言えるだろう。

 まあ、ダイ・バロンに俺のレゲスによるマーキングは行えないからこその慢心でもあるのかもしれないが。


「ところでダイ・バロン」

「何かな?レディ……っつ!?」

 だが、その慢心が仇になる。

 ダイ・バロンの身に着けている獣の仮面と毛皮付きのマントに、俺のマーキングが行われた事を示す、青い燐光を発する紋様が現れる。


「お前のレゲスはお前自身しか守れないようだな。効果範囲が明確で助かる」

「魔女め……」

 そう、ダイ・バロンのレゲスは他のレゲスを無効化する事が出来る。

 けれど無効化できるのはダイ・バロン自身を対象としたレゲスのみであり、ダイ・バロンが身に着けている物まで無効化の対象にする事が出来ない。

 そうでなければ、ダイ・バロンはあらゆるマテリアを扱う事が出来なくなってしまうからだ。

 そして、竹林の時に俺の自爆から逃げた事からも分かるように、無効化自体、効果がある時間か回数が限られているのだろう。

 だから、直撃すれば黒い煙の効果も無効化できないと思っていい。 


「さ、これで後はこのペットボトルの中身を掛けるだけだ」

「ぐっ……」

 つまり、これで後は俺の手の内にある二本のペットボトルの中に入った、俺の体液入りの水をほんの僅かにでも触れさせれば、仮面とマントは黒い液体に変化し、破壊されると言う事だ。


「やってくれる……竹林の分身と言い、今と言い、流石は魔女と言う所か」

「「……」」

 これで盤面はダイ・バロンが思うようには動かせない。

 積極的に動けばツノが、消極的に動いても俺のレゲスがダイ・バロンに致命傷を与えられる。

 だから俺はツノにペットボトルを一本渡すと、少しだけ距離を取った上で、ダイ・バロンににじり寄っていく。


「行くよっ!」

「おうっ!」

 そうして十分に距離が近くなったところでツノも俺もペットボトルの蓋を開けた上で、ダイ・バロンに向けて投げつける。

 ペットボトルの口から流れ出た水が細かな雫となって、ダイ・バロンの命を穿つ散弾となって、周囲に飛び散りながら飛んでいく。


「舐めるな!!」

 それを前にダイ・バロンは毛皮付きのマントを素早く脱ぎ捨てて盾のようにして水滴を受け止め……毛皮のマントは即座に黒い水に変化し、気化し、黒い煙の壁が出来上がる。

 そして黒い煙の壁をダイ・バロンは……


「まずは貴様からだ!!使い魔!!」

「っつ!?」

「ツノ!」

 鳩の鳴き声と共に勢いよく跳び抜け、ツノに向けて金槌を振り上げた。

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